34,たのしいピクニックⅢ


「愚か者め」


 その時、ネルが駆け付けてきた。

 彼女はベージュのフリル袖のブラウスに黒のショートパンツとブーティといった、如何にも女の子らしい私服姿だった。片方の手には既に対峙したジオルムの頭部を掴み、もう片方の手にはウンウン唸る高周波マチューテを持っている。

 ネルは残骸を投げ捨てるとジオルムに飛び掛かった。だがジオルムはネルには向かない。その場から飛び退くと、『セレマ』のプリンター機能を起動して対戦車榴弾砲を両手から直接生やし、それをまだ生きているレフに向けた。


「チッ!!」


 ネルは咄嗟にレフを庇った。ジオルムは構わず榴弾砲を連発する。その速度は三秒に一発。しかも砲身が焼け焦げれば、別の場所から新しいものを生やす始末だ。

それだけではない、更に付近に出没していたもう一体のジオルムがこの場にやってきてしまった。車体を吹き飛ばしたものと同じ榴弾を連発で食らって、さすがのネルも自己再生が追い付かなくなる。


「ネルッ!? ぼくの事はいい!! はやく奴を倒してくれ!!!」

「……ッ!!!」


 ネルは返事もできない。成す術なく背中をグチャグチャに吹き飛ばされ、それでもなんとかレフを庇うが、二体がかりで引き倒され、首根っこを掴まれて頭部を頸椎ごとブチ抜かれてしまう。抜かれたネルの首は白目を剥いていた。ジオルムは引っこ抜いたネルの額をペロリと舐めると、それをサクラに向ってひょいと投げる。

 ジオルムたちの殺戮は終わらない。両腕を引っこ抜き、完全に抵抗できなくなった体に榴弾をブチ込んでいる。跡形もなく消し飛ばすつもりだ。ネルの内蔵はボコボコ回復するが、それを手首ごともぎ取ったネルの高周波マチューテで粉砕する。そこにさっきもぎ取ったガブやファイガの胃や腸を混ぜ始めた。鼻歌まで歌い出す。その姿はまるでネルの腹を鍋代わりに人間の臓物を使った鍋料理でも作っているようだ。


 ウソ……!

 ネルさんまで殺されちゃった……!

 もうダメ……ッ!


「ネルうううううううううううッ!!!」


 その時だった。レフが投げつけられたネルの頭部を抱えてダッシュした。腹を鍋にされているネルの胴体に向かって首を投げつける。

 次の瞬間、レフも体を両断されてしまい地面に転がった。上半身だけとなった彼は口からゴポリ、リンゴ大の血を吐く。


「れ……レフさああああああああんッ!?」


 サクラが叫んだ。するとギョロリ、白目を剥いていたネルの目が突然動く。

 そして、


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 断末魔のような叫びと同時に、ネルの首から下が突然復活した。


「イヤアアアアアアアアアア!?!?」


 目の前でその叫びを聞かされたサクラは、同じくらい大きな悲鳴を上げて失神してしまった。とっくに腰の立たなくなっていた彼女は血と吐しゃ物その他で構成された自分の血だまりの上に倒れる。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


 そんなサクラには一切構わず、裸に血化粧を施したネルが叫びジオルムの内一体に突進した。おたまのようにマチューテを使っていた個体である。ネルは叫びながらその首筋に噛みつくと、顎の力だけで首をかみちぎってしまった。更にもう一体にも噛みつく。その凄まじい咬合力で前歯が圧し折れた。

 噛みつかれたジオルムは、間近で榴弾を発射。爆轟で自身の体の一部を吹っ飛ばしまた炎上しながらも連発した。ネルの体もろとも粉々に砕け散ろうと言うのである。

 ネルもそんな戦い方を望んでいるのだろう。彼女は片手から不気味なものを生やしていた。肩や脇腹の途中から生えた流線形のその物体は、セレマのプリンター機能によって生み出された250キログラム級特殊油脂焼夷弾である。ネルは自らの体から生えたそれらをもぎ取り、それぞれ一発ずつジオルムの頭に叩き込んだ。

 爆風と共に拡散されたゼリー状の燃焼材が辺り一帯に降り注ぎ、ジオルムと自分の体を千度前後の炎で焼き続ける。

 しかし、まだ誰も死なない。

 ネルもジオルム二頭も炎に焼かれながら、みなぐねぐねと動いていた。恐らく再生し過ぎたのだろう、ネルの半ば焼け崩れた顔面に、再生した目や耳が三つも四つも生える。


「終わりだ」


 一見すると化け物同士がただ乱雑に殺し合っているように見える戦いだったが、ネルには勝利が見えていた。

 彼女は戦闘用にセレマをバージョンアップし続けている。

 中でも強化しているのが自己再生力だ。間近での肉弾戦など、極端に消耗し続けるような戦闘を行うのもこのためである。彼女の場合のそれはジオルムの再生力を大きく上回っていた。消えない炎で体を焼かれ続け、ジオルムの動作はどんどん鈍くなる。

