第3章 「あの日、あの時、あの少年」1




 ――木村じゃないのか?



 誰かが呟いた。

 ――最近人気が出てきたからって調子に乗っていたからな。

 ――あいつならやりかねない。

 ――そうだ。そうだ。

 ――やつだ。やつに違いない。

 ささやき声が俺を中心に波紋のように広がっていく。

「お前か!」

 だんまりを決め込む俺の胸倉を掴んで、支配人が何度目かの怒号をぶつけてくる。

 視線が矢のように突き刺さる。だが、俺は何も言わなかった。何も、言えなかった。

 その代わりに、俺は奴の目を見た。そして、その瞬間全てを悟った。

 奴は俺の目など見ていなかったのだ。いや、俺を見ていたが、俺の姿をどこにも映していなかった。チームメイトとしての俺、ライバルとしての俺。そして、友としての俺の姿をその瞳のどこにも見つけられなかった。奴は自分自身のことしか見ていなかった。俺は利用され、切り捨てられたんだ。

 そして、俺は俺という人間を失った。

 俺はただ叫んだ。心のもっとも深い場所で、叫ぶ他なかった。

 髪の毛の先端から、つま先まで、自身の全てを否定されたように思えた。共に目指した場所、交わした言葉、今まで過ごした時間、全部ぶち壊したいと願った。

 一言でいうのなら、「何もかも嫌になった」

 結果、俺は黙って事務所の扉を開け放ち飛び出すと、二度とそこには戻らなかった。それはもっとも親しい友との別れであり、尊敬する先輩との別離、そして、夢との決別だった。



     *



 カーテン越しに薄く陽の光が透けている。

 目覚まし時計の針は、ちょうど6時を過ぎた所だ。背中にはじっとりと汗を吸ったシャツが張り付いていた。

 今もあの日の光景がまぶたにこびりついて離れない。

 俺は何度同じ間違いをすれば気がすむのだろうか。関わるべきではなかったんだ。そうすれば、少なくとも彼女たちは傷つかずに済んだはずだ。

 だが、今度こそ間違えない。もう二度とアイドルになんて――あの子たちには関わらない。そう心に決めて俺は再び夢へと落ちた。

 それから、どれくらいの時が経っただろうか。

 ――ピンポン。

 再び俺を闇から引き戻そうとする存在がいる。

 ――ピンポン。

 ――ピンポン。

 ――ピンポン。

 鳴りやまないチャイムと根競べをしていると、次第にチャイム音は、その速度をあげていった。

 ピピピピ――。

 音速を越えようかという速さで連打される。

 ただならぬ事態に、Tシャツと短パンをひっかけ、玄関へと急いだ。

「いるなら。早く出てこいってんだ」

 扉を開けると、ひと昔以上前に流行ったヤンキー映画の不良少女よろしく、白い特攻服に身を包んだ少女が立っていた。

 腰まで届きそうな長い黒髪、きりりと鋭い瞳がこちらを睨みつけている。

「あんたか? 木村崇矢ってのは?」

「ああ。そうだけど」

 首を斜め45度に傾けてすごんでいる少女。170センチ以上あろうかというタッパに、筋肉質で引き締まったスタイル。ヘソの上、白いサラシが大きな胸を押さえつけるように巻きついている。特攻服には、『ご意見無用』、『天上天下唯我独尊』と金色の刺繍がほどこされている。

 ひとしきりこちらを値踏みするように眺めると、少女は「ちょっとツラァ貸しな」とアゴを使って、外へ出るように促した。

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