第22話 繋がりたい

 日曜日の朝から、本格的な修理を開始した。何せ初めてのことなので、分解する前にスマートフォンで写真を撮っておき、元に戻すときの手掛かりとした。また、スーパーカブのメンテナンスについての動画も参考にさせてもらいながら、スプロケットの取り付け、チェーンの取り付け、タイヤの交換、マフラーの交換、レッグシールドの交換、ヘッドライトの交換と進めていった。これらの作業も、浩ちゃんの工具箱があったから行えたことで、もし工具からそろえなければいけなかったら、予算の問題もあるけれど、どのような工具をそろえればいいのか、というところから悩まなければいけなかった。浩ちゃん、ありがとう。


 すべての作業工程を終えて、僕はスーパーカブのエンジンを掛けてみた。新しく取り付けたレトロな雰囲気のモナカマフラーは、トクトクトクトクと落ち着いた気持ちの良い音をさせている。アクセルを回して近所を走ってみるとブレーキの調整が甘かったので、一旦停めてブレーキのネジをクルクルと回して調整をする。


 夕方、買い物がてらにスーパーカブを乗り回してみた。シフトの繋がりが非常に良く、流れるような加速がとても心地良い。これはスプロケットを交換した効果だ。近年は電気自動車を中心に自動運転という技術が本格化されていくようだが、楽になればなるほど、人間が関わる部分が無くなればなくなるほど、僕は車というものの面白さは半減していくと思う。人は楽をしたいわけじゃない感じたいのだと思う。


 スーパーカブにはバイクほど本格的ではないけれどシフトが存在している。このシフトとアクセルは、僕がスーパーカブとコミュニケーションを取るための大切な窓口みたいなものだ。僕が走りたいと思うその感覚にスーパーカブは応えてくれる。また、スーパーカブが一番気持ちが良いと感じるタイミングで僕はシフトを変えて、加速する、減速する。その一連の関係性は恋人同士の交わりにも似て、一方的ではいけない。互いに感じていることが大切だと思う。


 きっと、僕たちはもともと一つのものだったんだと思う。ビックバンか何か知らないけれど、切り離されて、散り散りになって、孤独になった僕たちは、離れてしまった片割れをいつも探している。それは、有形無形は関係がない。男とか女とか、スーパーカブとかくだもんやYUKKOとか、音楽とか小説とか、一つとか複数とかそんなものは全く関係がない。どんなものにも僕たちは繋がることが出来るはずで、繋がったかもしれないその一瞬に最高のエクスタシーを感じる。


 僕の従兄弟の浩ちゃんは耳が聞こえない。浩ちゃんが話す言葉は、耳が聞こえる僕たちからするとイントネーションが違っていて不明瞭に聞こえる。僕は手話は使えなかったけれど、浩ちゃんが伝えようとすることはいつも感じることが出来た。小さなころから何も不自由は感じなかった。でも、成長するにつれて、浩ちゃんは色々と苦労をしたことだろう。繋がりたくても、大切な耳が聞こえないから。


 成人して京都の山科に遊びに行くと、浩ちゃんはマツダのRX-7に乗っていた。当時、走り屋の間では有名な車で、浩ちゃんは楽しそうにRX-7の話を僕にしてくれる。RX-7に搭載されたロータリーエンジンはアクセルを踏めば踏むだけ浩ちゃんの要求に応えてくれるそうで、その走りの魅力に浩ちゃんは取りつかれたようになっていった。叔父さんと叔母さんは、いつか事故を起こすのではハラハラと見ていた。事故は起こしましたけれど。


 僕が一人暮らしを始めた頃、浩ちゃんは車を製造する工場で働くようになっていた。職場への通勤の利便性から高槻市に住むようになった浩ちゃんに会いに行くと、車庫付きの三階建ての一軒家に住んでいた。車庫にはとても大きなバイクが停められていて、浩ちゃんに聞くとSUZUKIのハヤブサというバイクだと教えられた。二階にあるダイニングに座ると僕は浩ちゃんへのプレゼントにアメリカのバーボンウィスキー「ワイルドターキー」をテーブルに置いた。浩ちゃんは非常に喜んで、それを開けてハヤブサの話を僕にしてくれた。


 なんでも非常に速いバイクだそうで、時速三〇〇キロも出るそうだ。自動車で一二〇キロも出せば十分早いと思うのに、何だその三〇〇という数字は。浩ちゃんは実際に三〇〇キロの体験をした出来事をとても楽しそうに僕に話す。(真似してはいけませんよ)夜の間に和歌山に行き、日の出とともに阪和自動車道を北上する。その過程で三〇〇キロを体験できる直線があるそうだ。ナンバーを隠して黒いフルフェイスを被った浩ちゃんは、アクセルを開けていく。三〇〇キロともなると緩やかなカーブも急カーブに変わってしまうそうで、その緊張感を身振り手振りで僕に話す。その日の晩は、二人でグデングデンに酔っぱらってしまった。


 僕が嫁さんと結婚をした頃、その紹介もあって、三人で居酒屋で飲んだことがあった。その時の浩ちゃんの興味はスカイダイビングに代わっていた。上空からの自由落下は何物にも代えがたいスピードと緊張感があるようで、スピードジャンキーと呼んだらいいのか、僕は口をあんぐりと開けて浩ちゃんの話を聞いていた。


 僕は浩ちゃんではないので、ただの想像でしかないのだけれど、浩ちゃんにとってのそうした一連の突き詰め方は、やはり何かと繋がりたかったのだと思う。それは、この世に存在している意味を自分に問いかけることにも似ていて、頭でいくら考えても答えは出ない。そう感じてみることでしか分からないことなんだと思う。そんな浩ちゃんが、ある時からそれらのスピードとは全く真反対の対象に目覚めてしまった。それは、登山だった。

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