37,あたしたちの罪

「そう。これがあたしたちの罪」


 ファメラがそう呟くが早いか、二人の前で扉が開いた。

 外から一気に風が吹き込んでくる。外と内側の気圧差で吹き込んでくるのだ。その余りの風圧にサクラは吹っ飛んでいきそうになり、慌ててファメラの体に抱き着いた。徐々に風が止んでくる。


「?!?!?!?!?!」


 やがて、サクラの視界に広がったのは、地上の光景だった。

 空はどこまでも澄んでいて青い。遥か高みに見えるのは太陽だ。季節がいつなのか解らないが、とても眩しい。見渡す限り緑の大地が続いていて、草も木も海も広がっていた。極上の楽園がそこにある。

 だがそんな楽園を闊歩していたのは、無数の巨大な生き物たちだった。

 その生き物たちは、美しい少女の姿をしていた。ただし背丈は100メートルを超える。体重は5万から最大50万トンという巨人。しかもその姿はサクラと瓜二つだった。顔のパーツや手足といった体の一部が欠損しているものや、半ば腐乱しているものもあったが、特徴的な薄ピンク色の髪などはまさにサクラのそれである。


「…………………………」


 サクラは訳が解らなかった。


 あれは、どう見ても私だ。

 でも、なんで私の偽物が歩き回っているの?

 こんな気持ちの悪いものを見せて、何かの嫌がらせなんだろうか?

 ファメラも私をイジメたいの?


 そんな浅はかな疑問と共にサクラはファメラを見る。その目は焦点が合っていない。サクラは内心気が付いていた。何がどうしてどうなって、今目の前に自分のコピーたちが跋扈しているのか。

 今はその事実から全力で目を逸らすために、自分が安心できる答えを待っている。


「――使


 しかし、ファメラは真実を口にした。


「ううん。、人工神計画のプロトタイプに選ばれて。それで、私たちのコピーが沢山作られたの。複製体って呼ばれてるけど、今目の前を歩いてるのがそれ。七日間で世界を滅ぼして、その後も人類に対する害意だけでうろついてる厄介な連中」


 よく見るとファメラの劣化コピーも居た。

 しかもそれらのコピーたちの足元には、うねうねと動く蛇のような生き物たちがいる。それは見紛うことなきあの『ジオルム』であった。ジオルムもまた、サクラやファメラのコピーから生み出されていたのだ。


「つまり複製体ってのはあたしたちの姉妹みたいなものでね。『全てのニンゲンを滅ぼす』って意志だけで行動してる不老不死の化け物。それで、そいつらの髪の毛があのジオルム。ジオルムはオリジナルであるあたしたちが発してる微弱な電波を察知すると近寄ってくるんだけど、それは仲間だと思われてるから。実際あいつら一度もサクラちゃんのこと傷つけなかったでしょ?」


 淡々と事実を語る。

 つまりファイガたちを殺しその肉を食らったのは、自分自身も同然だということだ。


「知らない……ッ! 知らない知らない知らないッ!! あんなの私じゃない!! 私何も知らない!!!」


 サクラは髪を掻き毟って叫んだ。

 彼女は思い出してしまった。自分が思いだしたくなかった事の全てを。

 目を閉ざし手を振り回し大声を発して、サクラはなんとか目の前の光景を否定しようとする。だがそんな事をしても眼前の光景は一切変わらない。もういい加減閉じて欲しいのに扉はいつまでも開いたままだ。そこから目を逸らせない。


「思いだしちゃった?」

「思いだしたよ!! でもあれは私のせいじゃない!! だって私は何も知らなかった! 突然ママに言われて、『あなたが世界を救うのよ』って、それで……私……つい……嬉しくって……!!」


 一度記憶の封印が解かれると、もう止まらなかった。

 サクラは己の正当性を現実にぶつけるようにして叫び続ける。


「役に立てると思ったの!! ドジで間抜けで役立たずで!! ママからもパパからも要らない子扱いされてた私が!! 初めて!!!」


 サクラは自分の過去を語り始めた。

 彼女が語ったのは、次のような話だ。

 自分の両親は、ともに天才的な科学者だった。五歳で初めての論文を書き、十歳を超える頃には大学に進学していた。

 だが自分たちの研究に没頭するあまり、自分のことは放っておかれた。元々子育てには興味がなく、ただ息抜きの快楽の果てに生み出された自分は望まれて産まれた子供ではなかった。それでも一応産んでみたのは、自分たちの子供なら歴史上最高クラスの知能指数を持つ天才が生まれるのではないかと期待したからだった。結果は普通並み、いやそれ以下だった。娘の頭の悪さに失望した二人は育児を放棄した。その矢先の『人工神計画』だった。


「私、愛されたかった……! だってママもパパも私のこと全然好きじゃないんだもの!! それは私が何にもできない子だったから!! でもそんな私が初めてみんなの役に立てるって知って、私嬉しかった……! 嬉しくて、それでみんなのために頑張ろうとしたのッ!! それなのに、どうして……ッ!」


