29,希望と萌芽Ⅱ
昼。
サクラはファイガと一緒にお風呂に入っていた。
「あはは! ファイガさん、くすぐったいです!」
もちろん全裸ではない。
二人とも水着を着ている。
ファイガはシンプルな黒のスイムパンツ。丈がジャストサイズになっており、鍛え上げた腹のシックスパックが眩しい。
一方サクラは何故か紺のスクール水着である。ご丁寧に油性マジックで『サクラ』と名前が書いてある。気分は日曜日夜に一緒にお風呂に入るパパと娘だ。
「っつか、最初からこうしてればよかったな」
濡れて前髪を下ろしたファイガが、サクラの頭に水を掛けて言った。
サクラ的にはこっちの髪型の方がイケメンに映る。筋肉質な体に知的な雰囲気が加わって満点だ。
「一緒にお風呂入るってことですか?」
「バカ何言ってやがる。お前に水着渡しときゃよかったって話だよ。そしたらプライバシー守れんだろ?」
「ああ」
なるほど、と掌で皿を作って拳でポンと叩く。サクラはそれから自分の体を見回して、
「でも私の裸なんか見る価値ないですよね……ファイガさんも昨日言ってましたし……」
急に落ち込んで言った。
子供っぽいその見た目は、サクラの『自分の嫌いな所ランキング』でベスト3位に入っている。残りは頭の悪さと空気の読めなさだ。どっちも失敗する度に『私死ねよ』と言いたくなる。
「いや、サクラは可愛いと思うぜ。こんな所に閉じ込められてなけりゃフツーにモテんだろ。だが俺は面食いなんだよ。美人で生意気で年上じゃねえと付き合う気になれねえんだ」
「だからネルさん好きなんですか?」
「まーな」
ファメラの仕込んだネタも、ファイガは余裕で受け止める。この手の話題において、彼には圧倒的な余裕があった。元よりネル以外が相手なら常時無敵な男ではある。その辺りの雰囲気が、サクラには非常に頼り甲斐があるように感じられていた。
「なんだサクラ妬いてんのか? いいんだぜ。『私実はファイガさんの事好きでした』って突然告白しても」
「じょっ、冗談でもやめてくださいよ、もう……!」
サクラが慌てて浴槽から出る。そのままファイガを残し、浴室からも出てしまった。洗面台下のキャビネットに折りたたんであるふかふかのタオルで薄ピンク色の髪を挟む。
……まっ、まんざらでもないのが困る……!!
サクラの胸はドキドキ高鳴っていた。
所詮恋愛弱者なサクラはファイガのような強い異性にからかわれるともうイチコロなのであった。もうチョロいとかいう次元じゃなく堕ちる。
ちょっと前までガブに協力するとか言っといて、すぐにその相手に尻尾振り出す自分が恥ずかしい。
……ホント私ってクズ。ちょっとでも相手が自分を助けてくれると思うと、とたんに見境なくなるんだもん……!
「おうサクラ。今の話だがな」
するとファイガが浴室から出てきて言った。
「せっかくだが助けはいらねえよ。もう十年近い仲だからな。あいつの事は誰より知ってる」
誰の助けも要らないだなんて、私に比べてこの人は、ホント強い。
「強いんですね、ファイガさんは」
「まあな。つってもネルに比べりゃまだまだだが」
「それは比べる相手が悪いと思いますよ……」
なんていうか、人間が勝てる相手じゃない気がする。
「だな。それでも俺はALOF結成時から残る唯一の仲間なんだ。あいつを守ってやれるのは俺しかいねえ」
そう言って、ファイガは傷だらけの腕を擦りながら微笑む。その横顔は眩しかった。
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