2話 神と夏
と、ネットに書いてあった。僕は目の前に急に現れた白衣に緋袴の二十代後半であろう女性に目を向ける。
「で、そのお稲荷様があなただと」
「うむ、おぬしのおかげでこうしてこの世に顕現できた。感謝するぞ」
見てくれに似合わないしゃべり方をしてはいるが今どき学校に巫女装束でいる不審者などいるはずがない。逆にあり得ない格好で学校にいるから不審者と言えるのかもしれないが。
とにかくこの女性は僕に危害を与えるわけでもなく、こうして自己紹介をしてくれたのだ。信用はしないが安心はしてもいいだろう。しかしよく見れば見るほど不思議な人だなと思う。
日本の神様と言い張っているのに髪は茶色、目は赤色であるのだ。顔立ちは流石に日本風であるが可もなく不可もなくといった感じで別段触れるところがない。
「おぬし、何か失礼なことを考えているじゃろ」
「何のことですか?」
僕はとぼけるようにそう言った。この自称神様は見透かしたような顔で僕の顔を見つめる。
「わしが何年神をやっていると思っておるのだ? そもそも神は願いを聞き届けるのが仕事なのだぞ」
確かにそうだ。そうでなければ神様とやらはサンタの様に可視化される願いしか聞くことができないことになる。だが本当に心が読まれていると考えると不思議と嫌悪感が湧いてくる。
「あの、なんか気持ちが悪いので心を読むのはやめて貰っていいですか?」
「言われなくとも常に聞いているわけではないわ。神とは言っても人間のように疲れもするし寝もするのだぞ」
そう言われて安心した、とはとても言い切れない。まだ信じ難いが本当に神様だというのなら何をされるか分かったものではない。
僕は先ほど綺麗に掃除した倉庫の床に胡坐を組む。正座の方がいいかとも思ったがなんとなくこの神ならいいやと思ってしまった。罰が当たるのなら甘んじて受け入れよう。
「それで僕の前に現れたのは偶然なのか? それとも
長話をしている時間も惜しいくらいに外は日が暮れかかっている。僕も早く帰りたいので本題を切り出す。この神とやらは冬美がいなくなった瞬間に現れた。これに何の意味があるのかだけ僕は気になっていた。
正直、この状況でも僕は神を信じるかと聞かれても信じないと答えるだろう。神は空想、自称神は現実、と割り切ることにした。
「それは中らずと雖も遠からずと言ったところかの」
「というと?」
「実はのう。わしは久しぶりにこの世に顕現させてくれたおぬしにお礼もかねて一つ、願いをかなえさせてやろうと思っておった。しかし願いを聞くとは言っても声には出さないただの気持ちじゃ、誰が言ったかは分からないのじゃよ」
僕は冬美が逃げ出す少し前に彼女が何か祈っているような姿を見ている。恐らくそれのことを言っているのだろう。ただそれと僕の前にこの自称神が現れるのとで何の関係があるんだ?
「まあそう結論を急ぐな。帰りたいのは分かるが説明くらいさせてくれてもよいじゃろう」
「しっかり読んでるじゃん」
嘘をつくと地獄に行くと教えられなかったのだろうか。神様というのは何でもありなんだな。
「わしがおぬしの前に現れる羽目になった件じゃが…… 結論から言うとあの娘のせいなんじゃよ」
無視されてしまった。まあ、それはいいが。
彼女が何を願ったのか。それだけは少し興味がある。いつも一人だけ氷を思わせるような空気を纏っている人間の願いだ。気にならない方がおかしいとも言える。
しかしながらこうして厄介ごとに巻き込まれたとなると恨めしい気持ちにもなってくる。
「それで冬美は何を願ったんだ?」
「あの娘は素直になりたいと祈ってきたんじゃよ。それもおぬしにだけのう」
は? 冬美が僕に対して素直になりたいと願ったというのか?
あり得ない、そんなことがあり得るはずがない。しかもなぜ僕だけになのだろうか。
「それでお前はその願いを叶えてしまったと……?」
「そういうことなんじゃよ。それと神に向かってお前とはなんじゃ、名前で呼ばんかい」
本人の要望により稲荷と呼ぶことにする、って今はそういうことを考えている場合ではないだろう。冬美が僕に素直でいたい。それが何を意味するかが問題だ。
仮にただ友達が欲しくて丁度その場にいた僕だけに、って言うのならまだいい。問題はそれ以外の選択肢だ。考えたくもない。
「じゃあ稲荷様、僕の願いとして冬美を元に戻すってことはできないか?」
「それができたらもうしておるわい。わしは神の中でも位は上じゃが久しぶりに顕現した身、全くと言っていいほど力がないんじゃよ」
八方塞がりになってしまった。これはもう諦めるしか選択肢がなくなってしまったように感じる。
「まあそのうちにでもわしの力が戻れば元に戻しておくぞ」
「極力早めに頼む」
すっかり日が暮れてしまい、戸締り確認をしている先生に見つからないように僕は学校を後にした。正門の裏から出たために家まで結構な遠回りになってしまったが仕方がない。
しかし今日を思い返すと不思議というか不可思議というか、今まででは考えられないことばかりだったように思う。冬美にかっこいいと言われ、自称神の稲荷に会った。最早昨日までの生活が嘘のように感じてしまう。
はあ、また面倒なことになったな。
「あ、あの」
ようやく見慣れた道にたどり着いた途端後ろから声をかけられた。振り向くとそこには制服姿のままの冬美がいた。あの倉庫の件で帰ってしまったと思っていたがどうやら違った。
「さっきは逃げてごめんなさい」
ぺこりと短い髪を揺らしながら頭を下げてきた。サラサラと音が出そうな髪に見惚れていると、
「いきなりこんなことになってしまって私も驚いているのだけれど…… 日向君さえよければ私が普通の女の子になるのをを手伝ってくれないかしら」
僕の目を見てそう言うと、冬美はもう一度俺に頭を下げてきた。
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