21,ガブリエル・チャーマーズ


 翌日。

 結局他にやり方も思いつかなかったサクラは、ファメラに言われたことを実行する事に決めた。

 今日もシルバートレーを両手に持って、やってきたのはガブだった。朝から昼にかけては彼女が担当である。

 一旦トレーを柵の上に置くと、部屋の円形扉を開き、それを器用に足で押さえながら中に入ってくる。


「バカイヌ、餌の時間よ」


 そう言って、床に直にトレーを投げ捨てた。

 今日の食事は例のプロテインバーの他、農業プラントで栽培されているブロッコリーと芽キャベツの炒め物、そして合成たんぱく乳が主な成分のホットミルクという質素なものだったが、ガブが投げ捨てた衝撃でミルクがトレーに零れ、ミルクがゆとなってしまう。


「……」


 ガブは当然謝りもしない。

 むしろお前のせいだとでも言わんばかりである。


「ほら、いつもみたいにワンワン尻尾振って食べなさいよ。さもないとまたぶん殴るわよ」

「……どうしてガブさんは、いつもそんな酷い事ばかり言うんですか」

「アンタが大嫌いだから」


 面と向かってアンタ嫌いと言われてしまうと、実にショックである。メンタルの弱いサクラからしてみれば、ぶん殴られたも同然の一言だった。

 サクラは酷く沈痛な面持ちで、


「……わ、わん……!」


 ガブに命令されるまま、犬の鳴き真似をする。


「ちょっと!? ホントに鳴いてんじゃないわよ! 気持ち悪いわね!」


 ピシャリ、肩を打たれた。

 サクラは成す術もなく床に頽れる。


 ……私、どうすればいいの……?


 打たれた肩を押さえ、サクラが自分にそう問いかけた時、


『優しくすればいいんだよ』


 昨日のファメラの言葉が頭を過った。

 だが急に優しくしろと言われても、何をすればいいのか解らない。

元より他人から優しくされた覚えの無いサクラだ。自分が知らない感情は他人には施せない。彼女は優しさの意味さえ知らなかった。それはどんな行為なのだろう。どんな気持ちで何を他人に施せばいいのだろう。彼女はそう思う。


「あの……」

「なによ」

「ガブさんって、その……キレイ、ですよね」


 他に何も持たないサクラだから、精いっぱい相手を褒める事にした。


「は? バカにしてんの?」


 すぐさま切り返される。


「し、してませんけど……ふつうに素敵だなって。髪も素敵な色をされてますし、黒いワンピースもすごくお似合いですし……!」


 単なるALOF職員の制服だが、生乾きのガウンを着させられている自分に比べれば遥かに華やかに見えた。


「……私が贅沢してるって言うのね?」


 ガブの青い眼がきつく狭められ、サクラの顔面を抉るように睨んだ。


「ひっ!?」


 サクラは一瞬で蒼褪めてしまう。また殴られると思ったのだ。


「チッ! 余計な事言ってないで早く食べなさいよ! じゃないとまた酷いんだから!!」


 だがガブは殴らなかった。それだけ言うとサクラから距離を取り、腕組みしたまま部屋の隅に座り込んで古いスマホを取り出しゲームをし始めた。

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