“『東洋深淵奇譚』
自身の求める条件に合致した本を見つけた男は、袴が乱れるのにも構わず一目散に自宅へと走った。
玄関の引き戸を開けて家へと飛び込み、脱ぎ散らかした靴もそのままに書斎に飛び込んだ男に妻から小言が飛んだがそれに素知らぬふりを決め込んだ男は早速筆を執った。
―男の日記に記された内容に因ると黒い本は、西洋のとある小さな村落での土着信仰が周辺にあったこれまた小さな町へと流出した結果、その町に住む人々から理性と知性が失われて互いの身体の肉を喰らい合う狂気の町へと変貌していき、最後には互いの肉を喰らい尽くした人々が骨になった状態で発見されるという内容で、村落に元々住んでいた一人の女性が日記として残したものであったらしい。
そんな内容に酷く心を惹かれた男は一心不乱に筆を動かし続けた。
途中で水を飲むことも、飯を食べることもせずただひたすらに筆を走らせた結果、その日の夜更けには作品は書きあがっていた。
そのような極限の状態から、作品を書き上げた事で気を抜いた事が間違いであったかもしれない。
執筆中は一切気にならなかった違和感に気づいた男は、ぐっと座ったまま背を伸ばしてそのまま上半身を後ろに倒した。
「お前は、誰だ?」
ほんの冗談のつもりであった。
しかし声と共に男の視線が天井へと向いた時、『それら』は見えたのだ。
「ひっ」
思わず、喉の奥から漏れた声だった。
薄汚れた白い天井であったはずのそこは、一面が漆黒の闇へと塗り替えられていた。
いや、それだけであれば良かったかもしれない。
その漆黒には無数の目玉が蠢いていたのだ。
頻繁に瞬きを繰り返す目玉、眠たげに半分閉じられた目玉、興味深そうにせわしなく動く目玉、冷たい視線を向ける目玉、それぞれが特色を持った目玉が男を見ていたのだ。
その中でも、それまで男の脳天を見降ろしていたであろう巨大な一対の目玉があった。
巨大な目玉はただ男を観察するようにじっと、瞬き一つせずに男を凝視していた。
あまりにも異様な光景に頭が完全に固まっていた男であったが、元来頭の回る男である。
「手前、俺を見て楽しんでやがるな?見せもんじゃあねえぞ?」
すぐさま頭を切り替えて目玉に睨みを利かせた男であったが、そんなものは関係ないと言わんばかりの様子で目玉は平然と、男を見つめる。
暫くそのまま睨んでいた男であったが、幾ら睨みを利かせても無駄であると悟り、諦めて椅子から立ち上がると、自室を出たのだった。
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