9話 暖冬

「ところで日向君、あなたって女子に興味はないの?」


 夕日が消えかかっている幻想的な空の下、心地よい通学路を帰宅中に冬美が尋ねてきた。学校の近くの交差点から一言も会話をすることなく歩いて来ていたというのに、いきなりすぎる質問に僕は戸惑った。


「別に興味がないわけじゃない。ただ僕に浮いた話がないだけだよ」


「ふぅん、それはかわいそうなことね」


 聞いた割に随分とすっきりした答えだった。僕的には何がかわいそうなのか分からなかったが、冬美が楽しそうなのでなによりだ。


 僕がこうして彼女の空いた穴を埋められる存在になればいいのだが現実はそう簡単じゃないと思う。まず冬美の空いた穴を埋められる気はしない、というか埋めたくはない。


 少なからず今の彼女は素直になったことで僕と会話し、笑顔を見せるようになった。けれどこの笑顔は稲荷、つまりは神の力によって笑顔にさせられている。と僕は考えてしまう。


「冬美も似たようなもんでしょ……」


「まあそうね。私に浮いた話なんて百年早いもの」


 あくまで相手にではなく自分が百年早いらしい。思ったより謙虚なんだな。


「まあそんなことは置いておいて私に話があるんでしょう?」


 冬美は見透かしたように僕の目を見てそう言った。僕にはどうも目と言うより目の奥、つまり僕の中身を見られている気がする。


 毎度毎度核心を突くような発言に僕は驚きっぱなしだ。


「うん、僕が聞きたいのは新しく作ると言っていた部活の話なんだけど」


「あなたのことだからそうだとは思っていたけれどまさか当たるとはね。それで部活のことって?」


 まさか本当に当たるとは思っていなかったらしく驚いた顔をする冬美。それに構わず僕は、用件を話す。


「部活を作るとなると部員が三人必要らしいんだが当てはあるのか?」


「え、」


 僕が聞くと冬美は固まった。歩みもやめ真っ白に見えてしまうほどの石像と化していた。僕も何かしらの考えがあっての行動だと思っていたために彼女の数歩先で止まった。


 もしかして冬美は何も考えずにあの倉庫を部室にしようとしていたのだろうか。きっと海人も冬美のことだから、とか言って適当に考えていて人数確認なぞ、していなかったのだろう。


「日向君、その話本当なのかしら? 嘘だった場合承知しないのだけれど」


「神にだって誓える。嘘じゃないぞ」


 稲荷に誓うのは何か嫌に感じるのだが。まあここは稲荷のさらに上、出雲の首領ドンにでもしておこうか。


 そんな無駄話は置いておいて。


「参ったわね、それだと私の至福の時間が作れないじゃない」


 冬美にとっての至福の時間とはなんだろう。見た目や以前の反応からすると膝を組んで薄ら笑いをしながら見下してくる、みたいなのしか想像できない。


 でもそれは以前の印象で会って今は違う。こうして僕と会話し、笑ってくれる。これだけでもだいぶ印象が変わった。


「それにしても三人ねえ。日向君は問答無用で入るとしてあと一人をどうするかが問題ね」


「ちょっと待て」


 なぜ問答無用に僕を頭数に入れるんだろう。僕のことを都合のいい従僕か何かと勘違いしているのではないだろうか。


「何を待てばいいと言うの? 善は急げと言うじゃない」


 善の前にやっていることが悪に近い気がする。確かに僕は部活もやってないしバイトもしていない。だからと言って放課後を勝手に縛られるのは嫌だ。


 それに他人に合わせることが嫌いな僕に部活動なんて、ストレスにしかならないだろう。


「力になれなくて悪いけど僕は部活なんてやらないし、今後もやる気はないんだ」


「……まあ今までのあなたならそう言うと思っていたわ。私も別に鬼じゃないの、嫌と言われれば素直に諦めるわ」


 そう言うと冬美は再び歩き出した。後を置いて行かれないように僕も歩き出す。


 気まずい空気になりお互いに何もしゃべることなく僕の家の前まで来てしまった。


「つい昨日知ったのだけれど日向君ってここに住んでいるね」


 やっぱり知っていた。昨日の出来事は偶然ではなかったということだ。


「僕の家がここだって誰から聞いた?」


「心優しい井端先生よ。私が聞いたら衛星写真まで持ってきてくれて随分と詳しく教えてくれたわ」


 海人ならあり得なくもない。確かに冬美の頼みとあればそれぐらいのことをして、なんなら案内までしてしまいそうではあるが一個人の住所だぞ。普通は伏せておくだろう……


 それで昨日は僕の家の前まで一緒に帰ってきたわけだったのか。でもそれなら冬美の家はどこなんだろう。


 僕の家を聞いて一緒に帰るまではいいが方向が僕の家と反対側となれば僕の心が痛くなってくるではないか。


「冬美の家ってここらへんなのか?」


「なに日向君、もう私の両親に挨拶に行きたいというのかしら? まだ何も段階を踏んでいないのだからもう少し落ち着いたらどうなの?」


 酷い解釈のされ様だった。段階をすっ飛ばしているのは冬美の方だろ、とツッコみたくなってしまうほどに彼女の発言に焦った。


「まあ言いたくないのなら別に無理には聞かないから」


「そうね」


 彼女も言いたくないのか、という意味で受け取り僕は玄関へ向かおうとした。


「日向君」


 冬美に呼び止められ僕は振り向く。もうすっかり日は暮れて街灯と家の明かりが冬美と僕を照らしている。


 僕が玄関前の数段の階段を上ったため冬美は少し見上げるようにして僕を見ている。


「まだ何か用があるの?」


 そう言うと彼女は少し笑った。一体何なんだろうと思いながら返答を待っていると彼女が口を開いた。


「ここから一個先の交差点。左に曲がって二軒目よ」


 冬美が言った言葉は明らかに家の場所であった。僕も本当に家の場所を教えてくれるとは思ってもみなかったため驚いた。


 僕が驚いた顔をしているのを見ると彼女は、


「じゃあね」


 と言って歩いて行ってしまった。


 僕はしばらく呆然としていて、気が付くとアキ姉が目の前にいて僕に声をかけていたところだった。

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