第4章 「再起の産声」5

 その次の朝、卯月の姿は花壇にはなかった。

 俺は得も言われぬ不安を感じ、朝練をアイドル部のみんなに任せ、卯月を探し回った。だが、卯月の姿はどこにもいなかった。

 休み時間も卯月を探して教室まで行ってみたが、クラスメイトの話では、休み時間はほとんど教室にいないという話だった。仕方なく教室へと戻る道すがら、咲月とばったり会った。

「もしかして、卯月に会いに来たのか? でも残念だったな。教室にはいなかったぞ」

「そうですか……。これ渡そうと思っていたんですけど……」

 そう言うと、咲月は可愛らしい弁当袋を見せた。

「お姉ちゃん、最近元気がなかったから、これ食べて元気を出してもらおうと思ったんですけど」

「これ、もしかして」

「はい」と元気にうなずく。「おいしくないかもですけど」と付け加えるも、そこに迷いはなかった。

「頑張ってるんだな。やっぱり咲月は凄いよ……」

 と、そこで俺は一つの考えに思い至り、咲月のお弁当を預かることを提案した。



 それから、俺は四時間目の授業がないのをいいことに、卯月の教室の前で張り込むことにした。

 と、昼休み開始のチャイムが鳴ると同時に教室から飛び出す奴がいた。

「おい」

 俺の呼びかけに、卯月はこちらを一瞥すると、反対方向へ走りだそうとする。

「待て待て。何で逃げる?」

「別に逃げてねーし」

「まあ、いいか。とにかく、いいから行くぞ」

 そう言って、嫌がる卯月の手を引いて花壇まで連れてきた。

「それで、何のためにこんなところまで連れてきたんだ?」

「ああ。見てもらいたいものがあってな。っと、その前に」

 俺は咲月から預かったお弁当袋を卯月へ渡す。

「これは?」

「いいから、開けてみろよ」

 ブツブツ言いながらも、素直にお弁当箱の蓋を開けた卯月は大きく目を見開く。

「これは……」



 おねえちゃん

 いつもありがとう



 そう、海苔やふりかけ、桜でんぶで、白米の上に書かれていた。

「咲月からだ」

「これを咲月が作ったと言うのか?」

「卯月の大好きなから揚げ弁当にしたんだと。おいしくないかもしれないけど、これが今の自分に出来る最高のごちそうだってさ」

「あの子、料理なんてほとんどしたことないはずなのに」

 手の込んだ料理じゃないけど、一生懸命作ったんだと見て取れる。これを渡された時、咲月が手に絆創膏をしていたのは黙っておこう。

「これじゃ、本当にアタイなんて必要ないじゃないか……」

「そうじゃないだろ……。お前に見せたかったんじゃないか。自分の成長を、変わろうとしている姿を。何より、『ありがとう』って伝えたかっただけじゃないのか」

 いいから食べてみろと促すと、卯月はから揚げを頬張る。

「あっ……」

 吐息が漏れる。

「感じたか? 咲月の想いを――隠し味ってやつをさ……」

 自信満々でそう口にする俺に、卯月は眉をしかめて見せ、

「ったく、こんなもん食わせやがって……」

 奥歯を噛みしめてワナワナと震える。

「しょっぺーな」

「え?」

 もしかして、本当に料理がうまくいっていなかったか? たしかに、俺は弁当を食べてないから、その可能性はなきにしもあらずだが……。

「ホント、しょっぺーよ。アタイは……。なんてしょっぱい女なんだ……」

 流れ落ちる雫。

「咲月が、こんなにも努力してるってのに、アタイは、駄目だからって、すぐに諦めるなんてよ……」

 かすれ声が痛々しく耳に響く。

「でもよぉ、やっぱりやりたいことなんて見つからなくて……。アタイは一体どうすりゃいいんだ……」

 うつむき、全身が硬直させた卯月の肩に、俺はそっと手を置いた。

「見つからないなら、見つかるまで探し続けるだけだ」

「だけど、アタイの中にはどこを探しても、夢なんて見つからなかったんだぞ」

