16,繁華街
「き、綺麗……!?」
巨大な街路に一直線に立ち並ぶ大樹木の列を見上げ、サクラは感嘆の溜息を吐いた。
高さ20メートルを超えるその大樹木は全てビルである。いわゆる植物高層ビルと呼ばれるものだが、屋上やバルコニーなどに木を植える従来の形ではなく外観から完全に樹木のそれであった。樹肌や洞や枝の節々には格子戸やベランダ、バルコニーが付けられ、まるでお伽噺の妖精が住んでいるツリーハウスのように見える。
それら樹木ビルの間にある道路に車の姿はない。自動車は基本的に郊外を走っており、中央市街地の道路には少人数で乗れる全自動のポッドカーが用意されている。だが大半の人たちは健康のために徒歩や自転車を利用していた。ここに車を持ち込めるのは高い『乗り入れ税』を支払える一部の富裕層及び警察と消防と救急だけだ。
道路沿いには定期的に、ベンチの代わりに革で編んだハンモックがあり、傍らを流れる人工川に沿って寝そべることができる。徹底的に洗浄され青く澄んだその水面には、水草が繁茂して小魚が泳いでいる。その他あちこちにある柱や椅子なども全て一見モダンなアート作品のように見えた。
ここには自然があり、人々の健康と安らかな生活が約束されている。
とても巨人の腹の中を切り開いて造ったとは思えない、理想都市が目の前に広がっていた。
「ステキ……!」
もっと人間の臓物で塗り固めたような町を想像していただけに、サクラの表情は途方もなく明るかった。
「でしょでしょでしょ!? 来てよかったよねー!?」
そんなサクラの喜び様が嬉しいらしく、ファメラもいつも以上に頬を綻ばせている。
「は、はい……! っていうか、私の記憶にある町と殆ど一緒で……もちろん形は違いますけど、なんていうんでしょう、建物の設計思想って言うんですかね、そういう文化的なものが一緒っていうか……とにかくすごいです! ここホントにお腹の中なんですか?」
サクラは興奮気味にファメラに詰め寄り言った。彼女のまん丸に見開かれたピンク色の瞳にぶつかると、ファメラは僅かに視線を斜め左下に逸らした。
「まーね。ニンゲンって奴は、見たくないものを見せないようにするの大得意だから」
そう言ってため息を吐く。
「そうなんですね……」
ファメラらしくない、どこか深刻味を帯びたその反応をサクラはスルーした。
自分が不安になるような話など要らない。
今の彼女が望む事は、とにかく楽しい事だった。一時でもいい、眼前の恐怖から逃れたい。そんな気持ちが溢れていた。
「……ファメラさんって、なんだか頭もよさそう……」
そう思っていたサクラは、突然ファメラに媚びだした。自分よりも遥かに上位の存在であるこの少女なら、もっと楽しい事を教えてくれそうだと思ったのだ。
「まね。見直した? 結婚する?」
「み、見直しましたけど結婚はちょっと……ゲロ吐かれるのヤダし……!」
苦笑を浮かべるサクラ。その困ったような顔をのぞき込んで、ファメラがいたずらっぽく微笑む。
「ねえキミ! かわいいねー! え、どこから来たの? 俺らと遊び行かない?」
すると、いつの間にやらサクラ達の前方に立っていた二人組が声を掛けてきた。どちらも20代そこそこらしい茶髪で健康そうな男子で、一見チャラそうに見えるが、服は上下靴全て超シックな超高級品である。
「そっちの白い子もイケてるねー! え、キミ女の子でしょ? その服カッコイイねー。めちゃクール!」
「あっそ。アンタはマジイケてないけどねー」
ファメラは完全に男を見下した様子で真珠色の髪を掻き上げ、男というよりはむしろサクラを注視して言った。サクラは案の定、小さな肩を耳元まで上げて縮こまっている。
