28,希望、萌芽

 その日の消灯後。

 サクラは落ち込んでいた。寝台の傍に蹲り、頭を膝に押し付けて「もうダメだ……おしまいだ……」などと泣き言を繰り返している。その落ち込み具合は昨日以上だ。

 勇気を出して踏み込んだ結果、より一層仲が悪くなったのではないかと思っていたのだ。


「フンフンフフンフン♪」


 やがてファメラが部屋に入ってきた。

 彼女は一人部屋の床に陣取り、どうやって入手したのか解らないポテトチップを齧りながら監視カメラの映像を見て鼻歌をし出す。


「で? サクラちゃん的にはどーだったの? 手ごたえは」


 暫く映像を見て、ファメラが言った。

 サクラはなんとか自分の中の悲哀と折り合いをつけ、やっと首を上げる。おでこにくっきり膝の跡がついていた。


「……はい……ファイガさんはうまくいきましたけど……あとの二人は、ちょっと……ガブさんは結局怒らせちゃいましたし、レフさんとは逆に深刻すぎる話になっちゃって、もう仲良くなるって感じなくなっちゃいました……」

「ん? いんや~、これ結構いけてると思うよ」


 するとファメラが言った。

 画面はちょうどレフが『償い』について語っているシーンだ。


「いけ……てる……?」


 サクラは信じられなかった。

 だって画面の向こうのレフさん怖い顔してる。

 まるで全てはお前のせいみたいな顔で、私のことを見てる……。


「うん。ガブは見たまんま照れてるだけだし。レフも内容がネガティブってだけで、自分の気持ちを話す所まで来てるじゃん。だからぜーんぜん上手くいってるよ。つーわけで、この調子でいってみよー」

「この調子って……?」

「ネガティブなのが嫌なんでしょ? だったら流れを変えていこうってこと! あたしが見つけたとっときのネタ、サクラちゃんに仕込んであげる!」


 言いながら怪し気に両手をワキワキさせて、「むふふ♪」サクラに迫るファメラなのであった。



 翌朝。

 サクラは、ガブの前でまた余ったらしいあのココナッツを塗したブラウニー……ガブの故郷では『ラミントン』というらしい……を食べている。しかも今日はカップにソーサー付きの紅茶までついていた。こんなの一体どこから持ってきたんだ。


「……あれ、そういえばその髪飾り、ファイガさんのとお揃いですよね。鳥頭と鳥の羽で」


 頃合いを見計らってサクラが尋ねた。

 これはファメラが気付いた事だった。

 いつもガブは鳥の羽の髪飾りを付けているが、それはファイガを意識しての事ではないかと彼女に言われたのだ。


「ブブブッ!」


 するとガブが口に含んでいた紅茶を盛大に噴き出した。対面で食べているサクラの顔に思いっきり掛かる。


「アアアアアンタいつも余計な事ばかり言うわね!? こっこここんなの偶然に決まってるじゃない!!!」


 そう言ってプラチナブロンドの髪に止まった羽を捥ぎって、床に叩きつけようとする。


「こんなの……ッ!」


 だが一向に叩きつけられない。勢いよく片手を振り上げたポーズのままで固まっている。


「……」


 サクラは驚きの余り、顔面から硬直していた。

 ガブの反応が全て、ファメラの言った通りだったからだ。

 サクラは昨夜ファメラに教えてもらった事を思い出す。


     *


「若い男や女が仲良くなる方法なんてね~、古今東西決まってんのよ。それはコ・イ・バ・ナ」

「コイバナ?」

「そう。みんな隠したがってるけど話したがってる共通の話題。こいつで攻めれば思春期真っ盛りの連中なんてイチコロよ! つーわけでサクラちゃんの鬼畜ハーレム帝国ももうすぐ完成だね。あたしゃ攻略済ヒロインの一人として鼻が高いよ! だがハーレムエンドは認めねえ!!!」


 なんだ鬼畜ハーレム帝国って。

 あとファメラを攻略した覚えは全くない。


 でも、確かに恋の話って定番か。私の場合、好きな人の名前とか出したら周りからリンチされるんじゃないかと思っていつも口に出せないけど。『お前如きが!』って思われたら怖いし。

 ちょっと怖いけれど、試してみる価値はありそう。


    *


 と、そんな話が昨日あって、今日のガブである。

 なんだか思った以上に効果あるぞ……!?

 などとサクラが思い、ジッと眺めていると、


「そうよ好きよ好きで好きなのよ文句あんのヴァカ~~~~~ッ!!!」


 羞恥でつま先から頭まで真っ赤にしたガブが、サクラを罵倒しながら鼻水吹き出して泣き出してしまった。


 こ、効果は抜群だ!?



「……わたし、戦争前は会社の社長の一人娘だったの。今思うと贅沢な暮らししてたわ。でもそれが、あんな事になって……」


 ひとしきり泣いて喚いてサクラの持ってきたタオルで顔の汚れをふき取ったあと、ガブは自分の過去を語り出した。

 複製体との戦いで家も親もなくし、唯一生き残った兄と二人でこの寄生都市に逃げ込んだが、兄が栄養失調で先に死に、自分も何も食べるものがなく廃墟になった駅の構内で一人死を待っていた。そこを市中巡回に来ていたファイガに保護されて、後に入隊したらしい。


「ファイガはね、あたしと一緒なの。やっぱり家も親も失くして、妹と二人でこの寄生都市にやってきてさ。当時は食糧どころか水の配給すらままならなくって、老人とか病人が大勢死んじゃってたんだけど、やっぱりそれで苦労したんだよね。だからファイガは優先的に食事を出して貰える兵士になって。でも結局妹さん死んじゃったらしくて。

 その話聞いてるうちにわたし、泣いちゃって。だって、いっつも「自分は先に食べた」なんて嘘吐いて、わたしにばかり食べさせてたうちのバカ兄みたいなんだもん。あいつもバカだから死んじゃったけれど、でも……優しかった……ッ!」


 そう言うとガブは首を垂れて、涙ぐんだ目元を前髪で隠した。

 ファイガについて真剣に話すガブを見るうち、サクラは自分にも言わねばならぬ事があると気付いた。

 だけど言えない。

 ファイガさんが誰を好きかなんて。


「でもあいつは、ネルが好き」


 するとガブがぽつり呟いた。


「あ……知ってるんですね……」

「そりゃあね。あいついっつもネルの話ばっかするし」

「よく見てますね」

「見てるわよ。好きだもん」


 最早隠す必要もないと思ったからか、口癖のように好きを連呼する。


「でもわたしもファイガが好きでしょ? だったら退くのはおかしいと思うのよ。もちろん選ぶのはファイガだし、ネルが相手じゃ不利に決まってるけど……」


 そんなガブを見ている内、サクラの中で彼女を応援したい気持ちが膨らんできた。

 理由は二つあった。一つは純粋に幸せになって貰いたい気持ち。もう一つは二人が幸せになることで、自分も幸せにしては貰えないかという打算だった。

 ファメラの言った通りだ。この人たちと仲良くなる事で、絶望的な状況を変える事ができるかもしれない。こんな透明でプライバシーの無い部屋じゃなく暴力に怯える心配もない、普通の暮らしができるかもしれない。

 サクラはそう期待していた。


「私、お手伝いします。私にできる事なんか限られてるかもですけど……それでも私、ガブさんを応援したい。ガブさんとファイガさんが幸せになってる姿が見たい」


 だからサクラは提案した。彼女にしては珍しく語尾を切った口調だった。その塞ぎがちな目も今は希望に明け輝いている。ガブは喜ぶかと思いきや、


「サクラのくせに生意気!」


 言ってまたサクラの肩を引っぱたいた。

 「ひっひい!?」


 途端にサクラの顔が引き攣って、いつもの怖気づいた顔に戻る。

 その時初めてガブが自分の名前を呼んでくれた事に、サクラは気付かなかった。

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