第1章 「伝説のアイドルの伝説」7
その日の放課後、課題を提出してそのまま帰ってしまおうと思ったが、自然と俺の足は部室棟へと向かっていた。
あゆむはいつものように喜んで迎えてくれた。涙歌は相変わらず俺を無視し続けていたが、流石に俺を追い返すことはなかった。咲月はといえば、相変わらずポケーとしたゆるい雰囲気をかもし出している。
放課後の練習も、今朝と同様、体力作りの走り込みに始まり、歌やダンスのレッスンを行う。だけど、放課後ということもあり、その練習量は朝の倍近くだった。女性の、しかも学生にしてはハードな練習量だなと思ってしまう。俺が小学生の頃に受けていたレッスンと比較しても結構なものだ。
ハッ、ハッ、ハッと軽快なリズムを刻みながら少女たちがステップを踏んで踊る。額には玉のような汗をにじませながら。
彼女たちは何のためにこんなことをやっているのだろうか? あゆむは涙歌の側にいたいからだと言っていた。なら、他の二人は何故だろうか? 本物のアイドルでもないのに……。お金が貰える訳でも、テレビに出られる訳でもないのに、どうして……。
誰かにちやほやされたいだけなら、もっとメジャーな曲でも歌って動画配信でもすればいいのにと思う。だが、歌っているのは少し前のヒットソングのコピーだ。
その歌を聴いていると何だかノスタルジーな気分になってくる。当時自分が見ていた風景、感じていた想い。たしかにその場所に俺がいたのだという確かな証を示すように……。
*
教育実習3日目ともなると、既に実習生たちのグループは固まっていた。
そんな中、俺は教育実習のペアということで陽子と話す機会が増えていた。陽子の方も、特に親しい人間がいないのか俺と一緒にいることが多かった。
陽子は、実習以外のことをあれことれ詮索してこないので、一緒にいるのは悪くなかった。こうやって、特に事件もなく穏やかに教育実習を終えていくんだと思っていた。
が、頼みもしていないのに、俺にかまってくる奴がいた。
「よう。崇矢」
「瀧口…………さん」
髪をかきあげながらニヒルに笑う男。こいつは元SKBのメンバーの瀧口亮輔(たきぐち りょうすけ)だ。俺の一つ年上で、SKB時代には色んな意味で世話になった。現在は、イケメンシンガーソングライターとして絶賛売り出し中だ。そのせいか大学も適当に出席しているらしく一年遅れての教育実習となったらしい。ちなみに、瀧口は元SKBとして業界に残っている数少ない成功者と言えるだろう。
この実習も、映画の撮影が押したとかで本日からの参加している。さっきまでは、女生徒に囲まれていたはずだが……。瀧口は瀧口で、何かとやり辛いのか顔見知りの俺にちょっかいをかけてくる。
「新曲、どうだった?」
「すいません。聴いてないです」
「そうか。発売三日で、ダウンロード数100万のすっばらしー曲なんで、お前もぜひ聴いてみろよな」
曖昧にうなずくと、瀧口はこちらに興味をなくしたのかスマホをいじり始めた。
俺は隣に座っていた陽子へと向き直る。
「で、何の話だっけ?」
「ええ、週末の商店街のイベントのことなんですが、どんな感じでいきましょうか? アイドル部からは何か要望とかありますか?」
「イベント!?」
思わず声が上ずる。
初耳だ。いや、たしかに近く何かのイベントがあると、あゆむが言っていたような気はするが……。
「週末って、まさか今週末?」
「そうですけど。アイドル部のみなさんから聞いていませんか?」
「アイドル部? 崇矢、お前そんなことやってたんだ?」
スマホをいじりながら瀧口が口を挟んできた。
「いや、俺は……」
口ごもっていると、瀧口は陽子にあれこれと話を聞いていた。どうやら瀧口は陽子のことを随分と気に入っているらしい。陽子の方もまんざらではないようで、嬉々として瀧口の質問に答えている。
「なるほど。シャッター商店街ってやつね。今はどこも大手のスーパーが幅をきかせている時代だからな。で、この学校のアイドル部――ローカルアイドルで街おこしというか、客引きをしてるという訳だ」
流石はアイドルのてっぺんまで登りつめた男。良く知ってるな。蛇の道はヘビ。業界のことは末端まで精通しているようだ。
「ふっ」と、人を小バカにしたようにほくそ笑む瀧口が、芝居がかった口調で、
「それじゃあ、俺の方も微力ながらお手伝いしようじゃないか」
「それって、どういうことですか?」
首をかしげる陽子に、瀧口はサラサラな長髪をかき上げながら、
「いやね、実は俺も今アイドルのプロデュースもやっているんだよね。と言っても、学生の部活なんかじゃなくて、本格的なやつね」
そういえば、そんな記事をどこかで目にした記憶がある。元SKBの瀧口が9人組の女性アイドルグループをプロデュースするってやつだったか。
「だけど、もうアイドル部のみんなにお願いしてありますし……」
陽子が申し訳なさそうにこちらを見つめる。
「別に、二組のアイドルがいても問題ないでしょ? むしろ盛り上がっていいんじゃない?」
瀧口がウィンクで陽子に同意を求めた。
「それは、そうかもしれないですけど……」
「そうだよ。崇矢もそう思うだろ?」
歯切れの悪い陽子の返事に、今度は俺の方に話を振って来た。
「それは俺が決めることじゃない……です」
「なら、決まりだ。そのアイドル部の生徒たちに伝えておいてくれよ。この瀧口亮輔がプロデュースするアイドルたちが、君たちアイドル部に胸を貸してあげようとね。それに、アイドルなんて今も昔も下克上。比べる相手がいないと張り合いがないだろ?」
瀧口は、「なっ!」と脅迫まがいに俺の肩に手を置いてきた。
「おっ、そうだ! どうせなら対決形式でいこうじゃないか。崇矢が育てたアイドルと俺が育てたアイドル。どちらが多く客を呼べるか。正々堂々やろうじゃないか? そっちの方が絶対面白いって」
「何を勝手にっ――」
「いいじゃないか。俺とお前の仲だろ? それに、プロのアイドルに触れられる、またとないチャンスなんだ。光栄の極みじゃないか。それじゃあ、俺は早速メンバーに連絡しておくからお前もよろしくな」
一方的にまくしたてると、瀧口は教室を出て行った。
「よかったんですか?」と申し訳なさそうに訊ねる陽子に、肩をすくめてうなずく。
瀧口は一度言いだしたら他人の意見に耳を貸さない人間だ。あまつさえ、かつてはその自信満々な姿に憧れ、いつもその背中を追いかけていた。もしも、時間が戻せるならそれは間違いだと昔の自分に伝えたいと思う。だが、過去は変えられない。そう……。その最たる存在が、ここにいるのだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます