35,決意
サクラは塔の地階にある監視所を訪ねた。
そこはネルが常に待機している部屋である。
「ずいぶん気合が入っているな」
準備万端と言ったその姿。そして背後に控えたベータを見てネルは言った。
今のサクラはファメラに出して貰ったアサルトライフルを構え、背中には対戦車榴弾砲を背負い、ワンピースの上に着た防弾ベストのパウチには手りゅう弾を入れて、まるで歩く武器庫とでも言ったような見た目だった。当然重いので、ベータに支えて貰う事でようやく歩いている。
監視所に勤めていた他の兵士たちは皆険しい表情をしていた。何人かは銃を構えてネルの命令を待っている。
「ネルさん、私を兵士にしてください。ファイガさんたちの仇を討つんです」
「ダメだ」
ネルは即刻断った。それでもサクラは退けない。ここで退いてしまえば、自分は二度と自分の事を好きになれなくなる。
「どうしてですか!? 私が弱いからですか!? 確かに私、何もできませんでしたけれど、でもこれからは皆さんの役に立ちます! 砲弾でもなんでも運びますし、なんなら弾除けに使ってくれたってかまいません! どんな最前線でだって立派に戦ってみせます!!!」
決死の覚悟を叫んだサクラであったが、その場の誰一人として彼女に耳を貸さなかった。彼らが真剣でない訳ではない。ただその鋼鉄のような無表情の下では、サクラ以上の感情が渦巻いている。
「解った……ネルさんきっと私が嫌いなんですね? だから私だけいつも除け者にして! でも今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 子供じゃないんですからリーダーとしての役目をきちんと果たしてくださいよ!! じゃないとまたみんなが酷い目に遭うんです!!」
「ひゃっはっははははははははは!!!!!」
サクラが喉も張り裂けんばかりに叫ぶと、ネルの背後に居た一人の若い男性兵士が嗤い始めた。
「なんで笑うのよ!?」
サクラは怒り叫ぶ。余りに失礼だと思ったのだ。すると相手はむしろお前の方が非常識だとでもいうような顔をして、
「ひゃは! ひゃははは!! ひゃは……!! だあってよ!? こんな喜劇があるかよ!? 面白くってしょうがねえや!!! ギャハハ!!!」
まるで以前自分がリンチを受けた時に受けたような、怒りと呆れの混じった嘲笑を浮かべて兵士は叫んだ。
「こいつ自分がどんなご身分だか解ってねえ!!」
酷い……!
ホントにこの組織ってクズしかいないんだな……!?
身内が大勢死んだって言うのに、こんな非常識な態度取って!!
サクラはそう思っていた。これではファイガたちが浮かばれないではないか。
でも仕方がない。
こんな人たちに期待したってしょうがないんだ。
この人たちを変えるくらいなら、私が変わろう。
それが理不尽に殺されてしまったファイガさんたちにできる唯一の手向けだ!