 そう言いかけた時、サクラの目から大粒の涙が零れた。

 それを見てファメラは思う。


 ――ああ。サクラちゃんはまだ


「そうだね。サクラちゃんが悪いわけじゃないよ」


 ファメラは優しく頷く。


「でもねサクラ。受け止めるべきは、私たちが全力で天使となる事を拒否しなかったということなの。だってあたしたち正義のヒロイン気取りだった。サクラちゃんだけじゃない。あたしだってあの時はそう思ってたよ。そうやって都合のいい夢ばかり見てた。もしもこの計画が失敗したらって、そういう大事なことは何も考えなかったのね。つまり結局のところ、あたしたちはただ自分がチヤホヤされるためだけに天使になろうとした。その結果がこれ。その事実をあたしたちは受け止めなくちゃいけない」

「……酷い……ッ! そんなのおかしいよ!? だって私は子供だったんだよ!? 責任なんて取れるわけないよ!!!!」

「そうだね。あたしもそう言いたかった。でも、みんなはそうは思ってくれない」


 言われてサクラはあの繁華街での出来事を思い出した。

 天使病を治しても、あの少女は自分たちを許してはくれなかったではないか。

 自分たちがどれだけ正当性を訴えても、それどころか親切をしたって誰も自分を顧みてはくれなかったではないか。


「ああ……ッ!」


 サクラはその場に両膝を突いた。

 トロン合金製の床にポタリポタリと雫が落ちる。


「……ウソだよね……ファメラ……こんなのウソなんだよね……?」


 サクラはまだ信じない。

 一方ファメラも答えなかった。


「うん。そろそろかな」


 代わりに言って、サクラの薄ピンク色の髪を見る。


「え……ッ!?」


 すると、突然サクラの胸でドクリと、一際強く心臓が打った。そして全身が満ちてくる感じがして翼が生え髪の毛が伸びる。


「ファッ……ファメラ!? これ何!?」

「これが本当のサクラちゃんの姿」


 太陽光を浴びたことで、サクラがとうの昔に使い果たしていた体内電池が活性化し、エネルギーが回復したのだった。サクラの髪の色はうっすら銀色を帯び、腰に掛かる程度まで伸びた。その幼かった体も一回り成長して、大人の女性の姿へと変わる。


「イ……イヤァ!! 私子供なの!! 何にも知らない子供なの!!! 大人じゃない!! だから止めてよォ! お願いッ!!!」


 成長は、止まらない。

 やがて現れたのは桃銀髪ローズクリスタルの美しい、あのネルにも匹敵するような美人だった。十年間眠っていたサクラは今年二十四歳になっていたのだ。


「『セレマ』起動シーケンス開始。認証開始……執行者名サクラ・『破壊者』・ノーレア。コードネーム『叡知を授けられた愚者(サクラ・ソフィア)』。メモリーチェッキング……OK」


 サクラの脳内に、機械的な音声が響き渡る。それはかつてファメラがセレマを起動したときに聞いたものと同じだった。金属でできたパイプの中を均一化された音の塊が吹き抜けてきたような、メタリックな響きのある声だった。

 やがて陰っていたサクラの瞳から光が溢れ、その瞳に八芒緋星オクタグラムが刻まれる。

超次元機能分散システムHDFDS……起動アクティベート

インターベイション・オリエンテッド・オペレーティングシステム……スターティング。

セレマ……ヴァージョン0・80。

プライマリシステム・ステータスチェック……OK。

プログレッシブ・ウェア・アプリ……エラー。

ハイブリット・ウェア・アプリ……起動。

セキュリティ・プリンシパルブランチを解放リベラート。アプリケーションN1から5番、7番から16番まで同時解放。知的生命体の殺害を含む禁忌条項第一種第三項を排除。フルコントロール」


 サクラの脳内に機械的な音声が響き渡る。それはファメラが発動したときに聞いた、セレマ起動時のシークエンスだった。サクラがファメラと同じ天使であるという、これ以上ない証拠だ。


「そんな……どうして……!?」

「サクラちゃんもね、セレマ使えるんだよ」

「違う! こんなの私じゃないッ!! だって私は何もできない女の子で……だから違うの! 何も悪くないのッ!!!」


 自分が犯した罪の余りの巨大さに耐えきれず、必死に自分の罪を否定しようとするサクラ。肘で耳を塞ぐようにしてその場に蹲る。


「だって被害者は私!!! 加害者は世界!!! 私以外のぜんぶ全員ッ!! そうじゃなきゃおかしいッ!! 私は悪くないのおおおおおおおおおおおお!!!」


 そうして駄々をこね出すその姿は、美しい見た目と反比例するかのように醜い。

だが、そんなサクラだからこそ、ファメラは愛おしいと感じていた。

 自分と同じ苦しみを抱き、自らを嫌って喘ぎ苦しんでいる。

 そんなサクラのことが大好きだった。

 自分も全く同罪なのだ。


「大丈夫。あたしもいる」


 ファメラはその純白の翼でサクラの体を覆い呟いた。

 それはまるで世界から彼女を覆い隠そうとするかのようであった。

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