33,たのしいピクニックⅡ

「「「ああああああああああああッ!?!?」」」


 サクラたちの側面、道路脇に植えられた防腐林の中から兵士らしき男たちの悲鳴が聞こえてきた。同時に凄まじい爆発が車体のすぐ近くで起こり、サクラたち四人は車ごと道に投げ出されてしまう。

 それから一秒も経たなかった。まるで革袋を引きずるような音がズッズッと目の前を通り過ぎたかと思うと、バタリと人の倒れる音がする。車体を焼くパチパチバキンという炎の音だけがサクラの耳に響いていた。

 やがてサクラが顔を上げると、目の前に何かあった。

 それは、顎から上半分だけが残ったファイガの頭部。

 ファイガが死んだ。

 即死だった。

 ジオルムは既に総勢二十四名三チームからなる巡回班の兵士を虐殺しており、腕の一部を榴弾砲に変えて車体にそれを叩き込んだのだった。そして咄嗟に応戦しようとしたファイガの胸倉を掴んでその手刀で側頭部を薙いだのだ。

 そして、それを行ったのはサクラと瓜二つの姿をしたジオルムだった。自分にそっくりな姿形をしたその化け物が、濛々と上がる黒煙の向こうに立っている。


「……~~~~ッ!?!?!??!」


 余りのショックに、サクラの顔がぐにゃり歪んだ。目を逸らしたいのにできない。


 え?

 なんで?

 わからない。

 なにも……!

 だって……さっきまでみんなで楽しくって、この後みんなで私の部屋でわいわいお弁当食べて、それで明るい未来があって……。

 なのにどうしてファイガさんが、死んで……。

 死んで……ッ!?


「いッ……イヤアアアアアアアッ!?」


 サクラはもう訳が解らなかった。

 突然目の前で大事な人が殺されたショック。余りにも大きすぎるそれが、まるで頭の中にコールタールでもぶちまけたようにサクラの恐怖や怒りや悲しみと言った感情を圧し潰してしまっていた。

 眼に映るものの全てが理解できない。


 こんなのイヤ……!!

 どうして私こんな……!!

 こんなに不幸なのおおおおおおおおおッ!!?!??


「よ……よくもおおおおおおおおおお!!!!!!」


 叫んだのはガブだ。

 恐らく車体から投げ出されたときに頭を打ったのだろう、顔中血と煤塗れにしている。そんなガブが車に搭載してあったアサルトライフルを両手に構え、ジオルムに向かって乱射した。


「よくもよくもよくもよくもよくもよくもおおおおおおお!!! 死ねッ!! 死ねッ! 死ね死ね死ね死ね死ねええええええええええ!!!!!!」


 サクラの顔をしたジオルムは首を九十度近く曲げて、自分に向かって激高し銃撃し続けるガブの顔を不思議そうに眺めている。

 やがてジオルムが片手をヒュッと持ち上げた。

 それだけでガブの首が胴体から離れる。切断された首が勢いよく飛んで、ファイガの額とぶつかって止まった。サクラを見つめる目が四つに増える。


「ひっ!?」


 サクラはその場に尻もちを突いていた。余りの恐怖に腰が抜けて立てない。


「サクラ! 逃げるよ!!」


 呼びかけたのはレフだ。彼も動揺していたが即座に立ち直って、サクラの手を掴み南東の方角に向かい走り始めた。

 南東はネルが戦闘していた方角だ。

 この状況では一番安全である。


「ぐあッ!?」


 だが三歩と走らない内に、片足をアサルトライフルで打ち抜かれてしまう。わざとやったのだろう。ジオルムはニタリ、転んだレフを見て微笑むと裸の足で歩いてくる。


「……サクラ……逃げろ……奴がぼくをいたぶってる間に……!」


 おそらく腹部にも被弾したのだろう、レフが血を吐きながら言った。


「そんな!? 私、レフさんを置いてなんてッ!?」


 置いて、逃げたい。

 それがサクラの偽らざる本音だった。

 この期に及んで自分の事しか考えていないんだ、とそんな自分がサクラは嫌に思う。


「いいからぼくに構わず逃げるんだッ!」


 そういうサクラの弱さはレフも理解している。

 二人がそんなやりとりをしている内にも、ジオルムはやってくる。見れば奴は両手にファイガとガブの遺体を持っていた。それを血を流すレフの隣に置いて、ペタリと座り込む。

 そのままガブの切断された首にかじりつくと、美味しそうにちゅうちゅうと中身を吸い始める。それからまるでサクラに見せつけるよう腸を口で咥えて引っ張り、派手に弾けさせた。ブシャリ、血と脂と内臓の混じったものが顔に掛かり、「うぇ……ッ!?」サクラは嘔吐する。ブラウニーだったものがサクラの口から零れると、けらけらとジオルムは声を立てて笑った。血まみれの口から血の唾が飛ぶ。

 考えたくはないが、まるで『美味しいから一緒に食べない?』とでも誘っているようだった。この場でピクニックの続きをしようというのだ。このジオルムは人間に対する明確な殺意がある一方、サクラがしたかった事にも意識を引っ張られていた。二人の意識は『共振』している。


「愚か者め!」


 その時、ネルの声が聞こえた。

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