6話 夏と春
「えっと……何か用?」
僕がそう尋ねると隣の席の女子はコクリと頷いた。
僕の隣の女子。確か名前は
そんな彼女から何か恨みを買った覚えもないし、何せ関わりがないのだから用など見当もつかなかった。とりあえずついて来てほしそうだったので僕は席を立ち、廊下に出た。
「どこに行くの?」
そう聞いても返事は帰ってこず、ペコリぺコリとお辞儀をするだけだった。訳も分からずついて行くと図書準備室までやってきた。
桜木さんはスカートのポケットから準備室の鍵を取り出して鍵を開けた。そして中に入り僕が入るのを待っていた。大人しく中に入ると僕の後ろに回り込み、扉の鍵を閉めた。
いきなり二人きりで閉じ込められてしまった。僕は鍵のほかに桜木さんが何も持っていないことを確認して後ずさる。
「あ、あの……それで用って……」
状況が状況だけに頭をフル回転させる。いきなり呼び出されて閉じ込められるなんて初めての経験だ。とりあえず桜木さんを刺激しないようにしよう。
「ひ、日向くん!」
「は、はい!」
驚いた。突然大きい声を出したからではなく、ものすごい凛々しい声だったからだ。普通の女子高生の声ではなく、老舗の旅館で女将をやっていそうな声。
僕が驚き目を丸くしていると彼女はどこからかカチューシャを取り出し前髪を上げた。少し細い目、丁度いい高さの鼻に瑞々しく潤った唇。紛れもなくかっこいいの部類に入る女子だった。
着物が似合いそうな和風な顔立ちで凛としている雰囲気がある。初めて顔を見たから、というのもあるだろうが見入ってしまった。
「お願い事があるんだけど……」
彼女は頬を赤らめて僕の目を見ている。黒、というよりは灰色に近い目に吸い込まれそうになるところを僕は必死に耐えた。二年もこの学校にいてこんな美人を誰も気にしなかったなんて嘘のように感じる。
そしてこの状況。どこかデジャヴも感じるが僕は張り詰めた空気の中、生唾を飲み込んだ。
「私をーー」
「ちょっと待った」
僕は意を決してしゃべり始めた彼女の言葉を遮った。別に嫌がらせをしようとかではない。ただ単にある疑問が頭の中に過ったからだ。
確信が持てず、的外れな可能性もあるが意を決して僕は聞く。
「もしかして普通の女子にしてください、とかじゃないよね……?」
「な、な、ななな」
彼女はカエルのように飛び上がり腰をついて後ずさりし始めた。さっきとはまるで逆の状況になっているのを見て僕は確信を得た。
「もしかして一限の時に何か見た?」
彼女は何故僕が言い当てたのか分からずに困惑しているようだった。それと同時に図星だったようで顔がさっきよりも赤くなっていく。
僕が一限のことを聞くと凛々しい顔を固まらせてフンフンと頭を縦に振った。
「やっぱりか……」
これ以上説明に困ることはない。どこから話したらいいものか。
とりあえず稲荷のところへ向かうか。というか思い出してみれば稲荷に呼び出されていたんだっけか。
「説明するからちょっとついて来てくれるかな」
これ以上の誤解を招かないよう、僕は桜木さんを連れて稲荷のもとへ向かうことになった。聞けば桜木さんは二年間図書委員をしていて準備室の鍵は先生から渡されていたそうだ。
前髪を上げているせいかすれ違う生徒からは誰なのか区別できないらしく僕に挨拶するついで、みたいな感じで声を掛けられていた。声にコンプレックスがあるにしろ前髪は今みたいに上げていた方がいいと僕は思うんだけどな。
知り合い数人に声をかけられながらも僕と桜木さんは例の倉庫までやってきた。
「ここ、なんだけど」
「知ってる。実は昨日もここに来ていたから」
「え……?」
昨日、僕と冬美がここにいたことを知っていると言ってきた。さっきから彼女の口から出る言葉に驚きっぱなしだがこの話はさらに度肝を抜かれた。
「私も昨日、図書の先生から準備室にある本を運ぶように頼まれていたから……」
それで冬美と僕の
しかし一限での出来事を見ていたのは意外だった。てっきり稲荷は僕にしか見えないと思っていたからだ。ここでもう一人、稲荷が見える人が現れたのは僕にとって安堵すべきことだった。
もしかしたら疲れていてそんな幻覚を見ているのではないか、と昨日の夜にふと思ってしまったからだ。とりあえず僕は昨日起こったことや稲荷について軽く話した。
「じゃあその日向君の言う稲荷さんって神様なんだね。てっきり私は幽霊か何かかと……」
「まったく失礼な娘じゃな」
倉庫の前で話していると扉をすり抜けて稲荷が出てきた。なぜか制服姿で。
「なんじゃ、おぬし。新しいおなごを連れているとはモテモテじゃのう」
全くと言っていいほど見当違いだがここは黙っておく。そんなことよりも聞くべきことが山ほどあるからな。
見た目が二十代後半の制服を着た自称神はふよふよと宙に浮かびながら僕らのことを見ている。制服は似合ってはいるけれど、どうもおばさんの無理している感が否めない。
「なぜおぬしは人の悪口がそうポンポンと出てくるのじゃ」
「そんなことより稲荷、この桜木さんなんだが稲荷のことが見えるらしいんだ」
僕の言葉を聞くと稲荷の目の色が変わった。正しくは黒目の形が変わった、と言うべきか。とにかく狐のように縦に細くなったのだ。
そしてそのまま桜木さんに近付き、嘗め回すように全身をくまなく見始めた。一、二分ほど桜木さんの周囲を回ると何か納得したような顔で僕の前に戻ってきた。
「あの娘、神職の血筋の様じゃ。だからわしのことが見えるのかもしれん」
それなら僕も合点がいく。とまでは言い切れないが見える理由としては十分かもしれない。当の本人はじっくりと稲荷に眺められて軽くパニックになっているようだった。
「日向君はそんなんばうてあうって、えすかくないん!?」
僕と稲荷は桜木さんが放つ理解できない日本語を聞き、放心状態になっていた。
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