11話 三季
「ふああ……」
まだカーテンの外が暗い頃、僕は目が覚めた。重い体を起こして時計を見るとまだ五時半だった。
もう一度惰眠を
いつもは生徒会で忙しく朝が早いアキ姉よりも早く起きるなんて高校に入ってから一度もなかった為、何をしていいか分からない。
アキ姉が起きるのが何時かは知らないが少なくともまだ起きていない。いつもの恩返しに朝ごはんでも作ろうと思いキッチンに向かう。
冷蔵庫を見ると几帳面に一週間、毎日三食の献立が書いた紙が貼ってある。
「相変わらずちゃんとしてるな……」
今日の朝ごはんはトーストにスクランブルエッグと書かれている。これなら簡単だし僕にだって作れそうなものである。
冷蔵庫を開けてバターと卵を取り出す。スクランブルエッグにハムを乗せてもいいなと思い、追加する。フライパンに油を少し入れて火を点ける。その間にパンにバターを塗り、オーブンに入れて三分にセットする。
フライパンの油がぷつぷつと言い始めたので溶き卵を入れて箸で混ぜる。ある程度まで形ができたら塩と胡椒を目分量で入れてもう一度混ぜる。固くなるギリギリのところで火を止めてお皿に移す。
こんな簡単なことをしているだけなのに時間は既に六時になっている。残った油でハムを軽く焼き、お皿に盛り付けてテーブルに置く。
それと同時にアキ姉が目を擦りながら階段から降りてきた。
「おはよう、アキ姉」
「……あれ? なんで日向が起きてるの?」
まだ眠そうにアキ姉はそう言った。どうやらいつもと違う光景に寝ぼけつつ戸惑っているようだ。そして僕が朝食の準備をしているのを見て驚いたように目を見開いた。
「一気に眠気がふっとんじゃたよ! 日向が朝ごはんを作ってくれたの!?」
「そうだよー。いつもアキ姉じゃ悪いし、たまにはこういうことくらいさせてね」
たまには、という割にこれが初めてだったりするわけだが。それに今までずっとアキ姉に頼りっぱなしだしこれからは暇があればご飯を作ろう。と、そう思った。
アキ姉は寝癖を直してきて、僕は制服に着替えてきて対面で座る。朝ごはんすら一緒に食べるのが久しぶりに感じる。
「今日も生徒会?」
「うん、まだ新年度が始まったばかりだしやることが多くてね」
今は五月、ようやく新生活に慣れてきて落ち着いてきたところだ。それもつかの間、体育祭やら文化祭などの行事の準備が始まる頃でもある。
アキ姉は今後も忙しくなりそうだ。僕にでもできることはないか、と考えるが何も浮かばない。
「生徒会の仕事の中でさ、何か手伝えることはない? 力仕事とかなら少しは役に立てるかもしれないし」
「日向がそんなことを言ってくれるなんて……いい子に育ったわね」
やけにオカン臭いことを言うアキ姉。僕が真顔のままいると何かを考え始めた。
「それじゃあ、こうして早起きしてくれたみたいだし早速お願いしちゃおうかな」
アキ姉が言うには、今日から新年度の部活の予算会議があるそうで僕にその手助けをしてほしい。とのことだった。
初仕事にしては結構な大役な気もするが僕は了承した。役に立てるのであればなんだってしようと思っていたからな。
「じゃあ食べ終わったらすぐに家を出る感じ?」
「そうねー、早めに準備しておいてね」
朝ご飯を食べ終わり、僕が食器を洗う。その間にアキ姉は制服に着替える。いつもの見慣れた女子制服、脇まで伸びる髪の毛を後ろでポニーテールにしているアキ姉。
正直化粧っ気もなく女子高生としてはどうなのかと思うけれど、生徒会にいる限りそれも難しいか。ただでさえアキ姉は優秀すぎて手本とされることが多いのだから、派手な化粧なんてしてきた日には学校中で騒ぎになるだろう。
そんなことを考えながら皿洗いを終えて部屋に鞄を取りに行く。
「日向ー、もう行けそうー?」
アキ姉も部屋から出てきたようで廊下から声がした。
「いけるよー」
僕はそう言って扉を開ける。アキ姉は歯ブラシを咥えたまま階段を下りていたところだった。そのまま洗面所に行き、うがいをして玄関へ向かう。
流れるような動作に慣れを感じつつ僕も後を追う。ローファーを履いて玄関の扉を開けると朝焼けに染まるいつもの景色と一人の少女が目に入ってきた。
何かがおかしい。朝焼けはともかくとしてなぜ一人の少女がいるのだろう。
「あら、今日は早いのね」
話しかけてきた。それはもう、ものすごくフレンドリーに笑いながら。
「ひ、日向……?」
アキ姉もびっくりしているようで僕に助けを求めている。助けを求められても僕にどうしろと?
僕だって初めて会話したのは一昨日で、ほぼ知り合ったばっかりと言ってもいいん関係なんだが。
「えっと、昨日もこんな時間から?」
「そう、と言いたいところなのだけれど昨日は日向君と合うのに緊張して日向君が出てくる少し前に着いたのよ」
少しの具体的な数字を聞きたいところではあるが、本当に少しなら遅刻確定ではなかろうか? 少なくとも一限が始まってからではないと学校に着かないはずだ。
そこまでして僕の家まで迎えに来て、一体何がしたいのだろう。ただ一緒に登校したいだけとはあんまり思えないし。やはり女子というものは難しいな。
「確かあなたは日向君のお姉さんの……秋穂さんだったかしら」
「う、うん。そうだけど……」
目に見えてアキ姉は動揺している。確かに無理もないだろう。冬美の噂はアキ姉だって知っているだろうし、初めて会ってこんな状況なら余計に混乱するだろう。
とても気まずい雰囲気になってしまったがこうして全員固まったままでいるわけにもいかない。
「とりあえず二人とも、歩きながら話そうか……」
左にはアキ姉、右には冬美という誰もがうらやむ状況ではあるのだけれど、僕の心はそんな余裕があるはずもなくバックバクだった。
この三人で歩くのが早い時間で良かったと本当に思う。誰かに見られるかもしれないと思うと恐ろしくてたまらない。
「それで日向、どうして冬美さんがうちの前に来ていたの?」
アキ姉からそう聞かれる。僕はどう説明したものか。歩きながら考えることにした。
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