23,レフ・ミヤムラ
夜はレフが担当だった。
彼は部屋に来るなり挨拶もなく座り込み、持参したノートパソコンをカタカタ打ち出す。相変わらずの白衣姿だが、耳には遮音用のヘッドフォンを付けており、作業に没頭している。溜まった仕事でも片付けているのだろうか。見かねたサクラが視界に入っても何も言わない。これが本来のレフの姿だった。以前ファイガと話していた時の親しみやすさは微塵も感じられない。
「……何かぼくに話でもあるの?」
やがてサクラが縋るような目でレフを見つめていると、レフがため息混じりに尋ねてきた。彼は面倒くさそうにヘッドフォンを外す。
「は、話……!」
サクラが話そうとすると、「言っとくけど僕は君の味方じゃない。勘違いしないで欲しい」それにかぶせるようにレフが言った。彼は続ける。
「ぼくが他の人たちと違うのは、単に感情を露わにするのが恥ずかしいと思ってるってだけ。解ったらあっち行っててくれる? ジッと見つめられてるのは困るんだ。画面を覗かれているようでね。どうも落ち着かない」
その乾ききった声音からは、嫌悪の情と言うより諦観に近いものを感じた。
「…………レフさんは、その……私の事……恨んでるんですか……?」
「恨んではいないよ」
レフははっきり言った。その深い黒の眼差しには、何かを耐え続けてきた人に共通の険しさがある。
「恨んでも何もいい事がないからね。復讐なんてものは、自分が抑えられない人たちが自己満足にするものさ。そんな事をしても失ったものは戻らない。それなのにただ自分が悲しいからといって自分勝手に爆発するというのは、むしろ死んでいった人たちに失礼だとぼくは思う。なぜなら彼らが命がけで救ってくれたはずのぼくまで野蛮人になってしまうからね」
そう言ってレフはサクラを見上げた。
サクラはなんだか自分が叱られているような気がしてきた。
「彼らのことを本当に想うのなら、せめて誠実に生きるべきだよ。自分にも、他人にもね」
「……」
野蛮人のサクラには、レフが何を言っているのか解らなかった。
辛ければ辛いと喚き、泣きたければ泣いてしまう獣のような彼女からすれば、それは余りに高尚過ぎる生き方に感じられたのだ。これが人間ということなのだろうか。
だったら私、ペットでいいな。
だって、頭のいい人に使われるのって楽だもん。
今だってファメラに指示されてやってるのめちゃめちゃ楽。それに、難しい事考えると怖くなるし。
私、とにかく何も考えたくない。
サクラはどこまでも家畜なのであった。
失われた自分の過去についても、もはや考える事を放棄しつつある。
「というわけ。話はこれでいいかな?」
やや面倒くさそうにそう言うと、レフは白衣の胸ポケットから耳栓を取り出し、それを嵌めた上で更にヘッドフォンを耳に当てて、ノートパソコンを開いた。
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