7,蛇とサクラ

「生きてえ奴は伏ぜろおおおおお!!!!!」


 まだ生きている人の声がした。

『伏せろ』というより『爆ぜろ』と聞こえる。

 いつの間にか立ち上がっていた鳥頭が、鬼の形相で叫んだのだった。彼がその肩に担ぎ上げていたのは110mm対戦車榴弾砲。近距離戦闘のため風帽を外し外殻プローブのみのハンドベルのような見た目をしているそれは、歩兵の携行武器としては最強クラスの威力を持つ兵器の一つだった。

 文字通り耳を穿つような炸裂音と同時に、初速毎秒七キロメートルというとてつもない速度で発射された弾頭が大爆轟を引き起こす。約四キログラムの成形炸薬弾の炸裂が起こす凄まじい閃光と、廊下全体が吹き飛ばんばかりの衝撃がサクラの体を嵐の波間に揺れる海藻のように揺らした。


「きゃああッ!?」


 まるで顔面に打ち上げ花火でも直撃したような爆熱と暴風とを受けて、サクラは部屋の壁に大の字に叩きつけられてしまった。一緒に兵士たちの死体も吹っ飛んでくる。その幾つかは天井に突き刺さり、さながら血肉でできた氷柱のようになってぶら下がった。対爆用に作られたはずの熱さ五メートルの壁がアルミのようにひしゃげている。サクラは生きた心地が全くしなかった。

 やがてメラメラと焼け落ちる死肉のカーテンの向こうに見えたのは、頭部が丸ごと溶けてなくなった蛇の死骸だった。


 た……倒した……!?


「チイイッ!!」


 サクラがそう思ったのも束の間、鳥頭が続けざまに仲間のアサルトライフルを拾ってフルオートで連射し出す。あっという間に全弾撃ち尽くし、ベルトに装着したパウチから予備のマガジンを抜き取って差し込む。それもすぐに撃ち尽くした。

 サクラは呆然としている。


 何をやっているんだろう。

 蛇は死んだんじゃ。


 サクラの疑問はすぐに解決した。メキメキと骨が軋むような音を立てて、死んだはずの蛇が起き上がったのである。弾け飛んだ頭部の断面部分がボコリボコリと隆起していた。

 次の瞬間、内部から死んだ肉を押し出すようにして一気に頭部が再生した。まだ再生し切らないのか、脱皮途中の蛇のように白く濁った眼が鳥頭の方を向く。


 い、生きてる!?


 その凄まじい自己再生能力に、サクラは驚いた。その間にもライフルを撃ち尽くした鳥頭が腰の拳銃まで抜いて発砲している。だが拳銃弾では薄ピンク色の肌に傷もつかない。


「ぐあっ!?」


 蛇は丸太のような体をくねらせたかと思うと、威嚇するように大きく口を開けて突進してきた。鳥頭は咄嗟に横に飛びのくが、回避が一瞬遅れて弾き飛ばされてしまう。そのまま二転三転して廊下まで吹っ飛んでいってしまった。

 部屋の外に飛んでいった鳥頭には構わず、蛇はそのままサクラの方に近寄ってきた。革袋を引きずるような音を立て、丸太のような下半身で這いずってくるその様子にサクラは声も出なかった。


 ……私、死ぬの……!?


 そう直感した瞬間、サクラの脳裏にバラバラにされた兵士たちの姿が過った。

 自分もすぐにそうなる。そう確信せざるを得なかったサクラの頭上から恐怖がギロチンのように降りてきた。彼女の思考回路が一瞬で切断されてしまう。

 後は生理的な反応が起こるだけだった。声にならない声が嗚咽として漏れ、体はガクガクと震えてとうに出し切った涙や鼻水や涎を新品の生地の上に絞り垂らす。


 突然監禁されて、拷問されて、罵倒されて、このまま自分が誰なのかも解らずに死ぬなんて、そんなのイヤ……ッ!!

 お願いッ!!

 誰でもいいから誰か……助けてッ!!!


 とうとう化け物が目の前までやってきたとき、サクラは心の底から願った。

 その時、ずっと不安の闇によって覆われていた彼女の瞳が緋色に輝いた。その目に刻まれているのはあの八芒緋星オクタグラム

 すると不思議なことが起こった。蛇が突然身を捩らせたかと思うと、その皮膚の表面をまたボコボコと隆起させ始めたのである。まるで先の自己再生のようであったが、明らかに異なるのは全体が縮んでいる事だ。徐々にその姿が人型へと収束する。


「………ッ!?」


 やがて整えられた異様に、サクラは息を飲んだ。

 背丈は146センチ。体重は36・2キロ。未だ乙女とも言い切れない未成熟な体を持ち、薄ピンク色の髪を目が隠れる程度に伸ばした儚げな美少女である。その姿はまさにサクラと瓜二つ。先に鏡越しに見た自分の姿のようでもあった。肌が気色悪い薄ピンク色をしている事以外は。


 な……!?

 なにこれ……この蛇……私……!?

 なんで……!?

 どうして私の姿をしてるの……!?


 その急激な変化にサクラが戸惑っていると、蛇が片手をサクラに差し出した。

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