12話 春朧

「なるほどね……それで二人は仲良くなったって感じなんだね」


 歩きながらアキ姉に冬美との出会いを説明した。もちろん稲荷のことは伏せて、冬美の部活の件で色々あった、とだけ伝えておいた。


 アキ姉は納得したみたいだが何かが引っかかっているように考え事をしている。僕は何かボロを

出したのではないかと心配になる。


 ただでさえ勘も良く、頭もいいアキ姉のことだ。どこまで深読みされているか分かったものじゃない。


「それで秋穂、先輩でいいのかしら。何か良からぬことを考えているようだけれど、別に私と日向君には何もないわよ? それに知り合って三日で何かあると思うのかしら?」


「いや、別に二人の関係を疑っているわけじゃないけど……噂にまで聞いていた冬美さんがうちの日向にここまで心を開いているのが不思議でね」


 そういえばそうだ。氷の女王が自分から人に関わろうとすることなんて今までの二年間で一度もなかったのだから不思議に思っても仕方がない。


 とはいえ冬美が僕に関わろうとしているのは事実なわけで……


「なあ冬美、別に嫌ってわけじゃないんだがなんで僕を迎えに来てるんだ?」


 昨日から気になっていたことを聞いてみた。別にただ素直になっているのなら僕を迎えに来なくとも放課後や休み時間にいくらでも喋れるだろうに。


 それに理由もなく冬美が迎えに来る、なんてことはないだろうし。


「そうね、強いて言えば日向君ともっと喋りたいからかしら? 何というかうまくは言えないのだけれど日向君といると落ち着けるのよね」


 なるほど、僕は安全地帯ということか。それなら納得もいく。けれど僕と一緒にいて安心する、と言われるとなんとも言えない気持ちになる。


 嬉しいような何か違うような……まあ僕に恋愛なんて百年早いと思うしこれでいいのだろう。冬美もそれでいいのなら僕は受け入れよう。


「それってほぼ告白みたいなものじゃ……」


「なっ、そんなことないわよ! ただ単に私は日向君といると落ち着けると言っただけよ!」


 僕を挟むようにして二人は睨み合う。二人は、というよりは冬美一人なのだが。


 それでもこの状況はよろしくない。話しながら歩いていたが故にもう学校の近くに来ている。当然、誰かに見られるリスクも高くなっているということだ。


 このまま見つかればあらぬ誤解を招きそうだ。


「とりあえず二人とも、もうすぐ学校なんだし落ち着いて」


 僕がそう言うと二人は落ち着きを取り戻したようでお互いに顔を背けてしまった。


「日向君がそう言うのなら従うけれど、今の話はいつか決着をつけなければ気が済まないわ」


 冬美は少し熱くなった口調でそう言った。アキ姉は僕の意図を汲んでくれたのかそっぽを向いたまま何も言わない。


 そうして何とか誰にも見つからずに学校にたどり着くことができた。この時間に登校しているのは真面目過ぎるガリ勉か朝練で来ている運動部の生徒くらいだった。


 冬美は教室に向かい、僕とアキ姉は荷物を持ったまま生徒会室まで歩いていく。この学校の生徒会は結構な権力を持っていて、例えば校則を生徒会内の多数決で変えられるくらいの権限を持っている。


 そのため生徒会メンバーは教員の中から選ばれている。そう考えるとアキ姉がどれだけ凄い人なのかを痛感できる。


「日向は生徒会室に入るのは初めてだっけ?」


「初めても何も近づいたことさえないんだけど」


 生徒会室は普通校舎の四階にある。僕らが授業を受ける教室は三階と二階、職員室は一階であるため用がない限り近づくことはまずない。


 "生徒会室"と書かれた扉を前に緊張する。アキ姉が扉を開けるとーー






「秋穂せんぱーいっ!」


 と、言いながらアキ姉に飛びつく頭にお団子を二つくっつけた女子生徒が現れた。アキ姉は飛びつかれたのを二回転ほどして受け流すと、


「もう、なっちゃん。飛びついてくるのはやめてって何度も言っているでしょー」


「えへへ、ごめんなさい」


 アキ姉からなっちゃんと呼ばれる女子生徒はペロッとベロを出しながら謝った。アキ姉、もとい生徒会のメンバーは顔面偏差値が高いと聞いていたがまさにその通りだった。


 真ん丸に大きい目、笑顔が似合う元気な女子のようだ。僕が生徒会のメンバーなど知っているわけないのでいまいち名前が分からない。


「お、君は確か秋穂先輩の弟の日向くんだよね!」


 なっちゃんさんは僕に気づき握手を求めてきた。僕は特に何も考えずに手を差し出す。


 その瞬間、グイっと手を引かれて一気に僕となっちゃんさんの距離が縮まる。僕は驚いたまま固まってしまう。


「私は春朧 菘おぼろ すずなって言うんだ。よろしくね」


 菘さんはとても小悪魔的な笑顔でそう言った。ほぼおでこがくっついている状況でよくドキドキせずに笑えるものだ。


 アキ姉との接し方を見るに元からこういう性格なんだろうけれども、勘違いする男子が多くいそうだなと思ってしまった。


「えっと、よろしく……?」


 僕にはできそうもないテンションについて行けず、置き去りにされてしまった感が否めない。


「それで秋穂先輩、日向くんを連れてきてどうするんですか?」


 菘さんは僕を解放するとアキ姉にそう尋ねた。


「日向には今日の放課後にある予算会議に私の補佐として出席してもらう予定なの」


 家で聞いていた通り、部活の予算会議に駆り出されるらしい。菘さんはそれを聞くと納得した様子で頷いている。


「確かに私じゃ数字関係はできないし、会計は会計で仕事もあるし……よし! 日向くん、任せたよ!」


 どうやら菘さんは数字が苦手なようだ。別に知ったからどうこう、ということはないのだけれどこの学校の生徒会役員にも苦手なことはあるんだなと思った。


 話も一段落着いたので、ということで生徒会の中に入る。中には眼鏡をかけた男子生徒が一人、書類と睨めっこしていた。


 彼のことは知っている。確か、春朧 薺おぼろ なずなだったはず。成績はアキ姉に次いで良いと言われている。


 クラスの中で話題になったことがあり、双子だと聞いていたのでおそらく菘さんと兄妹なのだろう。


「君は……日向君か。話は廊下から聞こえてきていたから理解してるよ。僕の代わりを頼んだよ」


 そう言うと再び視線を書類に戻した。聞くと彼はここのところずっと書類に追われているとのことだった。


 彼の代わりに役に立てるのなら良いのだが、このメンツの中で僕が役に立てるとはあまり思えない。やはり力仕事の方が向いている気がする。


 そんなことを考えながら僕は生徒会室の端にあるパイプ椅子に腰を掛けた。



 


 

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