「見つかるまで探すって言ったろ?」

「けど、どうやれば……」

「楽しいこと、やりたいことが、自分の中に見つけられないなら、お前の外へ目を向けてみるのもいいんじゃないか?」

 ハッとして、卯月は顔を上げてこちらを見つめる。

「夢の第一歩は、誰かへの憧れから始まるってことさ」

「誰かへの憧れ……。それが夢ってことなのか?」

 卯月は、難しい顔をして考え込んでいる。

「なんで咲月があんなに必死にアイドル部を続けたいって、お前に反抗したか分かるか?」

「そりゃあ、大切な仲間が出来たからだろ? 仲間が出来ればアタイなんて用はないさ」

「お前、本当にそう思っているのか?」

「なにぃ?」

「アイドル部のみんなの存在。それが彼女の背中を押したのは間違いではないだろう。でもな、俺が不思議だったのは、そもそも何で咲月がアイドル部に入ったのかだったんだ。自分が成長したんだと認めてもらうだけなら、お前が言ったように別に料理研究会でも文芸部でも良かったはずなんだ」

 素直にうなずく卯月。

「お前さ、中学一年生の時に、大会で演武をしたんだってな。それを見て咲月は、手の指先から、足のつま先まで、すごく綺麗で、自分もあんな風になりたいと思ったそうだ。その憧れを抱き、次の年自分が参加した演武は大失敗に終わったのはお前も知っているな」

「ああ……」

「それで、ふさぎ込んでいた頃に、テレビを見たら音楽番組でグループアイドルが歌っているのを見たんだと。沢山の人がシンクロして歌やダンスを踊っている姿が、いつか見た卯月の空手の演武に見えて、自分には空手は出来ないけどそんな風に、みんなとダンスをしたいと思ったそうだ」

「それが、あいつがアタイに反抗してまでアイドルを続けたいって言った答えか?」

「いや、まだ続きがあるんだ。そして、瞳を輝かせながら最後にこう言ったんだ。『いつかお姉ちゃんと一緒に踊るのが夢なんだ』ってな」

「アタイと一緒に踊る、だって?」

「空手、アイドル、何をやるにしても、その中心に卯月が――お前がいるんだ。咲月はお前に憧れてアイドルを始め、今もそれを続けている。中学生の時に描いた憧れを――卯月と一緒に踊りたいという夢を今も持ち続けているんだ」

「アタイへの憧れ? そりゃ、あの頃のアタイは、そんな風に輝いてみえたかもしれない。でも、今のアタイにはそんな価値はないさ」

 ったく、お前はどこまで俺に似ているんだ……。

「それを決めるのはお前じゃない。咲月は、卯月のようになりたいと願った。それは、きっと卯月の中に未来の自分を見たから……。咲月は、お前の中に、自らの夢を見たんじゃないか」

「未来のアタイ?」

「そうだ。そして、咲月は今も卯月のことを信じている。自分という重荷から解放された卯月が、きっと自分の道を歩んでくれていると信じている。卯月がどうなろうと、何になろうとも、咲月が目指すのが未来の卯月なんだ」

「そんな、何でだよ?」

「そりゃあ、お前たちが家族だからだろ? 同じ夢を持った友や仲間はいつかはそれぞれの道を求めて離れ離れになってしまう。けど、家族はずっと家族だ。どんな時も一緒だ。かつて、咲月が傷付き転んだ時、お前は手を差し伸べ、寄り添ってあげた。そして、今回は咲月の方がたまたま先に立ち上がることが出来た。でもさ二人の人生はまだ始まったばかりじゃないのか? いずれまた壁にぶち当たったり、転びもするだろう。その時、、先に立ち上がるのは、どっちかなんて分からないじゃないか」

 そう言うと、俺は肩をすくめた。

「長い人生、転んだり立ち上がったり、その繰り返しで、そのたびに手を取り合う、それが姉妹ってやつじゃないのか? 咲月はこうも言っていたよ、『これからは、お姉ちゃんの背中に隠れて見る限られた世界なんかじゃない。隣に立って同じ景色を見たいんだ』って。けど、お前は一人このまま転んだままでいいのか?」

