第2章 「ユメノノコリガ」4



 そんなこんなで商店街のイベントの日。

「それでどうですか? あの子たちの調子は? 良い勝負が出来そうですか?」

公民館の広場の片隅。ささやかなイベントスペース設置のためにパイプ椅子を並べているとエプロン姿の陽子が声をかけてきた。

「あ、いや……」

 正直、何と言っていいやら。言葉が出てこない。……悪い意味で。

「だけど、プロデューサーがこんな所にいてもいいんですか?」

 言い淀んでいると、陽子は悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。

「あ、うん。俺が彼女たちと一緒にいても何の役にも立ちそうにないからさ。それに、星野がみんなをうまくまとめてくれているし……。だから、今の自分に出来るのはこれくらいなものだよ」

 50余りの椅子で綺麗な正方形を形作っていく。地味かもしれないが、これだって立派な仕事だ。SKBの時はあまり意識していなかったが、裏方のスタッフが会場の準備・設営を行ってくれたから、俺たちは何も考えずに歌を歌うことが出来たんだと今さらながら気付かされる。

「そうですか? そんなことないと思いますけど……。でも、勝負に勝つことが目的ではないですからね。一生懸命、あの子たちが自分を表現できればいいと思います」

 パイプ椅子におしとやかに座ると、陽子はステージを見つめながらそう言った。

「いや、あいつらは、そうかもしれないけど、花野さんは違うだろ」

 陽子は首をかしげる。

「自分を勝負の賞品にするなんて馬鹿げている」

 俺と勝負の約束を取り付けた後、瀧口はせっかくの勝負。互いのプライドを賭けるだけでもいいが、何か賞品がないと燃えないと言い出すと、勝者は、『陽子と一日デートが出来る権利』を主張し、彼女もそれを了承した。

「いいんじゃないですか? デートくらい。一緒に同じ時間を過ごしてみないと分かりあうことは出来ませんからね。何事も経験です」

「だけど……」

 こと瀧口の女性遍歴を知る身としては、あまりそれを受け入れたくない。それにアイドル部の連中が瀧口のプロデュースしたアイドルに勝利することは万に一つもないだろう。

 そもそも、勝負にすらならない。残念ながら、アイドル部の練習に付き合って出た答えは、それ以外見当たらなかった。

 メンバーが実力不足という理由が一番の理由なのだが、部員が3人しかいないというのも要因の一つだと思う。少ない人数でも、一人一人が人を惹きつけるような魅力やスター性があるならまだしも、現時点でまともなパフォーマンスが出来るのは涙歌一人だけだ。

 悲しいかな、チームとしてのまとまりがなっていない。グループとして、デコボコでちぐはぐ。メンバーを無視して、自分勝手に動くリーダー。その動きに真似て、劣化コピーと化した奴。根本的にダンスになっていない者。

 複数人でのダンスというものは、個々人の動きが洗練されていなくても、グループとしてのまとまりさえあればそれなりに綺麗に見えるものだ。しかし、個々のレベルの違う集団のパフォーマンスは、はたから見ていて違和感しかない。過去現在、大人数のグループアイドルは、良くも悪くもメンバーみんなが学芸会レベルだから、ある意味でまとまって見ることが出来る。今の状態なら、いっそ涙歌がセンターで歌って、二人はサイドでポンポンでも振っていた方がまだ勝負になるだろう。

 とは言うものの、俺には俺の責任がある。今の戦力で、何とか見られるようにと、あゆむと咲月には簡単に改善出来る所を伝えて、苦手克服の手伝いはしたが、どうしても短い期間では拭えないものがあった。何より、メンバーをまとめているリーダーの涙歌が俺の助言を聞き入れることはなかった。

 いや、それは自分にとって、都合の良い言い訳で、事前にやれることは、もっとあったのかもしれない。

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