第21話 自分で直しています
待ちに待った十月一日。僕は、仕事から帰ると一目散に二階の寝室に飛び込みパソコンを立ち上げる。スーパーカブの部品を専門に扱うサイトを立ち上げて、手書きしたスーパーカブに必要なパーツリストと比較しながら検討を始める。予算は二万円に抑えようと考えているが、まだ嫁さんには相談をしていない。必要なパーツについては粗方決めているが、二点だけまだ決めかねているパーツがある。一つ目は、レッグシールドの色。二つ目は、走りに直結するスプロケットのギア数の選択。
レッグシールドというのは、プラスチックで出来ている足元を守る風防だ。無くても走れるが、それでは冬はとても寒い。また、スーパーカブというフォルムを考えるうえで、あのレッグシールドが醸し出す丸みが長閑さというか大らかさを表現していると思う。特に白いレッグシールドと黄色いボディカラーという共演は、可愛さという要素までを引き出していて、何かこう乙女心をくすぐる。(乙女ではないんですけど)実はその白いレッグシールドを、今回、僕は黒色に変えようかと考えている。黒と黄色、電車の遮断機みたいな取り合わせだが、なにか力強さを感じる。白のままでもいいのだけれど、気になる。ずっと、僕の頭の中で黒と黄色がグルグルと渦巻いている。カスタムカブの自由さに影響されたみたいだ。後悔するかもしれないが、僕は黒を選択した。また、色を統一するためにスーパーカブの左右にある白いサイドカバーは、黒く塗装しようと思った。
二つ目に、スプロケットのギア数についてである。専門的な話になるが、バイクにはフロントとリアにスプロケットと呼ばれるギアが存在する。このスプロケットにチェーンが巻かれていていて、エンジンの動力をフロントのスプロケットが回転することで後輪タイヤに直結しているリアスプロケットに伝えてバイクは動き出す。僕が乗るスーパーカブは二〇〇二年に発売されたストリートというモデルで、型式がBA-AA01。フロントスプロケットのギアの歯が十三丁、リアスプロケットのギアの歯が四十丁という仕様になっている。このままの仕様で新しいものに交換すればいいだけの話なのだが、僕は少しいじることにした。フロントスプロケットを十四丁、リアスプロケットを三十九丁。こうすることで、何が変わるのかというと、最高速度が少し伸びる。それと、スーパーカブはスクーターと違いシフトチェンジが存在する。現行の仕様では、一速がピーキーすぎてかなり使いずらい。スプロケットを交換することで、シフトの間隔に余裕が生まれ走りが滑らかになる。
悩んでいたパーツが決まると、後は予算内で何を選択するかの問題だけが残った。ブレーキシューをはじめとする消耗品は確定で、後は壊れていたマフラーとヘッドライトを購入することにした。スーパーカブという車両が面白いのは、そうしたパーツが豊富にあることだ。スクーターや他のバイクではそうはいかない。これは、スーパーカブという車両が長い歴史の中で基本的な設計を変更することなく一億台も販売してきたことが大きい。また、東南アジアを中心として、カスタムパーツが多く存在していて、購入のハードルも高くはない。しかも、そうしたパーツの交換は素人でもそれほど難しくはないのだ。サイトに表示されている買い物かごの内容を僕は何度も何度も確認して、僕はクリックを押した。嫁さんに相談する前だったけど、、、まっ、いっか。
注文した商品は、その日のうちにまとめて出荷された。待ち遠しくて仕方がない僕は、スマホを開いてはストアから送られてきた伝票番号をもとに荷物追跡サイトを確認していて、僕が中央卸売市場に出勤したときには荷物が関西にやって来ただの、昼前には近所の集配所にやって来ただの、まるでストーカーのように追いかけていた。仕事が終わると僕とスーパーカブは一目散に帰宅して、まだ荷物が到着していないにも関わらず玄関の前に工具箱を持ってきて修理を始めだした。
手始めに、前輪のタイヤを車体から外すことから始めた。この作業の目的は、前輪のブレーキシューの交換なのだが、初めてのバイクの整備なので簡単そうなところから練習する意味もあった。前輪が取れた頃に荷物も到着して、荷物の中からブレーキシューのパーツを取り出して古いものと交換することが出来た。
ただ、ここで一つの問題が生じた。スーパーカブの前輪には二本の黒いケーブルが繋がっているのだが、僕はタイヤを外す段階でこのケーブルを二本とも外してしまっていた。後から分かったことなのだが、このケーブルは外さなくてもよかったのだ。一本はブレーキワイヤーでもう一本はスピードメーターに繋がっている。ブレーキワイヤーは簡単に繋ぐことが出来たのだが、スピードメーターのワイヤーがうまく繋がらない。ワイヤーの中に縦筋の溝があってこれがクルクルと回る。この溝とタイヤ側のオスとが繋がることでスピードがどれくらい出ているのか測れるようになっていた。ただ、この先っぽが少しでもズレていると奥まで刺さらないのだ。その頃には周りは真っ暗になっていて、中の向きを確認することが出来ない。家から懐中電灯を持ってきてケーブルの中を照らして細いマイナスドライバーで向きを調整して差し込んでみるのだが、刺さらないのだ。そんな作業に集中していると、近くで軽トラが停まり中から白いツナギを着た若いお兄さんがやって来た。
「すみません。今、バイクの買い取りに回っています。宜しければ、バイクを売りませんか」
僕は頭の中が、点、になった。このお兄さんは何を言っているのだろう。僕のこの今の状況を見て、どのようなことを想像しているのだろうか。バイクの違法廃棄を試みる為に細かく分解している状況にでも見えているのだろうか。
「いえ、売る気はないです」
僕がそう答えると、そのお兄さんは
「何をされているんですか」
と言った。正直言うと、僕は困っていた。見るところ彼は本職だ。彼なら簡単に直せるかもしれない。
「自分で直しています」
気持ちとは裏腹に、毅然として僕がそう宣言すると彼は軽トラの方に戻っていった。正直言うと僕は少し強がってしまった。プロの方に、僕の下手糞な修理を見られたのが恥ずかしくて。その後、また、懐中電灯を片手にケーブルと格闘して何とか繋げることが出来た、時間は掛ったが。
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