第4章 「再起の産声」2

 と、意気込んではみたものの、具体的に何をすればいいか皆目見当がつかなかった。

 放課後の練習、あゆむが期待に満ちた眼差しで、俺に指示をあおいできた。が、特に秘策がある訳でもないので、とりあえず、今まで通りの練習をやってもらうことにした。ともあれ、今までのようにただぼんやりと見ているだけじゃなくて、いち大学生としてアイドル部の部活に参加させてもらった。共に走り、踊り、彼女たちと同じ目線に立つことで、何か見えてくることもあるはずだ。

 教育実習の残された二週間で出来ることなんてたかが知れている。だけど、一曲の歌が人の人生を変えることだって出来る。俺はそれを知っている。

 それにしても、すごい練習量だ。はたから見ていても厳しい練習だと思っていたが、実際にやってみるとそのキツさを実感する。まだ夏になっていないというのに、頭のてっぺんから湯気が出ている。

 木陰で休憩していると、あゆむがドリンクを持って隣に座った。

「どうですか? 練習きつくないですか?」

「ああ。予想以上だよ。明日からは、ちゃんとドリンク準備しておかないとな」

「でもまさか、木村先輩と一緒に部活をする日がくるなんてね」

「なんだ? 今までだって付き合ってたろ?」

「それはそうなんですけど、今まではプロデューサー役というか監督役みたいなものでしたから。でも、今は、一緒に肩を並べて、同じ学生同士と言うか」

 そう言って、自分の肩をぶつけてくる。

「憧れだったんです。先輩と後輩の禁断の恋。まさに青春って感じですよね」

 にこーと笑顔でにじり寄るあゆむ。

 と、涙歌がコホンと咳払い。

「はい、休憩は終わり。練習再開するわよ」

 あゆむは、元気に「はーい」と応えると、俺の手を引っ張って立ち上がらせる。

 どっこいせとオヤジくさい掛け声をあゆむが笑い、場が和む。そんな場にふさわしくないニヒルな声が響く。

「よっ! 楽しそうだな」

 瀧口がニヤついた顔をして話しかけてくる。

「週末はお疲れさん。って、別に疲れてないか? 聞いたぞ。お前の所、お客さん、ゼロだったんだって?」

 それから瀧口は、こっちは、客の整理が大変だったとか、グッズも完売で、追加の注文を急遽用意しただとか、聴いてもいないことをベラベラと一人でしゃべり続けた。

 アイドル部のみんなは、それを伏し目がちに聞いていた。

「それで、今日は何の用ですか?」

 なるべく感情を抑えて俺は瀧口の話を中断させる。

「何だ? 何か用がないと会いに来ちゃいけなかったのか? ただお前の顔を見に来たんだよ」

 何気持ち悪いこと言ってんだよ。

「その、練習に戻りたいんですけど」

「練習? 何の練習だよ? あんな結果になったのに、まだアイドル部なんてやる意味あるのかよ? 才能がないのは分かったんじゃないのか?」

 その言葉を聞いて俺は全身の毛が逆立つのを感じた。ギリギリと奥歯を噛みしめる。

「なんだ、その目は? 何か言いたいことでもあるのかよ?」

「俺は……。瀧口、さんの言うように、才能がなかったんだと思います……。だけど、彼女たちは違う。まだ、何も始まってなんかいない。だから、さっきの発言、撤回してください。彼女たちの夢を笑わないでくれませんか」

「まっ、そうかもな。けど、お前なんかを頼っている時点で、本当のユメで終わると思うけどな」

 悪かった悪かったと、悪びれもせず瀧口は面倒くさそうに髪をかき上げる。

「悪かったついでに、そういえば、来週末、デビュー前のアイドルたちを集めたアイドルバトルがあるんだけど知ってるか?」

 かぶりを振る俺を、鼻で笑う瀧口。

「俺が育てたアイドルも参加するんだが、なんなら俺の権限で出場させてやってもいいぞ。だけど、今度はあんな素人の客相手じゃない。きちんと、『アイドル』を見に来た客が集まるイベントだから、見えてくるものがあるんじゃないのか?」

