36,サクラの過去
その日の深夜。
サクラは寝台に俯せになっていた。
眠ってはいない。毛布で顔を隠し、ファイガの持ってきた衝立を枕元に置いている。着ているのはガブの形見となってしまった千鳥格子のワンピースだ。
「……」
そのすぐ傍らにファメラが立っている。辺りが真っ暗闇のため、彼女の真珠色に輝く髪や服がぼんやり浮かび上がって見えた。
そのまま十分近くが経過しただろうか。そろそろ俯せになるのも息が詰まる頃だと思い、ファメラが一旦部屋を出ようとした、その時。
「……私、よく解らないの……」
涙でぐちゃぐちゃになった声でサクラが呟いた。
「解らないってなにが?」
本人以外誰も判別できないような声だったが、ファメラは当然のように聞き取って尋ねる。
「私、どうしてこんなに嫌われてるの……? 私……みんなに嫌われるようなことしたのかな……?」
先には怒っていたサクラだったが、今はただ寂しかった。不安で今にも心が押しつぶされそうである。
そんなサクラの傍に寄って、ファメラがひしと抱きしめる。優しい腕の圧力に絆されて、サクラはずっと我慢していた溜息を吐く。
「ファメラ……! 私、過去がないの……! 十年前の戦争とか言われても、何一つ覚えてないんだよ……! きっと私何かしたんだ……! それでみんな怒ってる。そうとしか思えない。だってみんな、まるで……!」
サクラは途中で言い淀んだ。そのまま一分が経過する。
「まるで……私のせいでファイガさんたちが死んだって思われてるみたいで……ッ!」
サクラには訳が解らなかった。
仮に私が過去に何かしたとしよう。でも今起こってる出来事とは何の関係もない。だってファイガさんたちが死んだのは、百パーセントあのジオルムとかいう化け物のせい。あの場で私が何をどうしたって助ける事なんかできなかったもの。それなのに、みんなあのジオルム以上に私のことを恨んでる。なんで?
「……」
サクラはファメラの言葉を待っていた。何か、自分を助けてくれるような言葉を。
ファメラはどんな時も安心を自分に与えてくれていた。だから今もそれを期待していたのだ。
「知りたい?」
ファメラが耳元で尋ねる。サクラは頷く。
頷くしかなかった。真実を知ることは恐ろしいけれど、このままでは不安で頭がどうにかなってしまいそうだった。
「わかった。教えてあげる。全部。サクラちゃんの知りたいことも、知りたくないかもしれないことも」
そう言うと、ファメラはサクラを抱いたままふわりと空中に浮かび上がった。見ればその背中から粒子による翼が生えている。頭上には光輪も浮かんでおり、本物の天使のようだった。驚くサクラの眼前で、棺桶の扉が徐々に開いていく。
「……どこかに行くの……?」
「うん。あそこ」
言ってファメラが指差したのは、昨日事件が起こった第九地区の更に先。
この塔の遥か上方に空けられた通風孔だった。
ファメラに抱かれたまま、サクラは空を飛んで通風孔からずっと内側を昇って行った。
通風孔はとても広く、以前彼女が捕まっていた神殿と同じ銀色の建築材で作られていた。この銀色はトロン因子を配合した炭素合金に依るもので、セレマによる加工がしやすいように作られている。
およそ20メートルの楕円形の入口から、ずっと空を目指す。
何分かに一度、上空から凄まじい風が吹きつけてくる。その度にファメラは少しくすぐったそうに笑って、「帰りは早く帰れるね」言った。辺りはどんどん暗くなる。足元にある心臓が遠ざかっているためだ。
更に昇っていくと、やがて広場のような所に出た。辺りは暗い。まるで深夜の塔のようである。しかもここにはドローンがいないので、更に暗かった。ファメラが体から絶えず微粒子を放出して照らしてくれなければ、ここが広場であることすらも気付けなかっただろう。
その広場に降り立つと、ファメラはサクラを下ろし自分が先導する形で歩いて行った。辺りは地下よりずっと涼しくて乾燥している。たまに飛んでいるのは蝙蝠の類だ。こんな所にも生きる命はある。
やがてファメラがピタリと立ち止った。サクラの方に振り返る。
「着いたよ。もう暫くしたら口が開くから。そしたら全てが見える」
「全てが……見える……?」
「そう。これがあたしたちの罪」
ファメラがそう呟くが早いか、二人の前で扉が開いた。
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