 隙だらけのその体に、ネルは高周波マチューテを突き立てた。あっという間に四肢を細断。突進してきたもう一体の口には自分の片腕を

 途端に腕を食ったジオルムの動きがおかしくなる。うめき声を上げながら、腹を押さえてサクラの方に歩いてくるのだ。燃え盛る片手を伸ばして、まるで救いを求めるような目でサクラを見ている。

 やがてその手がサクラの間近に迫った時、


「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?!?!??」


 突然甲高い叫び声と共に、ジオルムの両目の内側から赤い枝のようなものが飛び出した。よく見るとそれは小さくなったネルの腕だった。その腕は無数に枝分かれして伸びて、やがてジオルムの頭を乗っ取り、蒸かしたジャガイモのように粉砕してしまった。ネルの肉片がジオルムの自己再生を阻害したのだ。

 自分以外動くものが何もなくなると、ネルは辺りを見回した。ファイガが使っていた無線を拾って、本部に通信を入れる。


「こちらサムソン。状況終了。第九地区運動公園付近にてジオルム三頭を破壊。死傷者ALOF職員三名。うち二名は死亡。救護班を頼む」

「こちらバラク。了解。至急救護班を送ります」


 伝えながら、ネルはファイガの骸を一瞥した。再度確認するまでもなく、彼は死んでいる。隣に転がるガブも同じ。

 そして上半身だけになったレフを見たとき、ネルは僅かに目を細めた。


「こちらサムソン。訂正する。救護班は要らない。代わりに周辺地域の警戒に当たってくれ。別の個体が侵入している可能性がある。死傷者数訂正。。各員速やかに遺体の回収を願う」


 最後にそう伝えて、通信を切った。そしてレフの傍で片膝を突く。


「…………ッ……!」


 レフはまだ生きていた。

 だがネルには解っていた。今度は助からない。戦闘特化に造られ、またそのようにカスタマイズし続けてきたネルの『セレマ』には、これほどまでに深い他人の傷を癒やす機能はない。


「何かして欲しいことはあるか?」


 一瞬でそう判断したネルは、レフに問いかけた。

 もはや首を振る事さえ苦しいレフは、代わりに視線を横にずらす。


「そうか。では楽しかった時の事を思いだせ。お前の人生は素晴らしく幸せだった。私が保証する」

「……たい……ちょ……」


 レフは言いかけていた。

 自分がずっと伝えたい言葉を。

 だが彼は伝えられない。

 彼にとって幸せな結末とは、世界を救う事ではない。

 もう少しうまく、いや下手でもいい。自分の気持ちを伝えることが出来ていれば。そうすれば自分は幸せだったのに。

 それだけが唯一の心残りだった。

 やがて彼は瞳を閉じる。


「レフ」


 すると、そんな彼をネルが抱きしめて言った。彼は小さくなっていたから、抱けたのはやせ細った首だけだったが、そんな彼の耳元に振りかけるようにして次の言葉を囁く。


「私を連れていけ。あっちでお前のゲームをしよう。まだ完成していない、私とお前二人きりのゲームだ。どこまでも広いオープンワールドの世界で一緒に楽しもう」

「あ……あ……ッ!?」


 ネルが注ぎかけるようにしてそれらの言葉を告げた時、もう閉じて開かなくなっていたレフの目がピクリ動いた。まるで自分が望んでいた光景が垣間見えたかのようだった。

 どこまでも広がる草原。

 青い空の下、二人で丘を駆け上っていく。

 そこからの景色は。


「………………し……あ……」


 レフは笑顔で死ねた。


 ――サクラが外出したこの日。

 ALOF基地付近にてジオルム三頭が出没。戦闘員142名。準戦闘員5名。民間人12名の死傷者を出して事態は収拾された。




 次の日の晩。

 サクラは寝台に俯せに横たわったまま、ふさぎ込んでいた。

 ファメラがやってきても何の反応もしない。やがて彼女が心情を察して帰った後でも、ずっとふさぎ込んでいた。部屋には心配になったファメラが残したベータの姿がある。


 どうしてなんだろう。

 私ホッとしてる。

 レフもファイガさんもガブも巡回の兵士さんもみんな死んじゃったっていうのに。

 だって、生き残れたから。

 ああ助かってよかったなって安心しちゃってる。だって私にはまだファメラが居る。ファメラさえ居てくれれば立ち直れるって本気でそう感じちゃってる。だからみんなが死んでもそんなに悲しまずに済んでいるんだろう。そんな自分に嫌気が差す。

 嫌い。

 でも。

 一つだけ違う事もある。

 それは悔しさだ。

 私は怒ってる。

 みんなの敵を討ちたい。こんな目に遭わせやがったジオルムをやっつけたいって、

そう強く思ってる!

 だったらそのために行動しよう!

 私……もう可哀そうなだけの女の子じゃないんだ!

 今日からALOFの兵士になる!!


「ベータ。来て」


 そう決意したサクラは、ベータと共に透明な部屋を出た。

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