13,もう一人の天使
楽しかった食事が終わると、ガブは舌打ちと共に「経過報告」の一言を残して部屋を後にした。
サクラは床に横たわったまま動かない。
胎児のように丸くなり、自分に残された唯一のプライベートスペースである毛布を頭から被っている。
この部屋に明かりは無かった。
深海のように暗いその世界を、ただジンベエザメのような紡錘形の威容をした巨大無人機が、その格子に点状の光電センサーから放つ赤色光によって彼女の姿を照らしていた。ザアザアという音がしているのは、彼女を逃さんとして飛行し続けている小型ドローン達の奏でる駆動音だ。
私、このままここで死んじゃうんだ。
それもただ死ぬんじゃなく、毎日こうやって嬲られ続けて、ちょっとずつ死ぬ。
そしていつかあのネルって人に嬲り殺されるんだ……!
状況は限りなく最悪だった。
まず自分は何も知らない。ここがどこなのかも解らなければ、自分が何かをした記憶もない。それなのに自分は囚われて嬲られている。一方的に。
唯一救いがあるとすれば、何らかの事情により自分が即座に殺されないという事だけだ。だがそれさえただ拷問に耐え続けるだけならば、やはり苦痛なだけだろう。例えこの塔を抜け出したとしても世界はとっくに滅んでいる。
……怖い……!
何もかもが恐ろしくてしょうがない。次に目を開けたらまたあのネルとかいう人が目の前に立ってて、また私を虐めてくるような気がするんだ。実際ドリルの音が聞こえたり、あの振動が歯をガタガタ揺らす気がして私はいつも怯えてる。
でも……私が不安なのはそれだけじゃない。
私が本当に不安なのは……。
「…………?」
……何が怖い……?
暴力はいつだって最高に怖い。絶対にイヤだ。もうあんな目に遭いたくない。
だけどそれ以外にも恐ろしいものがある。
例えば孤独。
例えば……。
――『天使二人が』。
瞬間、ネルの言葉が心に浮かんだ。
サクラにとって、根源的なのはこれだった。あの話をされてから、途切れることのない不安がサクラの胸を突き圧迫している。その不安は次第に鉛のように重く伸し掛かってきて、彼女の思考を完全に押し固めてしまう。
そんな抑圧的な恐怖から逃れるように、サクラは改めて自分の置かれた状況について考え出した。
ここじゃ私は敵だ。一人きりの敵。
全ては複製体のせいなのに、みんなが私を恨んでる。
理由は私が弱くて、一人じゃ何もできないから。
憂さ晴らしに虐めるには最適な子だったから。
このままこんな寂しい場所で嬲り殺されるの?
そんなの酷い!
せめて嬲らないで欲しい!
できれば解ってほしい。
私の辛さを。そして、できれば……!
優しくして欲しい。
……。
どうして!?
あんなに恐ろしい人たちでさえ、居なくなると私は不安になってる!
私はおかしい!! 私は変!!
どうして誰も憎めないの!?
……。
プライドが、ないからか……!
私まるでペットみたい。だってあんなに酷い目に遭わされたのに、この期に及んでまだ私は優しくして欲しいだなんて思ってるんだもの。優しくしてくれさえすれば、あんな目に遭ったこともみんな水に流そうって思ってる。これじゃ余りにも情けない。人間じゃなくて家畜。
でも、それでいいじゃない。
私が愚かで、情けなくって。それで解決するのなら、それでいいじゃない。
そうよ、全部許すの。寛大になるの。
それで、できる事なら仲良くなって、みんな仲良くなってそれで……例えばピクニックでもして。それでハッピーエンド。
もはや人間としての矜持さえサクラは捨てつつあった。記憶という己の時間軸すらおぼろげになってしまった彼女は、孤独により更に追い詰められていた。そしてとうとう彼女は自分自身を諦めてしまったのである。自分が醜い獣である事よりも、自分が誰からも愛されない人間であることを認める方が辛かったのだ。
もう誰でもいいから私に優しくして欲しい
それが叶わないのなら、いっそ。
「……私を、殺して……!」
サクラは現状自分が望みうる最大の幸福を呟いた。
「えッ!? サクラちゃんってば殺して欲しかったの!? マジで!? しゃーない、そしたらあたしがサクラちゃんのこと殺してあげる!!」
すると、そんなサクラの願望に応えてくれる人物が居た。
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