「いいわけないだろ! だから、こんなに悩んでるんだろ」

「そうだったな……。すまない」

「ったく、他人事だと思いやがって」

「ああ。その通りだよ。これはお前自身のことなんだ。正解はお前にしか分からない。お前が自分で言っていたろ。『他の誰がそれに価値があるって言っても、自分が欲しくないものを手に入れても、空しいだけだ』ってさ。いっぱいいっぱい時間をかけて、最後に自分が納得した答えを出せたなら、きっとそれが自分にとっての正解なんだ。それでさ、いつか俺に胸を張って教えてくれよ。これがアタイの夢なんだってな」

「あんたは、どうしてアタイに構う? どうして、夢にこだわるんだ?」

「俺はあえて言う。人が生きるとは夢をみることだ。夢をみない人間は死んでいるのと同じだ。心を殺し、何を見ても聞いても、何も感じることが出来なくなる。そして、徐々に自分のやりたいことが消え去り、ついには自分が何のために生きているのかさえ分からなくなるんだ……」

「それは大げさ過ぎだろ……。この世の中、夢を持っていない奴だって大勢いるはずだ。いくらなんでもそんな馬鹿なことが……」

「あるさ……。つい少し前までの俺がそうだった。自分の本当にやりたいことが分からず、でも何かをやらなきゃって気ばかりが焦ってしまって、ただがむしゃらに勉強をするしかなかった。お前は子供時代、何も楽しいことをしていないと言ったが、SKBを引退してから今までの俺は青春というものを全部棒にふってきたんだ。でも、今はそれも無駄じゃなかったんだと思えるよ。この学園に来て、アイドル部のみんなに出逢えた。みんなが俺を変えてくれた。失くしたものを、大切なものを取り戻したいと思えたんだ」

「そんな話、なんでアタイなんかにするんだ? お前にとっては恥ずかしい話じゃないのか?」

「ははは。そうだな……。俺、なんでこんな話してんだろ? でもな、お前を見ていると、いつかの自分を見ているような気がしてな……。だから、放っておけなかった。お前には、俺と同じ後悔を味わって欲しくなかったんだ。それに、今の俺は見習いだけど、教師だからな。生徒が悩んでいるなら話し相手くらいにはなるさ。まっ、この場合は、反面教師ってやつだけどな」

 自分で言っておいて何だけど、教師……か……。

「そう言えば知っているか? 夢は花や植物と同じなんだってさ」

「はあ? 何の話だよ」

 俺は土の上に、『夢』。そして、『花』の漢字を書いて見せる。

「ほら、『夢』って漢字は草かんむりがついてるだろ? つまり、花は夢と同じなんだ。そう言えば、お前はこんなことを言っていたな。『花はどんな奴にも平等』だって。だから多分、夢ってやつも誰に対しても平等なんだ。世話を続けていれば、諦めなければ、きっと花は咲く」

「どうしてそう言い切れるんだ? 現に、咲かない花だってあるじゃないか?」

 卯月は、花壇の隅にある二つの鉢植えの花の咲いていない方を見つめた。そいつは、横に並んだ花と違い、今にも枯れそうなほどひどく元気がない。

「それはお前が見つけるのを初めから諦めているからじゃないのか?」

「なにぃ!」

「最初に言ったろ? ここに連れてきたのは、見てもらいたいものがあるからだって」

 俺は、そう言うと、鉢植えの裏に回り手招きをする。

「朝はなかったけど、休み時間にお前を探しているついでにここに来てみたら、見つけたんだ」

 いくつもの葉に覆われ、太陽に背を向けるようにして、そこには、まだ花開いてはいないが、白く色のない蕾が隠れていた。

 卯月は、スカートに土が付くのも構わずに膝をつき、愛おしそうにそれを見つめた。蕾に手を伸ばし、触れるか触れないかの所で動きを止める。

「こんな……。こんなに……。小さく弱弱しいのに、こいつは、咲こうとしているのか? 諦めてはいないのか?」

「そうだ……。お前、毎日、こいつの世話をしていたんだってな。先生に聞いたよ。口では咲かないと言いながらも諦めてはいなかったんだな。だから、こいつは蕾を付けた……。そして、咲月も……」

