玩具の街へ
「おはようございます」
どこかでアップロードされていた昔のテレビ番組の真似をしながら、ぼくはベッドから這い出した。
今は外周5区にある商人用の高級な宿の一室だ。
小声で呟きながらみんなが寝ている横をすりぬけ、リビングのソファに座る。
高級宿だからリビングはもちろん、使用人の待機室まである。
このまま玄関に繋がる廊下に出れば、すぐに控えている護衛たちが気付くだろう。
流石に聖王陛下の学院視察は取りやめとなり、護衛たちは何とか別の機会を作ろうと奔走してくれている。
これだけでも奴らにはしてやられたって感じだ。
……その奴らに関して。
こんだけ大規模に色んなものを使って挑んできて、あっさり鎮圧されてはい終了。
そんなこと本当にあるんだろうか。
学院の教師たちも安心していいと言いながら、しかし寮まで閉鎖して騎士団は内部調査を続けている。
「マイクの宝物か……」
奴らの狙いは間違いなくマイクの遺産だろう。
どいつもこいつも他人の遺産や権利を狙って人様に迷惑かけやがって。
玩具の精霊の領域に入ることが出来るのは、本来は子供だけ。
あの時ぼくがやったみたいに、それを突破する手段があるとすれば、奴らは既に玩具の街に入り込んでいるだろう。
マイクの領域は、子供たちのために生きた玩具が眠るための寝所である。
今ですらメチャクチャにされていたのに、更に土足で踏み荒らされるなんて、正直いい気分はしない。
「怒られるよなぁ」
「だれに?」
かけられた声にびくんとしっぽが跳ねた。
スフィも起きていたらしい。
「……護衛のひとたち?」
「アリス、なにかんがえてるの?」
スフィが怪訝そうな顔をしている。
「……マイクの作った場所を、これ以上荒らされたくない。でも、玩具の精霊の領域に入れるのは子供だけ」
「前はおとなの先生たちも入ってたよ?」
「あれはでかい鳥に侵食されてたせいだと思う」
ブラウニーの知識によると、本来は玩具に招待された子供しか入れないらしい。
しかも時間帯は大人の寝静まった夜の間限定。
元々は夜に子供を狙う恐ろしいものから、子供たちを守るための場所なのだ。
侵食されたせいでバグって子供が迷い込むなんて本末転倒な結果になっていたし、大人も入り込めてしまった。
「また道を作る、とかは?」
「あれもコストが莫大だし、どっちにせよギルダスたちが許可しないでしょ」
帰り道を作るためにぼくも内部に入ることになるし、また心労をかけることになってしまう。
丸く収める方法はひとつだけ。
「夜のうちに招待ルートから玩具の精霊の領域に入って、夜のうちに帰ってくる」
「おぉー」
「……それにゃら、まぁバレずに済むかもしれないにゃ」
「結局みんな起きてるし」
パジャマ姿のノーチェだけじゃなく、フィリアとシャオまで起きてきてしまった。
これじゃひとりでこっそりって訳には行かないか。
「……寝室の方で話そう」
「おう」
巻き込んだほうが確実だと考え直す。
重力制御で浮かび上がりながら、ぼくはまた寝室へと取って返した。
■
寝室に戻ってすぐに大きなベッドの上に座る。
今はソファ代わりだ。
「危ないところにひとりで行かせられないもん」
「ひとりじゃないんだけど……」
「シラタマちゃんたち、いざという時アリスを止められないでしょ?」
「チュリィ……」
シラタマは同意しなくていいから。
スフィたちがベッドの上に座って話を聞く姿勢になったところで、ぼくも話を切り出す。
「ぼくとしてはマイクの領域を守りたいけど、無理をする気はない」
そこで大怪我をしたりするようなこと、それこそマイクは悲しむだろう。
だからといって、危険がないように距離を取って荒らされるのを黙って眺めるのも性分に合わない。
「だから正規ルートから玩具の領域に入って確認、問題がないようならすぐに戻ろうと思っていた」
「……そもそも、どうやって領域に入るにゃ?」
「ここ、学院からけっこーはなれてるよ?」
「ミカロルの館の話は学院以外でもあった」
夜中に子供を見守る玩具たちの話はアヴァロンのあちこちに存在している。
そして精霊やその眷属とはいえ、どこにでも自由自在に出現できるわけじゃない。
「たぶん、正規の出入り口はアヴァロンのあちこちにある。ブラウニーは玩具の精霊だから、そこの位置がわかるし出入りできる」
そもそも疑問だったのが、シラタマが教えてくれたぼくの家出計画だ。
最初はぼくがもう少し成長してからマイクが手引し、こっそりと外に出かける予定だったと聞いている。
……仮にも神星竜の娘をどうやって?
