24,ファメラ

 消灯時間が過ぎ、塔の内部が再び深海の色に染まる頃。

 サクラは毛布を頭から被り、寝台にもたれるようにして震えていた。レフが帰ってから小一時間、彼女はこうしてずっと同じ場所で落ち込んでいたのだ。


「やほー!」


 するとファメラがやってくる。

 バミューダ・リグに似た白い帆型のワンピースを着た彼女が羽のように軽やかに部屋に滑り込んでくる。まるで常夏の海原を行く白波のようなファメラの真珠色の髪が靡いた。


「あ、ダメだった? ダメっぽいね? あちゃー」


 親友の姿を一目見て、ファメラは失敗を悟る。


「はい……私全然ダメで……思い切って話しかけたんですけど……好かれるどころか嫌いって言われちゃいました……!」


 ガブはともかくファイガに嫌いだと言われた事と、レフに邪魔者扱いされた事がだいぶ堪えていた。


「ま、カンタンにはいかないよねー。そうなると思ってあたし準備してたし?」


 ファメラはそう言ってニンマリ微笑むと、サクラにALOFの職員が使っているものと同じタブレットを手渡した。タブレットは既に起動しており、動画プレイヤーが開いている。


「これ……? みんなの姿が映ってますけど……」

「この部屋を撮ってる監視カメラの映像を一部ダウンロードしたの。何が悪かったのか分析して対策立てればサクラちゃん安心でしょ?」

「あ、相変わらずやる事がえげつないというかなんというか……!」


 ファメラの頼りになる様に、思わず苦笑してしまうサクラだった。「でしょ。任せてー」そんなファメラは今日一日の映像を見ながら「なるほど」唸っている。

飛ばし飛ばしで一周見終わると、「あ、ちょっとストップ」言ってファメラが動画下のシークバーを真ん中付近に動かした。

 場面はちょうどファイガと話している辺りで、ちょうどサクラが『被害者面してる』と説教食らっていた辺りだった。


「先にこのファイガって人だけど、別にサクラちゃんの事嫌ってないよね」

「え」


 開幕からサクラは衝撃を受けてしまった。サクラの単純な頭の中では、もう取り返しがつかない程に険悪な仲だと思っていたのだ。


「……ほ、ホント……?」

「うん。てゆうか嫌ってたらそもそも行動改めろなんて言わないしね。ガブみたいにあからさまに不機嫌だったり、レフみたいに面倒くさそうにしたり、そもそも無視するっていうのが普通の反応だよ。嫌いな奴となるべく関わりたくないから」


 な、なるほど……!

 という事は、ガブさんとレフさんにはやっぱり嫌われてるのか……!


 一々細かく落ち込むサクラであった。


「だから、仲良くなりたいなら『言われたとおりにする』のが一番かな。ファイガは実直なタイプだから、行動すればたとえ失敗しても褒めてくれると思うよ。素直にアドバイス受けるのもいいね。自分が好かれるにはどうしたらいいですかって聞いちゃうの。そしたらこいつやる気あるなってきっと思ってくれるよ。サクラちゃんの面倒見てくれる」

「へ、へー……!」


 他人の事なのに、こんなにすらすらアドバイスができるなんて、ファメラって頭いいんだ。


 サクラは素直に感心するのだった。まるで捜査官みたい。


「で、次ガブだけど。こいつが一番簡単」

「か、簡単?」


 サクラは思わず聞き返した。こいつが一番厄介だと思っていたのである。


「見りゃ解るっしょ。こいつ何でもいいから褒められたいんだよ。だってサクラが容姿褒めた後はもうデレデレだもん。だから褒めるといいよ」


 デレデレかどうかは解らないけど、確かに頬を打たれたりはしなかったな……。


「これはあくまで予想だけど、この子だいぶ強がっちゃってるんじゃないかな。だってこのご時世でしょ? まだ甘えたい盛りの女の子に軍隊生活は辛いよ。あたしでさえキツいし」


 そう言われれば確かに、以前この絶望的な内臓世界を初めて目にしたとき、やけにガブが自分に食って掛かってきたのを思い出した。『軟弱』とまで自分を罵ったのは、自身の不安もあったのではないだろうか。


「やけにツンツンしてるのも、もしかしたら自分が弱い事を認めたくないのかもね。でもそういうのって結構周囲にバレるから、この子ちょっと組織内で浮いちゃってるんじゃないかな。だからサクラが友達になってあげるときっと喜ぶと思うよ」


 そう言って、タブレット画面の向こうにいるガブを見つめるファメラの目は、やや物憂げに瞬いて見えた。

 もしかしたら過去の自分に重ねている所があるのかもしれない、とサクラは思う。


「で、最後のレフって人だけど、この人も甘えたがりかもね」

「……」


 あ、甘えたがりって……!!

 全然そうは見えないけど……???

 あの孤独でカッコイイレフさんのどこが甘えたがりなんだろう……。


「こういう風にさ、他人が居るのに自分の場所作って閉じこもるタイプって、愛情に飢えてるパターン多いのよ。自分が嫌われることを恐れるあまり最初から話もしないってタイプ。たぶん自分でも解ってるとは思うけどね」


 言って「わかるわかる」腕組みして頷くファメラ。


「ず、ずいぶんズバッと言うなあ……!?」

「うん。あたしも昔そうだったから」


 言ってファメラは僅かに視線を逸らす。


 ……でも私……やっぱりレフさんのこと好きなのかもしれない……!


 一方サクラは、レフに対して強烈なシンパシーを抱いていた。その器量や頭の良さから憧れの対象であったレフが、まるで自分のような愛情に対する餓えを持っていると聞いて俄然興味を持ち始めたのだ。


 もしかしたら私、レフさんのお役に立てるかも!


「で、このレフの攻略法だけど。『誰かの役に立ててる感』を刺激するといいかな」

「誰かの役に立ててる感?」


 サクラにとってそれは未知の感覚だった。

 誰かの役に立てていると思えたことは一瞬たりともない。


「そう。ガブもここはたぶん同じなんだけれど、理想が高すぎるのもあって、もっと『誰かの役に立ててる感』が欲しいんだと思うんだよね。だからレフの場合は研究の事とか聞いてみたら? んで解らない事があったら素直に解りませんって聞くの。そしたら相手からしてみたら誰かの役に立ててるってなるでしょ? だから嬉しいし、サクラちゃんのことも好きになってくれるよ」


 ファメラはそこまで一息に捲し立てると、


「でもあたしのサクラに手ぇ出しやがったらしょーちしねーけど。あたしゃ寝取られはNGなんだ」


 またよく解からない事を言う。


 ……なんか変な単語聞こえたけど反応しないでおこう……!


「ま、とにかくやってみたら?」

「う、うん……!」


 こんなんで果たしてうまくいくのかな……?

 サクラは不安だった。

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