42、全ての元凶

 そして現在。寄生都市上空、人工神心臓直下。

 ファメラと共に中空に浮遊しているサクラは、今度こそ記憶を完全に取り戻していた。


 そんな……!?

 全ての元凶は、私が破滅を願ったからなの……!?


「サクラちゃん、ひょっとして何か考えてる?」

辛そうに顔を顰めるサクラの変化を敏感に感じ取り、ファメラが顔を向けて尋ねた。

「ダメだよサクラちゃん、集中して。何も考えなくていい。サクラちゃんは何も悪くないから。悪いのは全部あたしだからッ!」


 ――フフ。ファメラも早く言ってあげればよかったのに。きっとアナタに嫌われるのが怖かったのね。彼女にはもうアナタしか居なかったから。


 人工神が微笑む。彼女の声はサクラにしか聞こえていない。

 一方そのサクラは全身を硬直させて固まっていた。彼女は現実を一ミリいや一プランクスケールたりとも認識したくない。


『ダメ……ッ!

また頭が重くなって体が固くなる……ッ!

表情や言葉がうまく作れない……!

なにか哀しい気持ちと焦燥感に塗れてしまって、わけが解らなくなる……ッ!

でも、なにか言わなくちゃ……!

言って私の真実を証明しなくちゃ……!』


 ――どうして真実を証明する必要があるの? アナタはもうそれを得たじゃない。


 はっきり言われてしまい、サクラはただ祈るように組んだ手を胸元に置いて、固まるだけだった。彼女の額には無数の脂汗が浮き出ている。


 ――アナタが証明したいのは真実ではなく虚構よ。アナタは私と一緒なの。私と同じで自分を産み出したこの世界を憎んでる。だから人工神計画に選ばれた。


『お願いやめて……ッ!

 もうイヤなの……ッ!

 アナタに言葉を突き付けられる度に頭の奥がチリチリして眩暈がする……!

幾ら考えようとしたって考えがまとまらないの……!

 本当に、私が望んだことなの……!?

 私のコピーが人類を滅ぼそうとしてるのも、あなたが人類を滅ぼそうとしてるのも、全部私がそれを望んだから、だからみんなが苦しんだってことなの……!?』


 ――そう。それが真実。


『そんな……ッ!?』


 サクラは愕然とした。


『もし私が天使にならなかったら、世界は滅びなかった。

 もし私が天使にならなかったら、みんなお腹の中で暮らさなくて済んだ。

 もし私が天使にならなかったら、天使病の女の子もナンパしてきた男の人もあの場に居た通行人たちも、誰もこんな酷い世界で暮らす必要もなかったし、当然死ぬこともなかった。そもそも天使病自体無かったし、ネルさんだって地獄の思いをせずに済んだし、ジオルムも出現しないし、ファイガさんもレフもガブも、ALOFの人たちも誰一人死なずに済んで、誰一人悲しまなかったんだ。それを……!

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ。

 ぜんぶ私のせいで、こんな事になったっていうの!?』


 ――大丈夫。それは私の願いでもあるから。だから、サクラは気にすることはないわ。アナタの望みの通り世界を滅ぼしましょう。私と、一緒に。


 人工神は、心から嬉しそうにサクラに微笑みかけた。


 ――だって私たちは、世界に二人きりの嫌われ者同士だから。


「イッ……イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」


 とうとう耐えられなくなったサクラが、頭を抱えて泣き叫んだ。

途端に共振作用が解けてしまう。


「私そんなんじゃない!! 私嫌われてない!!! 私……ッ!」

「サクラちゃん!? マズい、あたし一人じゃ……ッ!?」


 途端にファメラの顔色が悪くなる。彼女一人では目覚めかけた人工神の破壊衝動を押さえられないのだ。

 やがて二人の頭上で心臓の鼓動が速くなった。心房内部を濁流のように駆け抜けている赤黄色の液体が心臓表面から溢れ出す。

 すると内臓世界の天球を形作っていた内膜の壁が柔らかく溶け、心臓がたわわに実った果実のように垂れ下がってきた。波打つ表面に亀裂が入り、表面が裂けて中から美しい少女が顔を出す。

 少女は現在のサクラと瓜二つだった。違うのは髪の色が漂白剤を掛けたように真っ白である事と、見た目の年齢である。人工神の方が何歳か年上に見えた。そんな彼女は顔半分に日食のような白い仮面を被っている。


「まずはアナタ」

「ぎゃふっ」


 人工神が指先から放った光……超小型の零距離陽電子砲……によって、ファメラが胸を貫かれ墜落する。

 ファメラの体は再生機能が働いていない。それは攻撃に加えて、人工神が己の血液を辺りの空域に散布していたからである。かつてネルが自らの細胞によってジオルムの再生を阻害したときのように、人工神もファメラの再生を阻害したのだ。再生さえできなければ天使も人間とほぼ同じである。胸を貫かれれば死ぬしかない。


「……」


 それが直感できたからこそ、サクラは呆然としていた。


 私のせいでファメラが……死んだ……!?


「待ってて。今度こそ人類根絶やしにしてきてあげるから」


 人工神は頬に人差し指を当ててそう呟くと、深夜にも関わらず明かりの点いている繁華街に向かって物凄い速度で飛んで行った。

 ALOFが壊滅し、ネルの居ない今、一国の軍隊だけで敵う相手ではない。

 仮に彼女を止められるとすれば、それはサクラだけなのだが。


「……あ……ああ……あ…………」


 サクラは余りにも深く傷つき過ぎていた。

 他にどうしようもなく、まるで時間を掛けて海底に沈殿する無数のプラスチック粒子のようにゆっくり空を降下していく。




 心臓があった場所の真下は『塔』だった。

 今はもう周囲を覆う棺桶は無い。先のネルたちとの戦いで、ここにも火の手が迫っている。その最上階の部屋に一人、壊れたファメラと共にサクラは蹲っていた。

 遥か遠くの方で、爆発音が聞こえている。遮るものの無い塔は素晴らしい見晴らしで、そこから寄生都市の全景が見渡せた。

 完全に覚醒してしまったサクラの目には、人工神によって住民たちが虐殺されていく様が死傷者の数と共に表示されていた。現在の死傷者数は既に十万人を超えている。共和国軍隊はその機能を停止しており、市街地の大半が火と煙に包まれていた。


「知らない……こんなの私知らない……!!」


 この期に及んでまだサクラは己の罪を認めていなかった。いや、むしろここまで来たからこそ認めるわけにはいかない。なぜなら彼女は自分の怒りがきっかけとなって余りにも多くの人間を殺してしまった。世界が一つ滅びる程の数だ。そんな罪を認めることは最早死に等しい。償うことなど到底できない。彼女はそう思っていた。


「あいつらが悪いんだ……! 私なんか天使に選ぶから……!」


 だからサクラは目の前で起きていることを受け入れられず、一生懸命に言い訳を考えだそうとしていた。その間にも死傷者を示すカウンターは目まぐるしく動く。既に死者数は二十万人を超えていた。もはや都市機能を維持することは不可能だ。


「……ファメラもだよ……!? どうして私に真実なんて伝えようとしたの……!? それで勝手に死んで……許さない……ッ!!」


 そんな逃避の果てに、サクラはとうとう親友のせいにし出した。

 もう二度と動かないその肩を引っぱたく。

 すると、


「あーどう考えてもこれしか方法がねーや」


 ファメラの声がした。

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