普通に抜け出すなんてのはまず考えられない。
今だって、気付かれずにこの部屋から外に出るのすら困難だろう。
だけど玩具の精霊が、凄まじい時間をかけて蜘蛛の巣みたいに玩具の領域の出入り口を張り巡らせていたら?
ぼくがいつでも自由に出入りできるように。
気ままにお忍びのお出かけを楽しめるように。
例えばその出入り口が、神星竜の住む『星降りの谷』の間近にあるとしたら?
奴等がどこからかその情報を掴んだとしたら。
「シラタマ、例の計画ってどのくらい知れ渡ってるの?」
「チュピリリ」
シラタマいわく、計画を知っているのは前世でぼくと一定以上の友好関係を築いていたアンノウンたちだそうだ。
みんながこっちに来てからどれくらい時間が過ぎているのかわからないけど、絶対秘密の計画ってわけでもないようだ。
知っていると仮定するなら、奴等が執拗にマイクの領域を狙う理由も理解できる。
源獣教は代々の星竜が守る"ナニカ"を狙っていて、たびたび衝突しているという話はそこそこ有名だ。
崩壊したのも、その争いが原因となって大規模討伐が行われたせいらしい。
今なお星竜と戦闘状態にある奴等の目的を考えれば、マイクの遺産を回収して戦力強化し、攻めるための中継地にするのは合理的かもしれない。
そんなことに利用されてたまるか。
「だから、奴等の思い通りにはさせたくない」
「……あたしらもミカロルとクマには仮があるしにゃ。まさか置いてくとか言わないよにゃ?」
「ひとりでいくのは、絶対にダメだからね?」
「わしだけのけものにしたら泣くのじゃ、いま、ここで」
「シャオちゃん……」
こういうところは、この子たちも子供らしいなと思う。
本当は全部話して協力してもらうのが正しい判断なんだろう。
失敗すれば死ぬかもしれないのに、自分の意地に友達を巻き込もうとしてる。
それでもここは譲れなかった。
マイクは気にしないとわかっていても、きっとぼくは引きずってしまう。
思い出す度に切なくて悲しくて、申し訳ない気持ちになる。
生まれ変わってまた出会うまで待ち続けて、守ってくれたマイクの記憶が、そんな悲しいものになるのは嫌だった。
「これはただのぼくのわがまま。できればみんなを巻き込みたくない。だからコレ以上は危ないと思ったら撤退する、その判断はノーチェに任せる。ぼくもノーチェの判断に従う」
「あたしにゃ?」
「自分でも冷静じゃないのはわかるから……頼むよリーダー」
「ふん、仕方ないにゃ」
こんなことを実行しようとしてる時点でぼくは冷静じゃない。
いい感じに第三者なノーチェなら、引き返せる範囲内で止めてくれるだろう。
「ブラウニー、撤退の指示があったらすぐ脱出って出来る?」
「…………」
頷かれて、謎のジェスチャーがはじまる。
ええと……。
出入り口は固定だけど、玩具の精霊だけが使える独自の移動通路みたいなのがあるらしい。
「ブラウニーちゃん、よく知ってるね」
「マイクの知識を引き継いでるからね」
自慢気に胸を張るブラウニーの頭を撫でながら、みんなの顔を見る。
「ここで準備すると物音で気付かれるから、装備は向こうについたら渡す。いざというときはぼくが怒られる」
「怒られるのはみんなで、だよ」
「うんうん」
「……うん」
スフィたちには頭が上がらない。これからみんなで悪いことをする。
音を出さないように協力し合って衣服を丸め、シーツの下に詰める隠蔽工作を行う。
それからタオルで軽く顔を拭いて目を覚ました。
ここでする準備はそれくらいだ。
「ブラウニー、いける?」
「…………」
頷いたブラウニーがぼくとスフィが使っていたベッドの下へ潜り込んでいき、暫くして上半身だけ出して手招きした。
みんなで顔を見合わせてから、しゃがんでベッドの下を見る。
ブラウニーが示す先では、床に大きな黒い穴が空いているように見えた。
「え、こわ……」
玩具の街の入口って……そういう感じ……なんだ。
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