15、もう一人の天使Ⅲ
「とゆーわけで! あたしの名前はファメラ! 一番下の階の住人でね! ダチのベータともども、よろしく!!」
ファメラがそう言って片手で抱き枕にしたベータの後頭部を撫で、「よろしく!」もう片方の手でピースをした。
こっ、ここの住人って、軽いなあ……!?
私なんか、ついさっきまで絶望してたのに……!!
サクラはそう思わずにはいられない。部屋の周囲を見回す。現状は何も変わっていない。この隔離された部屋の周囲には、相変わらず渦巻くように例の鰯型やジンベエザメと言った完全自立型ドローンが群れを成して回遊していた。また部屋のあちこちに設置された監視カメラも機能しており、サクラが移動するたびに機械的なズーム音を響かせてサクラの姿を追う。
だがファメラとベータに対しては、カメラは何の挙動も見せなかった。警報は勿論、この部屋を覆う壁に苔のようにビッシリ生えている砲台もみな闇の中で沈黙している。それがサクラには不思議だった。
でも、おかげで少し気持ちが楽になれたかも。
この人のおかげで私、久しぶりに笑う事ができてる。
そう思ってサクラは眼前のファメラを見た。すると、
「お!? なに急に見つめてきてるのサクラちゃん!? 大丈夫? 結婚する? あたしの口の中でゲロしてもいいよ!? それともあたしがサクラちゃんにしちゃう!?」
眼前の少女がそう言いながら自分の口に「おええ~!」指を突っ込んでいる。
ぜぜぜ前言撤回!
なんなのこの人!? 言ってる事おかしいよ!?
どうしようすごい怖い……!
サクラはネルたちとは全く違った意味でファメラを恐れ始めた。
「…………その……ファメラさんって……ひょっとして、『天使』なんですか……?」
やがてファメラの示す奇怪な愛情表現に半ば顔を引き攣らせつつも、サクラは尋ねた。入れないはずの部屋に居たりドローンと何故か仲良かったり、この少女は不思議な力を持っている。それでもしかして、と思ったのだ。
「そだよ」
するとファメラは努めて軽い口調で答える。
どうやらこの少女が、昼間見たあの動画に出てきた天使らしい。
それじゃあ、十年前に人類を滅ぼしたのってファメラさんなのかな……?
気になるけど、とてもじゃないけど聞けない。
サクラが話の核心を尋ねる事ができずに怖気づいていると、
「つーわけでサクラちゃんはどうしたい? こっから出てみる? よかったらあちこち案内するけど」
ファメラがサクラを見返して言った。真珠のような輝きを見せる彼女の目は眩しい。サクラは思わず視線を脇に逸らす。
「そ、外に出られるんですか?」
「出られるよ。あんまり長時間出てるとネルが気付いちゃうけど。アイツ戦闘とか追跡とかに関しては頭イカレてっから、いくらあたしでも逃げ切れない。ってあーヤな事思い出しそう! うがが!」
言いながら
よっぽど嫌なことがあったみたい。あんまりあの人の話はしない方がよさそうだ。
「でも、外に出たっていいことないですよね。だって世界はとっくに滅んじゃってますし」
昼間散々見せつけられた。ここが巨大な生命体のお腹の中だという事。人類は絶滅寸前で、希望もない事。
「ま、それもサクラちゃんが過去を取り戻せば全部なんとかなるんだけどねー」
なんて思っているとファメラが言った。
「……私の過去が何か関係あるんですか?」
私が過去を取り戻したら、世界が変わるとでも言うのだろうか?
「あーいや、今のナシ。やっぱいい事ない」
ファメラが視線を逸らして言った。
「いい事ないって……それってつまり、このまま暮らした方がマシって事ですか?」
「うん。ダンゼン。サクラちゃんにとっては今が一番幸せかもしれない」
コクリ。なんでもないようにファメラは頷く。
幸せって……!?
