40、二本の鉈

 次の瞬間、閃光と共に飛来したミサイルが着弾した。

 基地の重砲に装填されていた『対天使用二重貫通弾頭弾』が着弾したのだ。亜音速で飛来し、辺り一面の土壌を地下二十メートルまで根こそぎ掘り返すほどの威力を持つこの新型の兵器は、先駆弾頭としての自己鍛造弾(圧力による破壊)と主弾頭の徹甲榴弾とに分かれる。

 一見無敵に思える天使の自己再生であるが、実は弱点が幾つかあった。一つは単純にエネルギー切れ。もう一つは再生する力そのものを利用したやり口である。

 二重に炸裂するこの爆弾なら、先駆弾頭による最初の一撃で自己再生を誘発させたうえで、主弾頭による爆撃を加える。すると本来再生する部位を失った天使の肉体は、再生速度が極端に鈍くなるのである。実際ジオルムがこの貫通弾の直撃を受けた場合は例外なく消し飛んでいた。

 ネルは最初からこの結末を狙っていた。

 元より全力同士の戦いとなれば、サクラに分がある事は解っていた。サクラのセレマのバージョンは、ネルよりも二回り上である。だから自分の身を囮にして、注意をこちらに向けさせた上でこの奥の手を直撃させたのである。


「……ッ」


 戦車の複合装甲をも容易に圧壊させる爆風と爆熱の余波を浴びて、ネルもまた吹き飛ばされていた。

 気付けば弾頭が直撃し、半分になったサクラの頭部が目の前に転がっていた。だが片方だけのその目がギョロリ、ネルを捉える。


「ギイャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 サクラは生きていた。一挙に顔半分と首から下の四肢を生やして起き上がる。まるでいつかのネルのように。


「化け物め……!」


 ネルが呟く。


「化け物に言われたくないです」


 サクラがネルの体にマチューテを突き立てて言った。普段のネルならともかく、今の省エネ状態の彼女は肉を削られている限り再生できない。


「あ、サクラちゃん終わった? こっちも終わったよ」


 戦闘は既に終わっていた。気付けば完全武装の兵たちは倒れ、ヘリコプターは勿論戦車でさえも黒煙を噴きながら沈黙している。


「あの泣き虫サクラちゃんが立派なもんだね。あたし感心しちゃった」

「でしょ? えへへ……褒めて」


 サクラはファメラに甘えつく。

 その様子を人が見れば不気味に感じたかもしれない。

 二回りは背丈の大きい大人のサクラが子供ほどの背丈のファメラに甘えついている。


「待て……! たとえ人工神を復活させても、世界は救えない……!」


 するとネルが言った。突き刺さったマチューテの振動音の合間を縫うようにして声を出す。


「そんな事をしても無駄だ……! 人間の組織に入り人間に恨まれながら……それでも人間たちのために尽くす……それが世界を滅ぼしてしまった我々にできる唯一の償いなんだ……!

 サクラ……自分の愚かさを受け入れろ……! 今ならまだ間に合う……心を……入れ替えて……現実を……思い知るんだ……!」


 ネルは自分が許せなかった。

 あれだけの犠牲を出して。

 尚も私は、同じ罪を犯し続けてしまうのか。

 私は罪深い。弱い。

 だからこそ、なんとしてもサクラだけは止めなくてはならない。

 間違っても私のような愚か者を増やしてはならない。


 彼女はそう思っていた。


「一度壊れたものは……二度と元には戻らない……ッ! 仮に人工神を復活させて世界を救ったとしてもそうだ……! 失ったものはもう……戻らないッ! だからどんなに苦しくてもそれは……受け入れて、受け入れて、受け入れきって、その上で私たちは生き続けなくてはならない……ッ!!」

「……」

「レフが。ガブが。ファイガが犠牲になって。

 彼らは二度と帰ってこない。

 それでも私たちは、この世界で生きていかなくてはならない。過去をなかったものにするのではなく、過去を現実として受け止めて今を生きる。そのために!」


 もう再生すらおぼつかない。

 そんな体に鞭を打ってネルは、サクラに訴えた。

 そんな彼女の訴えかけに、サクラは、


「――私、ネルさんみたいな悪人とは違いますから」


 冷たい目をして言った。その目はまるで尖り狂った一本の鉈のようだった。

 そしてネルの胸からマチューテを引き抜くと、その首をぷん、と撥ねた。

 ネルはもう復活しなかった。

 それは過去に対する拒絶であり軽蔑である。


 私はちっとも悪くない。なんの罪も犯してないけど、私をどうしても悪人に仕立てたいネルさんみたいな人たちがいるから仕方なく人工神を使ってみんなを助けてあげるんだ。

 今回の件はただそれだけ。

 みんな、どうしてそんな簡単なことが解らないんだろう?


