26,ファイガ・ファイフィンガーⅡ

 昼の二時が過ぎると、ガブは銀のトレーを持って部屋をのっしのっしと去っていった。この後やってくるのはファイガである。


 ……そういえば、ファイガさんは私のこと嫌いじゃないってファメラが言ってたけど……。


 サクラは昨日言われたことを思い出した。

なんとか気を取り直し、昨日受けた助言を思い出す。


 ファイガさんは実直な性格。

 行動したら褒めてくれる。

 素直にアドバイス聞いたりすれば、仲良くなれる。


 ファメラから言われたことを思い出し、よし、と拳を握るサクラ。


 イケメンばっちこい!


 思ってマシュマロのような自分のほっぺたを親指で何度も押す。

 そんな事をしていると、やがてファイガがやってきた。何に使うのか解らない腰丈サイズの衝立パーテーションを片手に携えている。そして、


「サクラ、風呂入れ」


 部屋に入るなり言った。

 サクラのスケジュールは管理者たるALOF側の都合により細かく定められている。それはその日の食事の配給事情や使用できる水の量などによって食事や入浴時間等が前後し、サクラの都合は優先されない。

しかも入らないという選択は許されていなかった。それは衛生上また健康上の問題とみなされるからだ。


「……」


 で、でも……男の人の前でにゅ、入浴とか……!?


 異性の前で入浴するのは、これが初めてだった。サクラは父親とすら風呂に入ったことがない。

 そのためサクラは顔中耳まで真っ赤に染めながら、自分の足元と隣接するユニットバスとを視線で何度も往復した。せめて事前に把握していればファイガがやってくる前に入浴を済ませる手立てもあったのだが、学校の修学旅行と違って日程表など配られない。


「ん、どうした。気分でもわりいのか?」


 すると、そんなサクラを見かねてファイガが言った。


「メシ食った後だからな。まだお腹張ってんだろ」


 まるで見当違いな事を言う。


 仕方ない。

 大丈夫。どうせ見られても平気。

 だって私、こう見えて実は男の子だし!

 ……。

 男の子……だったら問題なかったんだけどな……!?


 ファメラに散々からかわれた事を思い出しつつ、透明な壁越しに覗かれることを覚悟して、サクラは隣接しているユニットバスへと向かった。


 もうどうにでもなれだ!


「あー、この高さ俺には低いな」


 するとおっくうそうに鳥頭を下げて、すぐ後ろからファイガが入ってきた。


「どっ……どおして入ってくるんですかあああああ!!!??」


 サクラは叫んだ。

 もはや言う事を聞くとかそういう状況ではない。恐怖と恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだった。当然涙目である。一方ファイガは真面目だった。


「どうしてって、ネルの奴に言われてるんだよ。お前が風呂入ったら一緒に体洗ってやってくれって。一人じゃあちこち汚すからってさ」


 汚すと言われてサクラは更に赤くなってしまった。以前あった出来事を思いだしてしまったからだ。きっと自分は犬ころのように思われているんだろう。そう思うと元々情けない自分が更に情けなく思う。


「わっ、私そんな子供じゃないです!! あれはネルさんがあんまりにも怖すぎて……! あとこんなんですけど、私だっていちおう女の子なんですよ!?」

「安心しろよ。俺そのケねえから」


 ……。


「そのケないんですか!?」


 それはそれでなんか……いいのか!?

 でもネルさんの事嫁とか言ってたような……!?


「はは、冗談だ」

「……いや!? 冗談は冗談で、それ思いっきり興味あるってことですよね!?」


 サクラが自分の体を再度タオルで隠して言った。


 い、幾らイケメンだからってヘンな事されるのは困る!


「興味はある。だが俺からしたらお前さんなんざオンナの内に入らねえよ。やっぱネルぐれえボインボインじゃねえとなあ?」


 サクラは確かに控えめだった。それでも同世代の女の子に比べれば十分魅力的ではあったのだが、絶世の美貌を誇るネルに比べれば、まだまだお子ちゃまだ。


「……とっ……とりあえず出てってくだひゃい!」


 慌てたのでサクラは噛んでしまった。

 すると、「わーったよ」ファイガが片手を振りながら脱衣所を出ていく。

 結局壁が全て透明なので見ようと思えば見えてしまうのだが、それでも距離が近いのと遠いのとでは気持ち的に随分違いがある。


「覗いたのは確かにすまなかった。あっち向いてるから、なんかあったら呼んでくれ」


 言って部屋に戻る。

 未だ警戒中のサクラが今度は何をするのかと思って観察していると、懐から丸めた雑誌を取り出した。表紙に半裸でボインな女の子の写真が載ったポルノ誌である。


 ……。

 へ、変な人……!

 でも、もう入ってくることはなさそう。


 これで安心してお風呂入れる。

 思ってサクラが着替えていると、


「そうそう、これぐらいなら隠れても構わねえって許可もらったからさ。こいつの後ろで着替えなよ」


 いきなりファイガが脱衣所に入ってきて言った。その手にあるのは、何に使うのか解らないと思っていた腰丈サイズの衝立である。どうやら自分のためにわざわざ持ってきてくれたようだ。


「え……あっ、ありがとうございます……!」


 サクラは嬉しかった。毛布の他にもプライベートゾーンが増えたのである。

 やった。

 これで毛布以外にも自分を隠せるぞ。

 そう思った矢先、


「ああ。あと前ぐらい隠せ」


 言って、ファイガが脱衣所を出て行った。サクラは今度こそ全裸だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る