サクラは言っている意味が解らなかった。幸せどころではない。これ以上の絶望があってたまるか。そう考えていたからである。
「ま、ツラい事より今はたのしーこと考えようよ! じゃないとお先まっくらくら? だしー?」
ファメラは明るい声で言った。
なぜ疑問形……。
「どのみち記憶を取り戻すにしても、今のサクラちゃんじゃちょーっとメンタル足りなそうだからね。まずは不安を減らすことから始めよう。うん。とゆーわけで、じゃじゃーん!!」
ファメラは片手をバッと突き上げると、その掌から光を発した。セレマの光だ。手のひらから投影された映像に起動シークエンスの画面が映り、映画のエンドロールのようなそれが一瞬で流れると、五芒星の真ん中に桜の花びらが付いた独特の記号が映し出される。
次の瞬間、その掌からあふれ出した光の粒子がサクラとファメラ二人を包んだ。彼女たちが身に着けている服の表面を、パチパチと弾けながら光の粒子が滑っていく。
その光のシャワーを浴び終えた時、二人の衣服は全く異なるものに変貌していた。
ファメラは立ち襟&フリルたっぷりのドレッシーなシャツに前を開けたダブルブレストのテーラードジャケット。全体的な色選びは黒が7で白が3といったところ。シャツの首元には真ん中に大きな真珠のブローチの付いたジャボタイ(フリルの付け襟)が巻き付いている。
またカボチャタイプの愛らしい半ズボンの下には、アーガイル網のライン入りニーソックスを黒のエンブレム付きのソックスガーターで吊っていた。
いわゆる皇子系ロリータファッションと呼ばれるものである。ファメラのそれはクールさも兼ね備えながら、前面に出しているのは少年らしさという非常に可愛らしいものだった。
一方サクラのものは、ファメラのそれに比べればやや大人しめな、レース襟で着飾った膝丈のワンピースだった。
引き絞ったハイウエストの胴元。そこから切り替わるようにふっくらと広がったドレープ付きのミニスカートからサクラの太ももが覗けている。足元に履いているのはアンクルストラップ付きの歩いてもあまり痛くないタイプのパンプスだった。
ずっとガウンや拘束服だったサクラにとって、初めての女の子らしい格好である。生まれてこの方身に着けたこともないその格好に……とはいえ一昨日目覚めたての記憶ではあったが……サクラはいつかネルに裸を見られた時以上の恥ずかしさを感じて押し黙ってしまった。服の裾を一生懸命引っ張ってお尻を隠している。
こっ……このスカート短すぎて死にたい……!!
「おっほ~~ッ!? 可~愛いィ~~ッ♪ つ~わけでサクラちゃんはこれからどぉんどん女の子出していこ~♪」
「いっ!? いやですよそんなの!? 恥ずかしくて私死んじゃいます!!」
サクラが涙目で訴える。
女の子らしさとか死にたい。
「じゃあ死ぬ? 死んで神曲する?」
「いっ、意味が解りません……シンキョクってなんですか……? カラオケ……? ファメラさん歌手なの……?」
「ららら~♪ ちゃうちゃう歌じゃなくってあたしと一緒に地獄を見に行くの! さあ行こうぼくのベアトリーチェ!!」
そう笑ったが早いか、ファメラが急に屈んだかと思うと両手をサクラの腰と背中に回してお姫様抱っこをする。
「い、いや!? っていうかベアトリーチェって地獄篇じゃダンテと会ってないでしょ!? 案内するのウェルギリウスだし! それにお姫様抱っことかしないし!!」
サクラが昔読んだ記憶から、小説のことを思い出して突っ込む。
「細かいことは気にしなーい!」
だがファメラは無邪気にそう続けて、部屋の壁を突き抜け断崖絶壁の柵の上に立った。下を見れば何十メートルあるか解らない鋼鉄の谷間である。飛び降りれば確実に自殺できる高さだった。
「では内臓世界へレッツらららゴ~ッ!」
「きゃああああああああああっ!?!?」
深夜の塔にサクラの絶叫が響き渡る。だがサクラの意に反してすとん、一瞬の浮遊感の後に、すぐさま何かの上に落ちる。
「……?」
もう地面に着いたのだろうか。
サクラがおっかなびっくり見回すと、部屋を取り囲んでいたあの無数のドローン達が集まり、自ら橋となって、塔の反対側まで連なっていた。彼らは一様に首を垂れて浮かんでいる。まるで自らの主を頭上に頂こうとでもするように。その一番先頭にはジンベエザメ型ドローンのベータがいた。
面白いのは、監視用のPTSカメラまでがお揃いでそっぽを向いている事だった。まるで生き物のようだ。
「すっ、すごい……ひょっとしてこれ全部アナタのペットなの……?」
「ペットって言い方はよくないなー。あたしたちオ・ト・モ・ダ・チだよ♪」
ファメラは両手にサクラを抱えたまま、オトモダチの頭を踏ん付ける。「じつはこの塔自体もね」イタズラ好きな王子様のようににんまり微笑み呟く。
すると、昼間聞いたあの陰惨な金属音と共に塔を覆う棺桶の蓋がゆっくりと開きだした。ファメラの使うセレマにより微粒子状のネット接続因子を直接噴霧された塔が、主の要求に応えて自らその隔壁を開き二人を地獄世界へと誘ったのだ。
更には地階の兵士たちも誰も気が付いていない。彼らの網膜や鼓膜に埋め込まれたナノスケールのインプラント装置を遠隔操作して、ニューロン単位で自分たちの存在を隠蔽したのだ。
「……」
まるで魔法のような力を行使して塔から去っていく二人の姿を、階下の監視所から腕組みして見上げている銀眼の少女の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます