22,ファイガ・ファイフィンガー

「邪魔するぜ」


 昼を過ぎた頃、ファイガが部屋にやってきた。少し眠たそうなのは、昨晩夜勤か何かしていたのだろう。やや緩慢な動作で部屋のゴミを片付け、脱衣所と浴室の掃除をし、ついでに自分も顔を洗って浴室を出る。


「あの……私……」


 今度こそ仲良くなろうと思い、サクラは思い切ってファイガに話しかけた。


 ……ガブとは仲良くできなくても、この人なら……!


 サクラは内心ファイガに期待していた。

 彼が心優しい人物である事は自己紹介の時に感じていたし、何よりその男性らしい角ばった相貌、そして一メートル九十近い背丈と筋肉質な体に頼り甲斐を感じていたのである。この人なら自分の不幸も爽やかに笑い飛ばしてくれるのだと思っていた。


「あー、サクラ」


 そんなサクラの自分に取り入ろうとするような上目遣いに、ファイガは意図して顔をしかめる。


「初めにお前に言っとかなきゃいけねえ事がある」

「……な、なんでしょうか……?」


 何か大上段に構えたファイガの説教臭い雰囲気に、サクラが思わず怖気づいて訊いた。

 そんな彼女の弱弱しい態度を受けて、ファイガは内心ため息を吐く。

 ネルに言われた通り、彼はサクラと仲良くしようと思っていた。だがサクラの態度には気になる所が幾つかある。


 こいつは誰かが一度はっきり言っておいた方がいい。

 言うなら当然俺だ。


 彼はそう思っていた。


「サクラ、俺はお前に対して特別な感情を持ってるわけじゃねえ。だからお前をイジメようだなんて思ってねえ」


 そう言われてサクラは嬉しかった。

 一人でも、自分の事を嫌いじゃない人が増えてくれたと思ったから。

 だがそんなサクラの明るい気持ちもすぐに消えてしまう。


「だがお前のことが好きってわけでもねえ。どっちかっつうと嫌いな方だな」


 き、きらいって……!?


 サクラはショックに震えた。

 先日の拷問以来、嫌われることを暴力と結び付けていた彼女は、そんな些細な言葉でも恐怖を感じ震えあがったのだ。

 すると、日々乱高下する感情で既に目元に溜まっていた涙が、条件反射的に零れ落ちた。それは相手に媚びるための涙だった。自分が哀れでか弱い存在だと印象付けるために、彼女が本能的に流した自己防衛の涙である。


「その顔な」


 すると、ファイガがその泣き顔を顎で指して言った。


「はっきし言ってムカつくぜ。もう大人なんだから、被害者面すんのはやめろ。悲劇のヒロインぶってもここじゃ誰も助けてくれねえぞ。みっともねえ」

「う……ッ!?」


 サクラは再度泣きそうになる。それは、以前ファメラにも言われた事だった。


 ひ、悲劇のヒロインぶってるって言われても……。

 でも、事実こんなに酷い目に遭ってるんだから仕方ないよね……?


 サクラは不満だった。

 こんな所に閉じ込めているのは、他ならぬファイガたちである。自分は悪くない。それなのに、今の自分が置かれている状況を悲劇でもなんでもないと言うつもりなのだろうか。彼女はそう思った。


「ほら、さっそく出てる。これからここで生きていくんなら、てめえの事はてめえで面倒見ろ。じゃねえと俺、そんな奴とは友達になりたくねえ。足引っ張られるのがオチだからな」


 そんなサクラに対して、ファイガはあくまで毅然とした態度で厳しい事だけを言った。

 そこにはサクラのようなその場しのぎのおべっかや愛想を振りまくような態度は一切見られない。あるのは互いの関係をよりよくしていこうという前向きな意思と、多少のお節介だけだ。


 ダメだ。

 やっぱり私は人から好かれないんだ。

 そういう人間なんだな、きっと……!


 だが俄然後ろ向きなサクラは、それを自分への非難だと取って落ち込んでしまった。

 サクラはそのまま黙り込んでしまい、ファイガがいる間中ずっと自分の事ばかり考えていた。

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