 卯月方が、ビクッと肩を揺らす。

「花ってさ、水をやりすぎると根腐れを起こしてしまうんだろ? だけどさ、咲月は腐らずに頑張っているじゃないか。俺もさ、ここ何日かアイドル部の練習に参加させてもらったけど、本当、ヘトヘトだよ。けどあの子は弱音も言わずに、夢を現実にしようとしているんだ」

 俺は卯月の隣で膝をついて、まだ色知らぬ蕾を見つめる。

「願い続けていれば、探し続けていれば、いつかきっと夢は見つかる……。どんな花が咲くのか、どんな匂いで、何色なのか、それは誰にも分からない。いつ花開く時が来るのか? 今日咲くのかもしれない、明日咲くかもしれない、一年後か、十年後かもしれない。でも、いつか花は咲くんだ。それを俺は心待ちにしている。だから俺は水をやるのを止めない。絶対に諦めたりなんかしない」

「けど、アタイは……」

「卯月が今までやってきたことは、意味があったんだ。お前の行為が今、実を結ぼうとしているんだ。妹や花に対して出来るなら、自分にだって優しく出来るはずだ。次はお前が夢を叶える番じゃないのか?」

「…………」

 俺は大きく鼻で息を吸い込む。匂わぬ蕾の香りを感じるように。

「この花は、ブーゲンビリアって言うんだってな。花言葉は、『情熱』。お前の中の情熱の火は消えてしまったのか? まだ、くすぶり続けているものがあるんじゃないか? 青春の残り香ってやつがさ……」

「そんなこと……」

「そんなことあるさ。お前は、咲月が傷ついた時、あんなに熱くなれたじゃないか? 大の男を一撃でのしてみせたじゃないか? 大切なものを守るためなら、人は変われる……。強くなれるんだ。まだお前の中の情熱は消えてなんかいないはずだ」

 卯月は黙って、眉の角度を鋭くして、花を睨みつけていた。

「アタイは本当に馬鹿だな。心に棘を生やして、自分の殻に閉じこもり、何もかも拒絶していたんだからな……。でも、今さらアタイにも見つけられるだろうか?」

「ああ。お前は俺なんかよりもずっと強い奴だ。だから、大丈夫だ。それに、夢をみることは別に特別なことじゃない。普通の、日常の出来事、ありふれた毎日なんだよ」

 卯月は、「よしっ!」と言って、力強く立ち上がる。

「今から、アタイを殴ってくれ!」

「何を言っているんだ。女を殴れるか」

「何故だ? アタイが弱い女だからか? 可哀そうだから殴れないって言うのか? 気合を入れるのに、男も女も関係ないだろ。アタイは、馬鹿だから、こんな方法しか思いつかないんだ」

「いや、しかし……」

 だが、仮にも教師を志しているものが生徒を殴っていいのか?

「無茶なお願いなのかもしれない。だけど、こんなことあんたにしか頼めないんだ。それに、アタイはあんたを殴った。だから、これでおあいこだろ? あんたの言うことならなんでも聞く。だから、頼む! 今までの弱い自分を追い出してくれ」

 その目は真剣そのものだった。こいつは今までの自分を捨て、殻を破ろうとしているんだ。

 それをただ、理想を言って聞かせるだけで出来るのだろうか? それが本当の教育なのだろうか? いや、俺はまだ教師にはなれていない。教育論なんてそんな高尚なものは知らない。だから、全身全霊をもってこいつの想いにぶつかっていかなければいけないんじゃないのか?

 ええい、ままよ!