「行こう」


 サクラは血に濡れた翼を広げ、今度こそ天井に向かった。




 天井に近づくと、心臓は思ったよりも大きかった。

 コンサートホールぐらいの大きさはあるかもしれない。そんなものが激しく脈動しているのだから、近寄ると大した騒音だった。鼓膜は勿論腹膜までズシズシと動かされる。


「この辺までくればいいかな。サクラちゃん、祈るよ」


 一緒に飛んできたファメラが言った。


「祈る?」

「うん。あたしたちは生まれつき『共振作用』の素養があって、だから選ばれたの」

「共振作用?」


 サクラが尋ねた。

 共振作用というのは、いわば人工神限定のテレパシーのようなものである。人類がそれを獲得するには、人工神に対して強い共感を持ちうる人物でなければならない。この点において、サクラとファメラは優秀であった。人工神は人間に使われるためだけに生み出され、今は放棄されている。二人も同じように両親のエゴのためにのみ産み出され、能力が無かった結果捨てられているのだ。サクラとファメラそして人工神は置かれた環境が似通っていた。


「そう。あたしたち二人で人工神と精神を共振させる。サクラちゃんもジオルムとかでやってるはずだよ」


 言われてサクラは思い出した。ジオルムは人間を憎み残虐なやり方で殺しはしたが、自分に対してはいつも好意的だった。あれこそが恐らく共振作用の結果なのだろう。


「そっか。共振作用を起こせば、私のやりたい事が人工神にそのまま上書きされる。それを二人がかりでやれば、人類を殺すって欲求まで上書きできるんだ。つまり二人で人類を救おうと願えば、人工神はその通りに動いてくれる」

「そゆこと」

「なるほど。わかった」


 サクラは目を閉じた。

 そして、腹の底まで響く人工神の心臓の鼓動に合わせて自らの気持ちを共振させる。同じく共振させ始めたファメラと手を繋ぐと、二人の体から無数の銀色の光の粒が放出され始めた。それは竜巻のように立ち上り、内部に人工神をも取り込む。

 白銀の瞬きに満ちたその特異空間の内部でサクラは共振のための回路を開いた。


 ――サクラ。またアナタなのね。


 すると、サクラの脳内に直接声が聞こえてきた。その声質はファメラのものに似ていたが、彼女の声よりもやや低くなぜか懐かしい。そう感じさせるのは、彼女の声音が慈しみに満ちているからだ。


『はい。また会いに来ました。人工神さんには悪いけど、人類を救ってもらいます』。


 その声にサクラは脳内で答える。


 ――どうして?


 その要求に対して人工神は不思議そうに首を傾ける。

 彼女の声はファメラには聞こえていない。


『どうしてって。当たり前です。人類が滅んだら私たちもマズいんです。人工神さんには申し訳ないけど、彼らを救って頂きます』


 ――ふうん。なんだかよく解からないことを言うのね。だってんじゃない。


『……』


 望んだ?

 私が?

 何を?


 サクラは急に不安になる。

 人工神の言葉を聞いただけで、顔から血の気が引いて冷や汗が溢れ出した。思考も大量の漂白剤をぶっかけられたように浅く白く染まっている。どうしてそうなるのか、サクラには皆目見当も付かない。


 ――だって、またみんなにイジメられたんでしょう? いいわ。私が殺してあげる。血とかで汚れるからあまり好きじゃないんけど、サクラのためなら私なんだってしてあげるわ。だって、アナタのパパやママだって私が殺してあげたんだから。


 こいつは何を言ってるんだ……!?

 私がそんな事を望むわけないのに!!


 ――考えが頭から漏れてる。でもそうか、サクラは全てをなかった事にしたかったのね。でも私はそれじゃいけないと思うな。だって幾ら現実逃避してもサクラは幸せにはなれないもの。ちゃんと自分の気持ちに正直にならないと。


『わっ、私はそんな事望んでない! いつだってみんな仲良くってハッピーエンドで終わればいいって心から望んでる!! ママとパパもそう!! だから!!』


 ――ウソよ。アナタは怒ってる。自分を産み出した両親とこの世界を。だから滅ぼしたがってる。


『違う!! 私は愛されたかっただけなの!! 私は可哀そうな子供だったから! それだけなの!! 誰も憎んでないし、まして世界の滅びなんて望むわけがないでしょ!?』


 ――誰も憎んでない? 本当にそう思える? だってアナタ今でも憎んでるじゃない。私はちっとも悪くないのに、どうしてみんなこんな酷い事ばかりするのって。私と初めて会った時と一緒よ。


『……ッ!?』


 心の臓を穿つような人工神の言葉を耳にしたとき、サクラの脳裏に封印されていた記憶が完全に戻った。

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