10話 夏と秋とカレー

「ねえ日向、何してるの?」


 冬美の件でボーっとしていた僕はアキ姉に話しかけられることによって現実に戻ってきた。アキ姉が帰ってきたということはそこそこの時間突っ立っていたことになる。


 僕はドアの鍵を開けてアキ姉と一緒に中に入った。アキ姉は帰り道で買い物をしていたらしく、パンパンになったレジ袋を持っていたので家に上がると代わりにキッチンへと運んだ。


「こういうところで気が使えるくせに大事なところは見落とすよね、日向は」


 何様のつもりだ、と言おうと思ったがアキ姉も家ではダメ人間そのものだが一応女子だ。口答えはやめておこう。


 アキ姉も僕も一度部屋に行き、着替えてからリビングに集まる。長い時間、数年近く二人きりになるとお互いに少し寂しくなり二人でリビングにいることが多くなった。


「日向ー、今日のご飯はカレーだけどご飯の量はどれくらいー?」


「いつも通りでー」


 僕はアキ姉と話すときだけ口が軽くなる気がする。一番心を許している、というのもあるだろうがアキ姉が聞き上手なのもその理由の一つなのかもしれない。


 家ではゴロゴロしたり女子とは思えない過ごし方をしているが話だけはしっかりと聞いて受け答えしてくれる。


「いつも通りって、そのうち骨になっちゃうよ?」


「別に運動部に入ってる訳じゃないし太るよりかはいいでしょ」


 こういうオカン気質なところは少々気になるのだが。


 まあ、学校でのアキ姉を見ている限りだと家でゴロゴロしたくなるのも分からなくもないのだけれど。毎日毎日、書類やらに追われて疲れているようだからな。


 僕には到底できるわけがない。


「そういえば日向、冬美さんと仲いいんだって?」


 僕は驚いてソファからキッチンにいるアキ姉に向かって勢いよく振り返った。


 なぜそのことを知っているのだろう。確かに学校での件はあったけれどいくら何でも他学年に伝わるわけがないと思っていた。


「どこで聞いたの、それ」


「んー? 二年の書記ちゃんからそんな噂があるって放課後にね」


 なるほど、もう同学年には広まっているのか……


「それで結局本当なの?」


「うーん、近からず遠からずって感じかな。確かに会話くらいはするけどそこまで仲がいいかって聞かれたらそこまでって感じかな」


 アキ姉は別に口が軽いわけではないのだが変な誤解はされたくない。それに事実、冬美は稲荷の力によって素直になっているだけだしその事がなければ僕と話しているかも分からない。


 そう考えると稲荷がいるのといないのとでは僕の運命は相当変わっていたことになるんだな。


「そっかー、ちょっと残念かも。せっかく日向にも女っ気が出てきたのかと思ったのにー」


「新しく部活を作るって聞いたから少し手伝ってただけだよ」


「なんかそれ聞いた気がする。確か文学部だっけ?」


 冬美が作ろうとしているのは文学部なのか。それなら大量の本をあの倉庫に運んだのも納得できる。


 でも僕もそうだが他の人も多分、冬美に読書のイメージはないと思っているはずだ。僕自身も今初めて聞いたくらいだし。


「何部かは知らなかったけど文学部なんだ。でもアキ姉、部員って三人以上じゃなきゃいけないんでしょ?」


「そうだよー、ただ今は正式に部活が作られたわけじゃないから活動も何もしちゃいけないんだけどね」


 やっぱりそうだよな。まだ認めれらたわけじゃないし活動もしてないわけだから今のところは問題ないのか。


 でもその場合部室を先に作ってるのはどうなんだろう。活動しますよーと明言しているようなものではないか。


「じゃあ部員って早めに揃えないといけない感じ?」


「そうだね、少なくとも来週中には部員を集めてくれないと倉庫の件も白紙にしちゃうかもね」


 来週か。ちょうど今は水曜日、まだ一週間の猶予はある。


 けれど冬美一人で部員三人を集められるとは到底思えない。ただでさえ人に話しかけられないというのに勧誘なんてできるわけがない。


「ご飯できたよー。お姉ちゃん特製のカレーだぞー、しっかり味わって食べなさいな」


 僕はカウンターに置かれていくお皿を机に移しながらこれからのことについて考える。別に手伝うのが嫌ってわけじゃないのだが、僕が文学部に入らないのに勧誘なんてしていいのだろうか。


 もしも入ってきてくれる人がいたとしても冬美と一緒で耐えられずに退部、なんてことは普通にありそうだ。


「おっし! いただきます!」


「いただきます」


 スプーンを手に取ってカレーとご飯を口に運ぶ。少し熱かったが耐えられないほどではなかった。


 相変わらず美味しいな、と思いつつ味わっていると一口目を飲み込み終わったあたりから喉から舌にかけてじんじんと痛みが湧いてきた。


「アキ姉、何入れたの……?」


 カレーを作った張本人であるアキ姉はスプーンも持たず僕の顔を眺めていた。図りやがったなと思ったがこれ以上声を出せそうにないくらいに喉が痛い。


「むふふー、ためしにブート・ジョロキアってやつを入れてみたの。どう? 美味しい?」


 美味しいわけがないだろと言いたかったが声を出すのも辛いので首を横に振って応えた。


「え、そんなに辛いの?」


 確かに僕の勘違いだったかもしれない。と思いもう一度カレーを口に運ぶ。


 この時に舌と喉の痛みが引いていないことについて気付いていればよかったと思う。結局完食することはできずに残してしまった。


 なぜかアキ姉は美味しいよ? とか言って僕の残した分まで食べてしまった。きっとアキ姉は人間じゃないのだろう。


「日向、大丈夫?」


「だい゛じょう゛ぶに゛み゛え゛る゛?」


 すっかり喉がやられてしまった。声もガラガラと言うよりカスカスに近くなり痛みが全然引かない。


 大人しく僕は部屋に戻り課題を終わらせた。喉を休めるために少し早めベットに入る。薄い毛布を体にかけて仰向けに寝転ぶ。


 もうすぐ梅雨の時期だというのに毛布は少し暑く感じる。涼しくしたい、と考えた時には既に冬美のことが頭に浮かんでいた。ここのところの僕は隙あらば冬美のことを考えてしまう。


 別に鈍感なわけでもないが恋煩いとは違う何かだろう。きっとまた他人のために何かしようと自然体のうちに思ってしまっているのだ。


 そう考えることにして僕は目を瞑った。

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