第3章 「あの日、あの時、あの少年」6

「俺は、俺の夢は――」

 手に持つCDケースを握りしめる。

「俺もこのままじゃいけないって、何かやらなきゃって思っていた……。でも、ずっと何をやればいいか分からなかった……。それに何かを始めて、また失敗してしまったら、今度こそ、本当に前に進めなくなるんじゃないかって」

「そうですね……。だけど、失敗した後のことを考えるよりも、夢を叶えた後のことを考えた方が建設的だと思いませんか? 夢はみるだけじゃ決して叶うことはありませんよ」

 その言葉に、俺はどこか毒気を抜かれたように、緊張が解ける。

「君が口にする言葉は、確かに正しい。そして、あまりに幼く素直過ぎる」

「ごめんなさい。上手な表現が出来なくて」

「いや、だからこそ、俺の胸を激しく揺り動かす。あの頃の想いを、夢を、希望を、想い起させてくれる」

「木村さん……」

 俺の顔を見た陽子の表情が明るく輝く。そこで俺は自分の心が前に動き出そうとしているのに気が付く。

「だけど、ホント、夢って難しいな……。あの頃分かりかけた意味が、今も掴めないなんてな……」

「夢は、お花と同じなんです」

 そう言うと、陽子はA4紙いっぱいに『夢』という字を書いて見せる。

「夢という字には『くさかんむり』がついていますよね。だから、草や花、植物と一緒なんです。土の中に蒔いた種が長い時間をかけて根をはり、芽吹き、蕾を付け、いずれ綺麗な花を咲かせる」

「夢の文字にそんな意味があったなんて。知らなかったよ」

「ふふふ、実は今のは私の作り話なんです」

「嘘!?」

 このシリアスな場面でなんとお茶目な。

「でも、そう考えると素敵ですよね。木村さんの夢は、今はまだ土の中で芽吹くのを待っているから見えないんじゃないでしょうか? だけど、次の瞬間、芽が出るかもしれない。そして、また、次の瞬間には大輪の花を咲かせているかもしれない。夢って、そんな素敵なものなんだと思います」

 それから、陽子は夢という漢字の本当の成り立ちを解説してくれたが、難しくてあまり理解出来なかった。

 だけど、何だか子供の頃に戻ったような、学校の授業を受けているような気になった。

「何だか、学校の授業を受けているみたいだな。君が本当の先生に見えるよ」

「そうですか? ならとっても嬉しいです」

「嬉しい?」

「はい。だって、私は教師を目指しているんですよ。だから、木村さんが私の初めての生徒です」

 えっへんと胸を張る。

 そうだったねと笑って返すと、

「では、木村君に質問です」

「はい」と、俺は出席番号順に当てられた生徒よろしく、背筋をピンと伸ばした。

「木村さんが目指すものはなんですか?」

「俺は……。俺が目指すべきもの。それは……」

 うまく想いが言葉にならなかった。だけど、そんな俺に陽子はニッコリと微笑んでくれた。

「それじゃあ、次に会う時までの宿題にしておきますね」

 外に出ると、雨はいつの間にかやんでいて、雲一つない夜空には、遥か彼方、小さな星が瞬いていた。



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