6,15分

「ネル! 『ヤツ』だ! 第九地区公園ゲート付近にSサイズが一頭! レベル4『塔』付近に同じサイズがもう一頭!!」


 言ったのは昨日サクラを取り囲んだ内の一人、鳥頭の兵士だった。


 なに!?

 いったい何が起きたの!?


 その只ならぬ雰囲気にサクラはすっかり怯えてしまった。


「解った。15分で戻る。その間『愚か者サクラ』を頼む」


 ネルはコードネームのようなものを告げると、先のように壁に手を翳して、掌大に開いていた穴を扉サイズにまで広げた。足早に部屋を出ていく。去り行くネルのボディスーツの肩甲骨部分からは、何か金属粒子のようなものが噴き出して見えた。二枚折りの羽、即ち天使の翼のように見えるそれは、まるで血飛沫のように一瞬赤く煌めいたかと思うとすぐに消えた。


 い、今の、なに……?

 まるで天使の羽みたいに見えたけれど……!?


 サクラがそう思っている内、部屋に兵士たちが入ってきた。鳥頭を含めて全部で十人。同じ部隊の隊員のように見えたが、昨日より明らかに数が減っている。


「おい!! 大人しくしろ!!!」

「はうッ!? ひゃいいッ!!!」


 大声で脅しつけられたサクラは腰が抜けてしまった。

 昨日の出来事が脳裏を掠め、足が震えて立っていられない。


「うっ、撃たないでください……ッ! お、お願いしますッ! イジメないで……ッ!」


 サクラは涙ながらに兵士たちに訴えた。

 その時フッと部屋の照明が消える。


 て、停電?


 サクラが思う間もなく、遠くで銃声のような音がし、それはすぐに聞こえなくなった。

 耳を澄ますと、床の更に下部、恐らく下階層でガラスか何かの砕ける音が聞こえた。続けて砂の詰まった革袋のような重たいものを引きずる音が、こちらに向って近づいてくる。


「こちらデルタ2! アルファ1がやられた! 2もだ! 現在アルファチームと連絡が取れない!! うわあああッ!?!?!」

「こちらチャーリー1! 状況不明!! 誰か援護を!?!?」

「こちらバラク! ヤツが『神殿』に近づいている! 現在第九地区統制線付近!! ダメだ! このままじゃ市街地に出ちまう!!」

「こちらサムソン。『愚か者』保護を最優先」


 兵士が持っている無線からだろう。小石の混じったような雑音と一緒に仲間の窮状を知らせる男たちの声が聞こえてきた。幾つかの通信は、悲鳴や銃撃音の後に吐き散らすようなノイズ音を出して沈黙した。

 その中でサムソンと名乗ったのは恐らくネルだった。彼女は部下や民間人の命よりもサクラの保護を優先しているようだ。


 いったい……なにが来るの……!?


 混乱の極致にあって、サクラはもう泣き出しそうだった。耳を両肘で押さえ、頭を抱えるようにしてその場に縮こまる。


「「「ああああああああああああッ!?!?」」」


 次の瞬間、暗闇の中で兵士の叫びが重なった。声はすぐ外の廊下からした。

 それから一秒も経たなかった。すぐ傍で幾つもの銃声が悲鳴と重なるようにして聞こえたかと思うと、さっきの革袋を引きずるような音がズッズッと目の前を通り過ぎ、バタバタと人の倒れる音がする。

 それきり音は止んだ。

 サクラが顔を上げると、暗闇の中に何かあるのが解った。やがて目が慣れてくると、それは顎から上半分だけが残った兵士の頭であることが解る。


「……~~~~ッ!?!?!??!」


 余りのショックに、サクラの顔がドリル刃を当てられた時のようにぐにゃり歪んだ。目を逸らしたいのにできない。恐怖がサクラの頭を鷲掴んだからだ。どうしようもなく半分になった兵士の顔を見つめる。もう何の用もなさなくなったその瞳が、サクラの怯えに震えた顔を映している。

 やがて部屋の照明が付いた。

 辺りは一面真っ赤だった。血と肉と皮と内臓その他、兵士だったものが乱暴に引きちぎられて辺りに飛び散っている。あるものは頭を穿たれ、あるものは胸から下を失くして仲間の上に折り重なっていた。歪に引き裂かれてアバラが丸出しとなったその胸元では、まだ元気な心臓がドクンドクンと脈打っている。

 唯一五体満足なのは先の鳥頭の兵士であったが、彼も死んでいるのか壁の隅に倒れ伏したまま動かない。垂れた首の顎から大量の血が滴っている。


「……~~~ッ!?」


 目の前の惨事に我を忘れたサクラは逃げ出そうとした。それで部屋の入口を見る。

 すると、そこに何かがいる。その何かは、死亡した兵士の肉に齧り付き貪っていた。


 あ……あれ……生物……!?


 それは薄ピンク色をした大蛇のような生き物だった。その蛇の全長は3、いや4メートルはあるだろう。胴回りも60センチを越えており、その丸太のような太くて長い胴体の先にはトラバサミのような大きな口を持つ楕円形の頭が乗っていた。まるで皮を剝かれたような薄ピンク色の皮膚の表面には、内部の血管が浮き出ている。 しかもその血管は沸騰した湯のように常にぼこぼこと隆起しており、楕円形の頭の両端についている目も白濁していた。

 そんな蛇と目が合う。

 一秒だって直視していたくなかったが、目を逸らした瞬間殺されてしまいそうだった。その生物らしからぬ奇形に歪んだ瞳からは逃れられない。


 ああ、私は死ぬんだ。

 これからこの蛇に食い殺されて死ぬ。


 サクラは直感した。

 すると、


「生きてえ奴は伏ぜろおおおおお!!!!!」


 まだ生きている人の声がした。

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