5話 夏と新たな出会い

「よっ、日向」


 教室に入るなり金髪の男子が話しかけてきた。顔のパーツは整っているが髪色のせいで女子から絶大な苦手意識を持たれている彼は丹羽和也にわかずや。通称カズ。


 うん以上。


「おはよカズ」


「なんだよ、朝から元気ねえなー」


「こちとら遅刻しかけてチャリで全力疾走なんだわ……」


 事実、朝だというのに僕の足は重く棒のようになっていた。二人分の体重で自転車を爆走すれば誰であれそうなると分かり切ってはいたがまさかここまで疲れるとは思ってもみなかった。


 その後、遅れて教室に入ってきた冬美を確認して一限の準備をする。冬美はというと特に異常はなくいつも通り、周りに氷の壁を作っていた。これが良いのか悪いのかまだはっきりとは言えないけれど普通の女子を目指す上では壁は必要ないだろう。


 まず始めはここからかな。


「あの娘、おぬしのことばっかり考えておるようじゃぞ」


 一限も始まり授業に集中していると突然真上から声が聞こえてきた。予想しなくとも稲荷だと確信できたので僕は全力で無視を決め込んだ。


 というか無視するしかなかった。授業中に空中に向かって話し始めるなんて狂気の沙汰だ。


 しかし、稲荷は他のクラスメイトには見えていないのだろうか。実際、稲荷が声を出しても誰も反応していない様子を見ると誰も見聞きできないようだが。


「おいおぬし、無視は良くないぞ。仮にもわしは神じゃぞ」


 なるほど、ベクトルの垂直条件は内積を使うと求められるのか。


「本当に聞こえてないのかのう!? けど昨日は普通に喋っていたしの……」


 何千年も生きているのに巫女服で見た目が二十代っておかしいよな。それに顔も現代風で何かと胡散臭い気もするし……


「見えてるなら先にそれを言わんかい! わしは結構焦ったぞ!」


 ここで稲荷のことを考えてしまったあたり僕もまだまだだな。ここであっさり心を読まれてしまったわけだ。


 だがしかし今喋ることにはいかないんだよな。周りから心配の目で見られるのだけは勘弁してほしいい。僕の学校生活が終わってしまう。


「まあわしが心を読んでいればよい話なんじゃが。それでおぬしよ、あの娘はどうするんじゃ?」


 どうするもこうするも頼まれてしまったことはしょうがない。今更断ろうにも相手が氷の女王なだけにどんな言葉を向けられるか分かったものではない。僕のメンタルが削られるのも嫌だ。


 かと言ってこのままの状態で放置しておくわけにもいかないだろう。早く稲荷の力が戻ってくれればその方がいいのだが、それまでは本人のに普通の女子になるのを手伝うしかない。


「待ておぬしよ、沢山喋るでない。心を読むのは結構重労働なんじゃぞ」


 なら放課後まで待てばいいのに。


「顕現できたとは言え暇なんじゃよ……」


 その暇つぶしを授業中の学生にしないでほしい。ほら、kの値が分からなくなったじゃないか。


「そこはOQの二乗じゃぞ」


 そういうことか、これでkの値を……


 待て、なんでこの問題解けるんだよ。


「まあ江戸の時代には算術とやらが流行っておったからのう。神の間でもちょっとばかり問題を出し合ったりはしたぞ」


 神ってそんなインテリな感じなのか。勉強には……ならないな。とりあえず今はあの倉庫に帰ってほしい。


 勉強にも集中できないし何より心を読まれているのが嫌でしょうがない。


「そこまで言うなら戻るが昼になったら一度倉庫に来るんじゃぞ」


 そう言うと稲荷は教室の壁をすり抜けてどこかへ行ってしまった。その光景は神と言うより幽霊に近いと思ったが心のうちに留めておく。まあ今現在も心を読まれている可能性もあるのだが。


 稲荷がいなくなると同時に一限が終わってしまった。結局授業の内容は全然理解できずやることが増えてしまい、僕は休み時間に入るとともに項垂れた。


「私がそんなに重かったのかしら?」


 腕を机の外にぶら下げながら机に突っ伏していると凛とした声で誰かが話しかけてきた。もちろん誰かは察しが付く。


「そんなわけないだろ。ただ寝不足なだけ」


 僕はハッとして顔を上げる。


 やってしまった。顔を上げると僕に話しかけようとしていた他の男子やら群れて喋っている女子たちの視線が僕と冬美に集まっていた。冬美は周りになんか目もくれず僕を見ている。


「あ、ああ。昨日海人に手伝わされたあの本のことか! あれはたしかに重かったなあ……」


 完全に手遅れと気づいてはいたが一応誤魔化してみる。しかし教室の凍った空気は変わらず、時間が止まったかのように感じる。


「そういうことね。体調が悪いのなら保健室まで送って行ってあげてもいいけれど」


「だ、大丈夫……」


 僕がそう言うと冬美は教室から出て行ってしまった。


 それと同時にクラスメイトのほとんどが僕の席まで詰め寄ってきた。


「冬美さんが日向の心配なんてなにがあったんだ!?」


 やら、


「俺にも冬美さんと喋るコツとか教えてくれ!」


 とか、


「一人だけ抜け駆けしやがって! 覚えとけよ!」


 などと主に男子から質問攻めにされてしまった。中には殺人予告らしきものもある気がするがそれは無視しよう。それにしてもたった一言でも会話をするだけでこの始末だ。きっと本当のことを言ったら阿鼻叫喚の地獄と化すだろうな。


 僕が質問攻めにされている中、隣の席で一人だけ微動だにせず机に向かってノートを広げている女子がいたが僕はそんなことを知る由もなく休み時間を弁解のために使っていた。


「おい、お前ら座れー」


 教室の前の方から酒やけしてカスカスな声が聞こえてきた。この時点で誰か予想できる。こんな一週間のど真ん中で酒を大量に飲むのは海人しかいない。


 海人の声を聞くなりクラスメイト達は蜘蛛の子を散らすように僕の周りから離れていった。ありがたいと思ったが海人に助けられるのは何か腹が立つ。


 その後は時間が過ぎるとともに質問の数も減り、いつもの日常に戻った。どうやら一言話しかけられただけでは話題になるには不十分だったようで冬美の機嫌が良かった、などで済まされたようだ。


 そしてお昼になり購買でパンでも買おうかと思い席を立つと、


 ちょん


 と隣の席の女子が俺の制服の裾を掴んできた。

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