43、サクラの天使

「あー……どう考えてもこれしか方法がねーや」


 間近でファメラの声がした。この場に全くそぐわない明るい声である。

 サクラが驚き見れば、ファメラの目が開いていた。いつのまにか足元にあのジンベイザメ型のドローン、ベータがやってきている。ファメラはベータを構成するパーツから己の生体組織を形作り、それで破砕された心臓を辛うじて補っていたのだ。


「ふぁ、ファメラ!?」


 サクラは奇跡が起きたと思った。バッとその場に座り直して、ファメラの顔を見る。彼女は笑っていたが、その顔には疲労の色が浮かんでいた。


「うん、だからサクラちゃんはもう何もしなくていい。後は全部あたしがなんとかする」

「後はあたしがって……?」

「言ったっしょ? サクラは何も考えなくていいって」


 ファメラのせっかくの配慮も聞かずに、サクラは一生懸命考えた。もう真実から目を背けることはできなかったからだ。


 ファメラは一体何をしようとしているんだろう?

 人工神を止めることはきっと不可能だ。

 何故ならあれは自分たちのプロトタイプ。

 私とファメラとネルさんの三人がかりでようやくなんとかなる相手。今のファメラと私が戦ってもきっと勝てない。

 でも。

 たった一つだけ方法がある。

 それは『共振作用』。


「ファメラの自殺の意志をあいつに伝える……。人工神とは一度完全に精神を共有してるから、実際にファメラが死ねば、向こうの肉体にもかなりの効果があるはず。そしたらきっと自壊が始まる。自分で自分を激しく傷つけた人工神は体を再生するためにまた永い眠りにつく……!」


 サクラがわなわなと体を震わせながらそう呟くと、


「サクラちゃんマジちんこ」


 ファメラがサクラの顔面を指差して罵倒した。

 その顔はやはり笑っていた。サクラは泣いている。


「サクラちゃんの自分大好きクズちんこバカゲロ殺戮天使。もー、何も考えんなつったっしょ? どうせ後で不安になるだけなんだから」

「ふっ……不安たって、だって……ッ!?」


 サクラは涙目で訴える。


 何があってもファメラだけはいなくなって欲しくない!


「まあでもさすがサクラちゃんだね。記憶取り戻してから頭も大分よくなったんじゃない?」

「そんなのダメだよ! ファメラ、逃げよう!? 私ファメラまでいなくなったらもう生きていられない!」

「あたしゃ寝取られはNGなの。あんなサクラもどきにサクラちゃん取られるとかイヤ。それにベータの電池がもう持たない。結局あたしはここまで」


 ファメラがそういうと、ベータがチカチカと光電センサーを瞬かせて合図を送った。まるで笑っているかのように見える。


「ありがと、ベータ」


 ベータの意志を感じ取り、ファメラは言った。


「イヤ……! そんなのヤだよ!! そうだ、私の心臓使おう!? こんなんで良ければいくらだって複製作ってあげるよ! だから!!」

「ダーメ。人工神ダウンさせとかないと、ホントにサクラちゃん一人きりになっちゃう。そしたら生きてけないっしょ? だいたいサクラちゃんってあたしとヴァージョン違うから殆ど死ねないし、ニンゲンがいなくなったらホントにマジで辛いことになるよ。サクラのためにもあいつら生かしとかなくちゃ。だから、この世にまだニンゲンがいるうちにあたしがなんとかしとく。そしたらいつかハッピーエンドが訪れるかもしれない。サクラちゃんが心から笑える日がくるかもしれない」

「私そんなのいらない!! ファメラさえ居ればそれでいい!! ファメラさえ傍にいてくれたら、私……ハッピーエンドなんかいらないよ!!」


 そう言って駄々をこね出すサクラ。「お願い!! 私と一緒に生きて!!」その頭を優しくファメラが撫でる。


「サクラちゃん。よく、がんばったね」

「え……?」

「こんなのはね、失敗のうちにも入らないんだよ。だからこれに懲りずにがんばって。大丈夫。サクラちゃんならできる。あたしサクラのこと信じてる」

「し、信じるとか要らないよ……! なんでもいいから傍に居てよ、ファメラ……ッ!!」

「サクラは何も気にしなくていい。全部あたしが悪い。だからこの罪はあたしが償う。それだけを解ってくれれば、それでいい」

「ふぁめ、ら……?」

「だってあたし、サクラの天使だもん」


 そう言った直後、ファメラは爆発四散した。





 ファメラが死亡して数分後、都市での殺戮も完全に止んだ。人工神が停止したのだ。

 周囲を見れば、この巨大な人工神そのものも崩れ始めている。セレマの予想によればファメラの自殺により人工神を構成する体組織の三割程度は自己崩壊を起こすはずであった。そうなれば当然、体内に築かれた寄生都市も無事では済まない。それでなくとも既に七十万人以上の人々が無差別に殺傷されている。残る住人達も崩れ落ちる人工神の肉片に圧し潰され死ぬだろう。生き残ることができるのはサクラだけだ。なぜなら彼女だけは肉塊に圧し潰されても死なないからだ。どんなに苦しくても彼女だけは死ねない。天使の力があるがために。


「……」


 そんな中、サクラは一人、目の前に転がるファメラだったものの残骸を目にして考えていた。

 ファメラが好きだった。

 酷い単語を連発して、からかってくる彼女。

 過去も未来もなくした私にとって、かけがえのない親友だった。

 それなのに、そんな彼女を今、目の前で失くしたんだ。

 私のせいで。

 ……私……ゴミだ……!

 世界を滅ぼし、生き残った人々を苦しめ、たった一人の理解者さえ私のせいで死んだ。

 いや、私が殺したんだ……!


「私は私を殺したい……ッ!」


 言いながら、セレマでマチューテを造り、ウンウン唸るその先端で自分の体を抉り始める。目も鼻も耳も全部削いで、胸を抉ってアバラ骨を圧し折り心臓を取り出して、それを握りつぶしたがなおも復活する自分の体に絶望する。死ねない。


「生きろ」


 すると、サクラの背後で声がした。

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