第2話 朝の配達
暑さががまだ残る二〇二〇年九月、世間ではコロナの猛威に怯えながらも社会は動き出そうとしていた。`GO TO 〜`という政府の政策がネットやテレビで喧伝されるなか、コロナによって押さえつけられた人々のエネルギーは外へ外へと向けられ始めていた。
「ヨネちゃん、川本さんから電話〜」
朝の目まぐるしいお客さんとのやり取りが一段落して、買い物をした商品を片付けていると店の事務所から僕を呼ぶ声がした。手に持っていたピオーネの箱をいったん台車に置いて、事務所のカウンターにある電話機に駆け寄った。
「はい、お待たせ。川本さん、何いこ?」
「ヨネやん、忙しいところスマンの〜、お客さんから急な注文が入ったんや」
大阪をぐるりと囲んでいる大動脈ー中央環状線。この中央環状線の北東部の道路沿いに川本さんのお店はある。バラックのような吹きさらしの外観、軒先からいくつもぶら下がっている裸電球、見たことも聞いたこともないような演歌歌手のポスターが貼られた川本さんのお店はお世辞にもお洒落とは言い難い。ただ、中央に並べられた色とりどりの果物はどれも一流の物たちが並べられており、時代を感じさせる外観と相まって何か説得力のある空気感を醸し出しているお店だ。
「シャインの化粧箱あるか、なるべく粒が大きいやつ」
「あるで、岡山の一キロでええかな、ちょっと高いけど」
「高いのはかまへんねんけど、粒は大きないとあかんで。んで、なんぼある」
「ニ束ある。だから化粧箱は全部で十六ケースになるよ」
「ナンボや」
「サータ」
「キリガネにならんか」
「さっき、なんぼでもええって言うてたやん」
「ウワッハッハツ、全部買うわ。それでどうや」
「しゃーないな、もう百円だけ付けさせて。荷物はどうする。昼からの配達でええんか」
「いや、十一時までに持ってきてくれるか。お彼岸やろ、早よ欲しいそうやねん」
「了解、今、みんな配達で出払っているから僕が行くわ」
電話を切ると僕は先ほど片づけていたピオーネのところに戻った。川本さんへの配達の前に、目の前にあるシャインマスカットやピオーネといった色とりどりの果実たちを明日の販売に向けて片づけてしまわないといけない。商品を産地や規格別に分類をして明日販売しやすいように綺麗にパレットに積み上げていく。それらの商品が積み上げられたパレットを今度は一枚一枚フォークリフトで専用の大型冷蔵庫のところまで運んで行き収めるのだ。そうした作業に小一時間ほど費やした後、僕は川本さんから注文を受けたシャインマスカットを両手に下げて表の駐車場まで運ぶ。白い軽トラの荷台にそれらを積み込むとすぐさまエンジンを掛けて中央卸売市場を飛び出した。川本さんのお店は市場から車で十分も掛からないご近所さんだ。なのに今日はどういうことか大通りに出ると直ぐに渋滞に捕まった。前方には中央環状線の上を通る近畿自動車道の橋桁は見えているのに近づくことができない。中ほどにある小さな川に架かる橋までやっとこさっとこ辿り着くと、僕は左折をして裏道を走ることにした。
片道ニ車線の中央環状線に面する川本さんのお店に到着した。お店の前には既に路肩に駐車場された買い物客の車が二台も停車しており、川本さんは杖を付きながらお客の対応に追われていた。僕は、川本さんに「まいど」と声を掛けると商品を店頭に置いて、中央環状線の渋滞の様をぼんやりと見つめながら待つことにした。
小売業全般に言えることだが、ここ四半世紀で販売チャネルは大きく変化した。専門店が集まる駅前の商店街が全盛期だった時代。大店舗法が施行され駐車場を完備した大型スーパーマーケットやショッピングモールが全盛期だった時代。今ではインターネット上で買い物をするのが当たり前となり過度な競争の中で勝者は次々と入れ替わっている。そんな中にあって、時代に取り残されたかのような川本さんのお店の強みは常連さんだった。お客様の多くは一見さんよりも、馴染みのお客様で占められており、経営者や経営から一線を引いた役員さんといった顔ぶれも多かった。お中元やお歳暮、お供えといったスーパーでは対応しきれない贈答用の果実の需要の受け皿としてお客様からは利用されていた。
「おまたせ、急に立て込んでな」
「忙しそうでええやんか。川本さんとこに来るときも、凄い渋滞やったわ、なかなか前に進まへん」
「連休やからか」
「そうやな、連休やし、ゴートゥートラベルやで」
「ゴートゥートラブルか」
「そや、ゴートゥートラブルや」
そう言って、僕と川本さんは顔を見合わせて互いにニンマリとした。川本さんから商品代金を受け取ると僕は挨拶を済ませて軽トラに乗り込む。帰りの道中も渋滞するんじゃないかと心配したがそれは杞憂で、中央環状線を外れると市場までの道のりはガラガラだった。市場に戻り駐車場に軽トラを停めて店に戻ろうとすると、
「こらー、ヨネ、何してんねん。」
僕を呼び止める声がした。
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