「ねえ、こう見えて俺たち実は社長なの。この辺の樹木ビル建てたの俺らなんだよ?」
言って、目の前の通りに完全自動運転の電気自動車を呼ぶ。技術は最先端だが、外見はまるで21世紀初頭に流行ったスポーツカーのようである。2シーターなのは相方を乗せる気はないのだろう。
「俺たちとドライブしようぜ。付いてきてくれたら車ごとあげちゃうよ?」
「ひぇっ!? ひぇっ! け、結構でふう!!?」
だが男がキーを渡す前にそう叫んで、サクラは足早にその場を去ろうとした。
「でふう?」「あ、キミちょっと待ってよ!?」
「ひぅえっ!? ずっ……すびばぜぇん!? のあッ!?」
サクラは話を聞いている余裕などなかった。その場から逃げ出そうとして何故か五体投地してしまう。慌てすぎて石畳のブロックに躓いたのだ。ファメラが後ろでクスクス笑っている。
サクラは「ごっめんなさぁい!!」叫びながら、近くの路地裏へと逃げ込んだ。
そこは大通りを貫通している路地だったが、夜であるうえ、頭上に茂る樹状ビルの枝葉のために鬱蒼としていて暗いせいだ。
「はーっ……はーっ……!」
サクラは両ひざに手を突いて中腰になり、深く息を吐く。ぶつけた膝小僧が痛い。まだ胸がドキドキしてる。
おっ、男の人から声かけられちゃった……ッ!
それも、か……可愛いって……!?
そんなの生まれて初めて言われた気がする……!
「ほらー。認めなって」
後からやってきたファメラ(車の鍵だけ貰って来たらしく、輪っかのキーホルダーの部分に指先を突っ込んでチャラチャラ回している)に言われて肘で腹を突かれてしまう。
「サクラちゃんは可愛いんだよ?」
「お………おしゃれって、怖いですね……!」
そんなファメラに、サクラはおどおどしながら返事をする。
「え? 怖い? なんで?」
「だ、だって……私ごときが男の人に話しかけられちゃうなんて……! 私、緊張してもう死んじゃうかと思いました……!」
「だって塔でも話しかけられてたじゃん。ファイガだっけ? あとレフってのも居たかな」
「あっ、あれはなんというか、その……状況が、ひっ、ひっ迫、してましたし……だれもかわいいとか言ってくれませんでしたし……!」
可愛いどころか『死ね』って言われたし……。
私が一発殴られる度に、歓声まで上がってたしな……!
どんどん嫌なことを思いだしてしまうサクラだった。
「ま、サクラちゃんの本当の可愛さが解るのはあたしだけだし?」
そう言うとファメラは胸を張り、誇らしげに笑った。目の前でそんな風に笑われると、サクラは困ってしまう。
根暗でどんくさい私なんかが可愛いわけないのに……!
「だって正直嬉しかったでしょ。見ず知らずの他人から可愛いって声かけられてさ」
「……」
たしかに。
ナンパは怖かったけど、でも私素直に喜んじゃってる。
それも単に嬉しいだけじゃなくて、こんな私でも人に褒めてもらえるくらいの見た目してるんだなって、そういう意味でホッとしてるんだ。ひょっとしたら、こんなダメダメな私でも、好きになって貰えるんじゃないかって。
「ま、でも気を付けなよ? あんま自信無さすぎも逆にウザイって思われるからね。自分幾ら下げてもここじゃ誰も助けてくれないしさ」
ファメラはそれだけチクリと刺すような口調で言った。サクラは『やっぱそうだよね……』と内心落ち込んでしまう。
二人がそんなやり取りをしていると、
「Anо……汚寝柄Ⓢアン。他素k。区駄サe……(あの、おねえさん、たすけください)」
二人の背後から話しかけてくる人物が居た。まるで自分で吐いた吐瀉物で喉を詰まらせたような生理的嫌悪感を催す声である。
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