「分かった……。ただし、ビンタ一発だけだ。この条件なら、気合注入ってことでやってやる」

 それでいいかという問いかけに、卯月はうなずき歯を食いしばる。俺は覚悟を決めて、卯月の頬にビンタをした。

 小気味のいい音が響き、濡れた葉を揺らす。

「ありがとう……。いい痛みだ。目が覚めたぜ……。忘れていたものを思い出したよ。この痛みだ……。アタイは人を殴れなくなっていたのと同時に、誰からも殴られなくなっていたんだな……」

 スッ――と雫がこぼれ落ちる。

「どうしたんだ? どこか痛めたか?」

「こいつは悔し涙だ……。今までの自分に対してのな。あんたの言う通り、いつの間にかアタイは心を殺して、自分が傷付かないようにしていたんだな。真剣(マジ)に生きていれば痛みは伴うものだったんだよ……。アタイは傷つきもせず、何を得ようとしていたんだろうな……」

 その横顔は、雄々しく、俺が今まで目にした男の誰よりも凛々しく見えた。赤くなった頬に、涙の跡が出来ている。それがあまりにも真っすぐな一本線を描いていた。

「もしからしたら、あの頃アタイが手にしていたものも、アタイが気付かなかっただけで、価値があったのかな?」

「それはお前にしか分からない。お前は、これまでの自分を後悔していると言ったな。だが、偽りだったとしても、それもお前の人生だったはずだ……。空手のことは分からないが、武道とは本来、体を鍛えると共に心も鍛えるんだろ? そこで、お前は何を教わり、何を学んだんだ?」

「アタイは……」

 卯月は赤くなった頬にそっと触れると、動きを止める。

「おい、本当に大丈夫か? もしかして、さっきのビンタが強すぎたのか?」

 卯月の頬に触れようとし、その手を取られた。

「思い……出したんだ……。オヤジに殴られた日のことをな……」

「親父さんがお前のことを?」

「あれは、初めての公式戦の前夜。緊張でガチガチになっていたアタイの前に立って言ったんだ、『思い切り打ち込んで来い』ってさ。隙のない構えを前に、アタイは怖くて後ずさりした。その瞬間、オヤジはアタイの顔面に向けて思い切り拳を打ち込んできた。アタイはそれを何とかさばきながら徐々に後退して行った。だが、とうとう逃げ場を失い、道場の壁を背にしてしまったアタイの顔にオヤジの拳が突き刺さったんだ。そして、その場にへたり込んだアタイにオヤジは、『強い拳を打つためには踏み込みが大事だ。相手のパンチを恐れて後ろへ逃げれば、拳はずっとお前を追いかけてくる。そして、最後は逃げ場を失い、その身に深く突き立てられることになる。だから、強い相手と対峙した時、逃げては駄目だ。まずは己の弱い心と向き合う必要がある。いいかい、卯月。いつだって活路は後ろではなく、前にしかない。だから、卯月が困難にぶち当たった時、前へ踏み込む勇気を持って欲しい。それを決して忘れなければ、お前はきっと強くなれる』と言ったんだ」

 キュッと、俺の手を握る指に力が込められる。

「その時のアタイはその意味がよく分からなかったけど、そのオヤジの言葉を、『強さ』を知りたくて試合に臨み、初勝利を手にしたんだ。それからは、それを知るまでは負けられないと、がむしゃらに前へ前へと踏み出し、相手をのしていった。結果としてアタイは勝ち続けることが出来た。でも、それは本当の強さではなかった。だから、アタイは勘違いをし、そして、負けてしまった……。オヤジが言った、『お前にはもう教えることはない』って言葉も、アタイを見離して出た言葉ではなかったんだ……。オヤジは、大切なことを最初に教えてくれていたんだ……」

 卯月は、「やっぱり、アタイは馬鹿だな」と自嘲気味に笑う。

「でも、馬鹿は馬鹿なりに、ケジメだけはつけないとな」

「何をする気だ?」

 卯月はその質問には答えず、ただ拳を高く掲げると、

「明日の朝、また、ここに来てくれないか? その時、話すよ」

 そう言って、その場を後にした。

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