12,閑章、弔鐘と鳥頭

 サクラが自室にて一人落ち込んだ後。

 ネルはサクラの部屋からの帰り、塔の地階にある中央監視所に立ち寄っていた。四角いモニターが多数並ぶその部屋に後からファイガが入ってくる。


「おいネル。本当に大丈夫なんだろうな?」

「ああ。話の最中も奴の体をスキャンしていたが、問題ない。『HDFDS』発動兆候は一切見られなかった。奴は恐らく電池切れだ」


 言いながらモニターに映るサクラを見る。

 画面の向こうでサクラはガブに平手打ちされていた。食事で出されたハンバーグを見た瞬間、昨日の自分のミンチ肉を思い出したサクラが吐いてしまったのである。それを見たガブが激高したのだ。

 ガブはサクラを寝台に押し倒して、『食べなさいよ!!』その細い手でサクラを滅多打ちにしている。

 そんな二人の姿を、ネルは片時も目を逸らさずに見つめ続けていた。己の無感動な銀眼に焼き付けるようにして。


「いや、そっちの話じゃねえよ。俺はお前が大丈夫なのかって聞いてるんだ」

「大丈夫とはどういう意味だ」

「だって、アイツが目を覚ましてるとまたジオルムが来ちまうかもしれねえんだろ? それにアイツ、ほっとくとまたをするかもしれねえ。殺すってのはやりすぎにしろ、なんか手を打たなくていいのかよ」

「だからこの『塔』に移した。ここならジオルムも奴の存在を嗅ぎつけることはない」

「だがここには『天使』がいるじゃねえか」

「……」


 ネルは答えない。

 なんの感情も表さない湖面のような瞳で、まっすぐに画面の中のサクラを見ている。


「万一サクラが天使と接触しちまったら、どうすんだ。ある意味もっとやべえぜ。悪夢の再来だ。しかも奴さん、サクラの事が大好きと来たもんだ。もしもここに移したことに気付いてたら大変なことになるぜ?」

「必要な対策は打ってある。問題ない」


 ネルは片手でモニター下部に備え付けられた設置型タブレットの画面を叩いた。すると監視カメラの映像が切り替わり、別の部屋を映す。

 そこは同じ塔の地階。深海のように暗いその部屋には、以前サクラが磔にされていたものと同じ十字架がある。

 その十字架に磔にされているのは、サクラと同年代くらいの少女。闇の中で、少女の血に染まった白い髪と肌が幽霊のように発光し浮かび上がって見える。

 彼女の姿は余りにも傷ましいものだった。完全に四肢を切断され、その切断された四肢もご丁寧に腱が斬られている。全身の皮という皮が剥がされ、あばら骨が胸骨ごと全部引き抜かれ、露わになった内臓や筋繊維にドリル刃が突き入れられて、刺さったままとなっている。

 顔面はもっと酷い。

 鼻は丸ごとそぎ落とされ、そのそぎ落とされた鼻を中心に、皮を捲られてピンで直接顔面に留められている。まるで成形手術を途中で放棄されたかのようだ。眼球は無く、中は綺麗に刳り貫かれて上中下の眼窩骨が全て覗けている。更には口も歯が無く舌根が切り取られていた。

 そんな彼女の胸には常時振動し続ける高周波マチューテが二本突き刺さり、ウンウン唸りを上げて今も骨を粉砕し内臓を切り裂き続けている。それにより少女の体が全再生するのを防いでいるのだ。永久に再生しては飛び散り続ける少女の肉塊により、部屋はまるで巨大生物の胃の中のようになっていた。

 だがその少女の表情筋剥き出しの口元は僅かに吊り上がっており、まるで微笑んでいるように見える。

 まさか拷問の痛みを悦んででもいるのだろうか。

 少女の足元には例のジンベエザメ型ドローンが一機、長大な体を『C』の字に折り曲げて座り、直に少女を監視している。万が一にも再生速度がマチューテの破壊速度を越えた場合は、ただちにドローンが攻撃を加えるのだ。


「……」


 ネルはそんな磔の少女を訝しげに見つめていた。


「ネル。俺らはみんなお前に感謝してるんだぜ?」


 ファイガがネルの肩を掴み、無理矢理振り向かせる。


「お前がたった一人でも死んだ奴らの名前忘れちゃいねえってこと、俺らも忘れちゃいねえ。そしてあいつらがどんな目的のために死んだのかもな」

「……」

「つまりな、俺らはアンタと同じ目的だからここに居るっつってんだよ。それを今アンタは私情で捻じ曲げようとしてるんだ。少なくとも俺にはそう見える。だったら許せねえ」


 自分よりも一回り以上背が高いファイガから、面と向かってはっきり言われているにも拘わらず、ネルは顔色一つ変えなかった。それがファイガには余計に腹立たしい。違うなら違うとはっきり言って欲しかった。


「いい加減黙ってんじゃねえよ。まさかなんて言い出しゃしねえよな?」

「ああ。もしもの時には私が直接にヤツを始末する。塔にいる天使も含めて」

「それ、ホントだろうな?」

「本当かどうかは、現時点では確かめようがないな」


 ネルは率直に言った。

 自分を信じろと言うのだ。


「まあいい。サクラの世話は見てやる。俺も他人の世話すんのは大の得意だからな」


 ファイガが皮肉めかして言った。そのまま中央監視室を後にしようとする。だが部屋のドアに手を掛けると、


「……なあネル。一つ、勘違いして欲しくないんだが」


 言いながら振り返った。


「俺は何も別の目的があるのがいけねえっつってんじゃないんだ。そうじゃなくて、もしもそんなもんがあるんならさっさと話せっつってんだよ。俺にも他のみんなにもさ」

「……」

「そうかい」


 たとえ何時間待ってもネルが口を開かない事をその冷淡な目つきから悟ると、ファイガはさっさと行ってしまった。

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