 いやらしい視線でアイドル部のメンバーを見つめる。

「いや、それは……」

 昨日の今日で、しかも来週なんて色々と準備が追い付くわけがない。それに、もしもまた上手くいかなかったら……。

「出ます! 参加させてください!」

 今まで黙って聞いていた涙歌が俺と瀧口の間に割って入る。

「あ、ああ。構わないが……。まっ、引き立て役は何人いてもいいものさ」

 それじゃあ練習があるんでと、涙歌はメンバーを引き連れてランニングにへと出かけた。

「気の強い女だな」

 瀧口はそう呟く。だが、俺はその背中を心強くも思い、どこか寂しげでもあると感じた。



 翌朝、迎えに来たあゆむに、手足を引きずられるようにして朝練に参加した。久しぶりに運動をして全身が筋肉痛だ。

 そのせいか、今朝の練習は準備運動の後のジョギングは軽めな気がした。ただの気のせいかもしれないけど、なぜかそう思った。そして、今は、3人のダンス練習を見学させられている。

 やはり、俺はそこに違和感を覚える。

 三人のダンスのレベルは、それぞれ異なっており、それが同じステージ上で踊られることで、言いようのないちぐはぐ感が醸し出されている。

 涙歌をセンターにおいて、両サイドをあゆむと咲月が固める形ではあるのだが、どうにも涙歌が目立ち過ぎる。それに、みんなが同じ動きなのも、単調であまり面白みがない。町のイベントならそれでいいのかもしれないが、今度のイベントは少なくともアイドルを見に来るお客さんに見せるためのものを準備しないといけない。とは言え、3人では取れるフォーメーションにも限りがある。

 これらをどういじれば、うまくグループアイドルとして見られるようになるだろうかと頭を悩ましていると、ずかずかと大股で乗り込んで来るものがいた。

「咲月! こんな所で何やってるの!」

 三人の前に立ち尽くす一人の女性。

「昨日も今日も朝早くから出て行ってると思ったら、どうしてこんなことやってる? まだ、体調だって十分戻っていないのに、運動なんてやっていいと思っているの? それにアイドル部なんて辞めなさいって言ったはずでしょ!」

「お姉ちゃん……」

 ばつが悪そうに咲月が視線を逸らす。その言葉を聞いて涙歌とあゆむが驚く。そりゃそうだ。穏やかな咲月と違って、姉――卯月と言ったか? の派手な風貌があまりにかけ離れているからな。

「さあ、練習なんて止めて。着替えてきなさい」と咲月の手を引く卯月。

 無言で下を向いている咲月に助け船をと声をかけようとした瞬間、卯月の首がこちらへと向けられる。

「おまっ――」

 みるみる形相が変わっていく。顔が紅潮し、目を見開き、眉間に深い皺が刻まれていく。

「何でお前がここにいる! 咲月には近づくなって言ったろ!」

「いや、これは」

 俺が言い訳を考える前に、卯月は足早にこちらへと歩み寄る。

「まだ、分かっていないみてーだな! だっせー真似してんじゃねーぞ!」

 卯月は、俺の襟首を掴み、拳を振り上げる。

「分かっていないのは君の方じゃないのか? 彼女は、自分の意思でここにいるんだ。それをなぜ連れ戻そうとする?」

「なに?」

「週末のことは俺の監督不行き届きが原因で起きたことだ。俺が全面的に悪い。殴りたければ殴ればいい。でも、今度は俺が責任を持って咲月さんを監督する。だから、彼女がここにいることを認めてやってくれないか」

「何も知らない奴が! 人様の家のことに赤の他人が口を出すんじゃねぇよ!」

 卯月はさらに憤りを募らせ、今にも殴りかからんとしていた。が、それを咲月が阻む。襟を掴んでいる拳に手を置いて首を振る。

「どうして……。なぜ、アタイを止める? アタイは、咲月を守ってあげているのに」

 訳が分からないという顔で咲月を見つめる卯月。

 咲月は何も言わずただ目を伏せた。そこで予鈴が鳴り、卯月は舌打ちをすると、俺を解放しその場を立ち去った。



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