「私、もう戦うって決めたんです。たとえ笑われたって……ドリルで穴を開けられたって、仇を討ちに行きます。行きたいんです!」
「……」
兵士とサクラが喚く中、ネルは黙っていた。彼女自身その沈黙は必要だと考えていた。なぜならこの場で最も激しい感情を抱いていたのは実は、彼女だったからだ。その感情とは喪失感である。彼女は次のような事を考えていた。
ずっと、ファイガが好きだった。
あいつはろくでもない、どうしようもない男だ。
いつだって自分を置き去りにして、他人のことで悩んでいる。
そんなあいつのことを意識し始めたのはいつからだろう。
ひょっとすれば、最初からだったのかもしれない。人工神計画が失敗に終わったとき、その当事者の一人であった私はただ絶望していた。私は希望に満ちた未来が訪れると信じて、プロジェクトにこの身を捧げていたのだ。だがその私がした判断によって、間接的にとはいえ50億以上の人々の命を奪ってしまった。人類を滅ぼしてしまったこの罪をどうやって償えばいいのか全く分からなかった。
失意に暮れ、自死を決意していた時、私の肩を叩いて『ALOFを結成しよう』と言ってくれたのはファイガだった。
あいつは言った。
『罪は償えばいい』
私は答えた。
『償える罪ではない』
するとあいつは笑ったんだ。まるで気の利いた冗談でも聞いたかのように。そして言った。
『バッカだなあお前。どんだけ自信過剰なんだよ。お前一人で世界が救えたのか?』
私は即座に抗弁した。『たとえ救えなくても救わなくてはならない』だとか、そんな内容だったと思う。
するとファイガは続けた。
『そうだな、たしかに普通の人間とは違う能力をお前さんは持ってる。だがそれだけだ。中身はまだケツの青いガキに過ぎねえ。じっさい、現実が何にも見えてねえよ。そもそも人間が一人でできることなんざ片手で数えるほどもないんだ。そうだろ?』
『……』
私は黙るしかなかった。
なぜなら私は無力だったから。
言い訳すら浮かばない。
『だったらしょうがねえよな。諦めるしかねえよ。あん時のお前さんにはそれが限界だったんだから。だからまずそれを認めろ。お前は弱い。弱い奴が幾ら足掻いたって世界なんざ救えねえんだ。だから』
そう言って、肩を落としている私の顔を覗き込み、
『しょうがねえから俺が手伝ってやる』
あのだらしのない笑顔で言った。
ああ。今だから解る。
私はあの時ファイガに恋をしたのだ。ファイガはいつでも私の心のよりどころだった。あいつが居たから私はどんな苦しい時もALOFの代表であり続けることができた。そんな人物を私は失ってしまったのだ。
「……」
私は私が憎い。
もしこの世界に生き残っているのが私一人であったなら、即座に私は自殺している。私は私を殺したい。今この瞬間も、無能な自分に腹が立って仕方がないのだ。
だが甘き死など許されない。
私には私にしか果たせない使命がある。それは人類の救済。複製体を撃滅し、地上に人間の楽園を築くまでは私は死ぬわけにはいかない。でなければ、一体なんのためにファイガたちが死んだというのか。
私は弱い。
私こそ愚か者だ。だからこそ、私は誰よりも強くあらねばならない。己の罪を償うために。
ネルはそう思う。
「ネルさん! ホントにこんな奴連れて戦うんすか!?」
兵士の叫びを聞くと、ネルは余計な考えを頭の外に追い出した。そしてサクラの眼前に立ち、
「ただ生きていろ。それが今お前にできる唯一にして最善の行動だ」
あの冷ややかな目つきで告げた。
「はあ!? またそれですか!! どうしてネルさんはいつもそうなんですか!? だってみんな死んだんですよ!? ネルさんの責任だってあるじゃないですか!!! アナタさえ遅刻しなかったなら、みんな生きてたんだ!! 今頃みんなでお弁当食べてた!! それをみんなアナタが……ッ!! オシャレなんかしてるヒマあったらさっさと助けに来いってんだ!!」
そんなネルの心境など知る由もないサクラは、八つ当たり気味に叫ぶ。
「てんめえええええッ!?」
それを聞くと、最早我慢できないとばかりにその場の兵士全員がサクラに向かって銃口を向けた。誰もがトリガーに指を掛けている。
一方サクラも怯えはしたが、すぐに顔を顰めて兵士たちを睨みつける。今度ばかりは謝る気はない。自分は何も悪くないからだ。
「お前の言う通りだ」
ネルは肯定する。彼女は片手を上げて、兵たちに銃を下ろさせた。
「今回の件はそもそもお前に外出を許した私に一切の責任がある。今後二度とお前を部屋から出すまい」
そう告げるとネルは兵士たちに合図をした。
サクラは即座に武装を解除され、首輪を付けられた上で自室に戻されてしまった。
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