13話 朧な夏

 生徒会室に入ってからかれこれ二十分ほど過ぎた頃。僕はなずなから今日の会議の書類をもらい、一通り目を通していた。


 ちなみに薺に君付けはやめてくれと言われたために呼び捨てにしている。聞けば春朧おぼろ兄弟は僕と同じ二年でクラスも近いことが分かった。もうそろそろ教室に行く時間になったので僕は春朧兄妹とともに廊下に出る。


 僕らの教室は三階なので途中まで軽く談笑しながら歩いていく。


「日向くんは部活とかは入ってないのー?」


「うん、これからも入る気はないんだよね」


 やっぱり一人の時間も嫌いではない、というのが僕の本音だ。これは今も昔も変わらない。


 僕のクラスの前まで来たので、また放課後と言って二人と別れた。そうして教室に入ると血相を変えてカズが近づいてきた。


「おい日向、今菘さんと一緒にいなかったか?」


 キレ顔にも見えなくもない顔でカズは聞いてくる。気づくとカズの後ろにクラスメイトが溢れていた。みんな興味津々な顔で僕の返答を待っている。


 別に変な関係でもないし、やましいこともない。変にはぐらかさずに正直に答えようと思った。


「アキ姉の手伝いで生徒会室に行ってただけだって。カズの思ってる事なんてほぼ外れみたいなもんなんだからみんな信用しちゃダメだよ」


 僕がそう言うと、


「確かに」


「まあカズが言うことだし……ね」


「リア充許すまじ」


 中には過激派もいるようだがカズに集中砲火してみんなは自分の席に戻っていった。それと同時に海人が教室に入ってきてホームルームが始まった。


 隣を見ると前髪を下げたいつも通りの桜木さんがおり、何か紙切れを渡してきた。二つ折りにされていたので開くと、


『菘さんとも仲いいの?』


 と、可愛らしい字で書いてあった。顔を上げて隣を見ると首をかしげている桜木さんがいる。顔を傾けているせいでちょっとだけ目が見える。


 やはりかっこいい。しかしながらこうも女子らしい動作をしていると可愛くも見えてしまう。もしかして恋か? と勘違いしてしまうほどに。


 僕はその紙にそこまでだよ、と書いて渡し返す。僕の返答を見て桜木さんは一瞬だけニコッと笑った。やはり可愛い。巷の癒し系とはこういうものなのだろうか。


「どうした夏川ー、体調はめちゃくちゃ良さそうだが保健室行くかー?」


 海人が名指しでそう言ってきた。どうやら顔に出ていたらしい。いやはや恥ずかしい。


「先生もヤニ臭いのでそろそろ相談してきたらどうですかー?」


「あとで職員室来るかー?」


 あ、ヤバイ。調子に乗りすぎたかもしれない。


「ホイップアンパン」


「……よし、皆も夏川を見習って授業を真面目に受けようなー」


 くそう。僕のお財布から二百円が飛んでしまった。


 クラスの中で笑いが起きる中、桜木さんも控えめに笑っていた。その姿を見て僕は結構嬉しかったり。その後も授業は問題なく進み、昼になった。


 今日こそはいつも通り、落ち着いた昼休みにしようと思っていた。しかし神は気まぐれというもので僕に普通の昼休みは与えてくれないみたいだ。


 その証拠にほら、菘さんが教室のドアの前で僕を手招きしているのだから。大人しく僕は菘さんのもとへ向かう。


「やっほー、お昼は空いているかい?」


 お昼のお誘いの様だ。別に何か用があるわけでもなし、全然いいのだけれど。


「まあ空いてはいますけど……」


「なら話は早いね」


 そう言って僕の手首を掴むと無理やり引っ張って廊下を歩いていく。抵抗しようにもとんでもない力で引っ張られているためにびくともしない。


 どんな力をしているんだろう。と思い、されるがまま連れていかれることにした。階段を上がって生徒会室に連れ込まれる。


 あがこうとも無駄だと思ったのが通じたのか、解放されたので僕は朝と同じ席に着く。


「それでこんな強引に何の用です?」


 僕がそう聞くと菘さんは朝と同じ笑顔を見せてこう言った。


「こんな密室に二人きりでやることなんて決まってるじゃん」


 さっきの力のことを考えると僕では抵抗できないだろう。そう悟り、僕は覚悟を決める。


 じわじわと近づいてくる菘さん、僕は身構えるように目を瞑る。


「そんな身構えなくても、すぐ終わるから、さ」


 もうだめか、そう思った瞬間口に甘い香りが広がった。僕は驚いて目を開ける。すると目の前には僕の口に箸で卵焼きを入れている菘さんの姿があった。


 僕は何かとんでもない勘違いをしていたようだ。いや、勘違いをしてもおかしくない状況にされていたため僕は悪くないだろう。


 とりあえず口に半分ほど入れられた卵焼きを頬張った。菘さんはそれを興味津々に眺めている。


「どう? 美味しいかな?」


 少し出汁の味が強く、さっぱりとした卵焼きだった。


「うん、美味しいけど……」


「言いたいことは分かるよ。なんでいきなりこんなところに連れ込まれたか、だよね」


 その通りだ。別に普通に頼まれれば毒見でも何でもやるというのに。


 いきなり二人きりの空間にされるのは最近の出来事の影響で嫌な予感しかしないのだ。結果的に僕に害はなくとも精神的にすり減らされるのだ。


「実は私、昔に調理実習で班のメンバー全員のお腹を壊させちゃったことがあって……それ以来、薺まで私が作ったご飯を食べてくれなくて……」


 少しばかりシュンとしている菘さん。要するに本当の飯テロをして誰も食べなくなったって感じか。


「それでいつも忙しそうな秋穂先輩にご飯でもって思ったんだけど、自分でも自信がなくって……」


「それで僕が実験台に」


 それもそれで腑に落ちないが、今日は購買で何か買おうと思っていたため食費が浮くのは嬉しい。


「言い方の問題だけど……まあでも美味しいって言ってくれて嬉しいよ! やっぱり日向くんもいい人だねー」


 たったこれだけでいい人と言うのもどうかとは思うが、ご飯が食べれるなら文句は言うまい。しかしアキ姉以外の手作り弁当なんて初めて食べたな。


 食べている僕を幸せそうに眺めている菘さん。頭の団子がウサギの尻尾みたいにぴょこぴょこと動いているように感じるほど注意深く僕のことを見ている。


 そうして落ち着いたかに見えた昼だったが、生徒会室のドアが勢いよく開かれたことによって新たな面倒事が起きることになった。

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