第7話
修学旅行の教育効果は生徒の立場から見ると新しい、深い人間関係ができて歓迎されるものである。しかし、教師の側から見るとあまりかんばしいとは思えないのが実態であった。
その一つの表れに、行く前よりも帰って来てからの授業の方が随分うるさくなった。堅苦しくて嫌がられるほど厳しくしていた力石の授業でさえ、ざわざわした。彼は今までならこっぴどく叱りつけるのが常だったが、修学旅行から帰って来てからは怒らなくなった。生徒が不思議がるほどだった。また、あれほど信念に従って出しゃばっていた生徒指導にも消極的になっていた。
力石の頭の中は一つの事で一杯で、それ以外に考えたり行動したりする余地がなかった。
・・・あのフィルムに美和は写っていなかったはずだ。公序良俗に反するものが写っているフィルムは業者が焼き付けをしないことくらい生徒たちは知っているはずだ。あの時には収拾をつけるために黙っていたが、どうしてくれよう
この事ばかりを思い詰めていた。
通明は学校の処分を待たずに、両親が学校や美和に謝罪して自主退学した。力石は、通明は哲弘の為に犠牲になったと思っている。そらく、集会の時に耳打ちした内容はそれを強要するものだったに違いないと思えた。これで、便器の破壊を証言する生徒が居なくなったし、松岡が盗撮テープを握りつぶせばオナニー事件の首謀者を確定することもできなくなる。
力石はなんとしても哲弘を処分しなければならないと思ったが、通明が退学したので、新しい確実な証拠を再び捜さなければならなかった。
木曜の三時間目になった。力石はあらかじめこの時間が哲弘のクラスが体育で、自分は空き時間であるのを確かめていた。体育館一階の男子更衣室に力石はできるだけ人目につかないように入って行った。高い所に小窓があるだけなので薄暗い。彼は動悸がするのを感じながら哲弘の服を捜した。哲弘は何度も服装指導を受けているにもかかわらず、学校規定の学生服を着ていなかった。それだけに比較的簡単に見つけることができた。
震える手で力石は哲弘の上着を持ち上げた。そしてポケットの中を調べ始めた。両側の外ポケットからは定期入れ、単車のカタログ、カードなどが出てきた。内ポケットの一方にはライターとたばこが入っていた。たばこの種類を見るといつも教室やトイレに落ちているものと同じである。もう一方のポケットから大きめの分厚い折りたたみ式の財布が出てきた。金銭以外に多数の雑多な物が入っている。それを一つ一つ抜き出して調べた。その中にまた定期入れがあった。定期券の日付を見ると使用済みのものである。力石は不審に思って中を調べるともう一枚何か挟んでいる。それを取り出した時、彼は初めから捜していた物ではあったが、頭がくらくらとした。裸の美和が写っている浴場の写真であった。
「やはり思った通りだ。どこまでも悪の塊なのだ」
力石は唇を震わせて唸った。写真の周囲には細い金糸で何重にも縁取りがしてある。ぎこちないところをみると哲弘が自分で縫い付けたに違いなかった。用紙や印刷の状態を見るとデジカメ写真であるのが分かる。
力石は顔を半分そむけ、泣きそうになりながらもしっかりと写真を見た。彼にはその写真の美和が当たり前に写っているにもかかわらず、醜悪に見えた。修学旅行中に保険室に当てた部屋で笑って泣いた美和と結び付けることは人間に対する冒涜のように思われた。この写真を哲弘が大切に肌身離さず持っている事を考えると、憎悪とも嫉妬ともつかぬ激しい感情が力石の胸を張り裂けそうにした。
「こんな事が教育現場にあっていいものか。恐ろしいことだ。学校の処分などでは生温い・・・哲弘よ、お前をこの写真と共に葬ってやる」
力石はうなるようにつぶやくと写真を定期入れの中に戻し、上着を元のように台の上に置いた。それからまた目立たないように更衣室を出て行った。翌日から力石は今度は以前にも増して、校門での遅刻指導に熱心になった。ほとんど毎朝、門のそばに立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます