鎮圧?

「どうして積極的に戦いに参加しようとすんですか!?」

「敵が上にいったら危ないとおもってぇ……」

「上にも護衛がいるでしょう!」

「ほんとだ」


 よく目を凝らすと剣を持った兵士が数人、階段上から下を覗き込んできている。

 って当たり前か。


「お願いですから動かないでくださいよ!」

「はーい」

「スフィお嬢様、頼みます!」

「はい!」


 スフィに背後から抱きしめられ、そのままソファの裏まで連行される。

 騎士のくせになんて卑劣な真似を。


「おこられちゃったね」

「ねー」


 みんなと一緒に戦うみたいなのに憧れてたから、ついつい動いてしまう。

 パンドラ機関の頃にしたって『最後に自分を守るのは己だ』って方針だったからなぁ。


「これどうするにゃ?」

「フードの連中が気になる」


 傭兵の類だろう3人は護衛たちが対処している。


「ハァッ!」

「なにっ!?」


 ヴィータが右手の細身の剣に赤い魔力光をまとわせ、右手下から左上に払いあげる。

 それを防ごうとした筋肉男の無骨な剣が、力負けして弾き飛ばされた。

 そのまま腕を引き戻しながら、柄頭を鳩尾に叩き込む。


「ぐがっ」


 膝をつく男の脇をすり抜けて、カインと向き合っている眼帯女へ迫る。


「うそ、速っ」

「どけ!」


 眼帯女は首に向かって振られた剣を上半身を反らして避けた。

 ヴィータは足を止めること無く一気に懐まで間合いを詰め、眼帯女の足先を踏みつけながら左の拳で脇腹を打つ。

 骨の砕ける鈍い音がして、眼帯女の顔が苦悶に歪む。


 完全に動きが止まったところで、剣を握ったまま拳でテンプルを殴りつけ、眼帯女は悲鳴を上げる暇もなく沈んだ。


「うおぉ」

「あの姉ちゃんつえー!」


 いつの間にか近くにきていたブラッドとウィグが感嘆の声をあげる。


「うーん、実戦スタイル」


 正統派の騎士っぽいのに、戦い方はすごい実戦的だ。

 もうちょっと形式的な戦い方をイメージしていた。

 いや護衛としては頼もしいんだけども。 


「アルヴェリアの騎士は実戦主義ですわ」


 ぼくたちと同じくソファを盾にしたマリークレアが、自分の護衛に守られながら自慢気に言い放つ。

 そういえばここって戦士の国だったっけ。


「お嬢様、あの方はやはり」

「他家の護衛の詮索なんて地味でしてよ! おやめなさい」


 とりあえず、見た目どおりに筋肉男が一番強かったようだ。


「チィ!」


 不利を悟った陰気男がジルオに向かってマキビシのようなものを投げつけ、扉の壊れた奥に向かって走り出す。

 ジルオは避けずにその場で踏みとどまり、両腕で顔を庇う。


「やれカイン! ヴィータはお嬢様を!」


 ジルオが叫ぶと、倒れた敵を拘束していたカインが舌打ちしながら懐に手を忍ばせる。


いななけ、ベレスラグナ!」

「うぎゃっ!?」


 閃光が走り、逃げる陰気男の背を貫いて薄暗い扉の向こうまで飛んでいく。

 陰気男の身体に風穴が開けられたのを確認する前に、マントを広げたヴィータに視界を遮られた。


「ジルオ、良かったのか?」

「生け捕りにしておくと厄介そうだったんでな、ふたりいれば十分だ」


 ジルオの息が妙に荒い。

 そういえばマキビシみたいなの食らってたけど、もしかして毒?


「ブラウ、あれ持ってきて」

「…………」


 頷いたブラウニーが散らばったマキビシのひとつを回収してくれた。


「お嬢様いけません!」

「平気」


 それに気付いて焦った声を出すジルオに、手袋をつけた右手を見せる。

 スライム素材の厚手の耐水グローブだ。

 土の中で分解されるため薬品の取り扱い時に便利である。


「『解析アナリシス』、生物由来の神経毒、ラウドマダラカエルあたりか」


 ラウド王国ではカエル自体殆ど見ないけど、わずかに生息する種類の中に毒虫を主食とするカエルがいる。

 その毒を背中の毒腺に溜め込み、皮膚を守る粘液として分泌するのだ。

 致死性はないし毒性は弱く、触れても皮膚がピリピリする程度。

 だけど傷口から入ると身体が動かしづらくなるため、麻痺毒として利用される事がある。


「命に差し障りはないけど、解毒剤もないタイプ」

「不覚でしたね」

「ちゃんと練気を鍛えておかないからよ」

「…………」


 身体強化術である『練気』の達人は皮膚を鋼鉄の鎧以上に強化することができる。

 ただし普通の人間が鍛えて辿り着ける限界値があるとして、その一歩先の話だ。

 あの物言いだとヴィータとかは当たり前のように出来るんだろうなぁ。


「下手に動かずここを固めたほうがいいか?」

「表はギルダスが固めている、敵が通路に使った場所だけは確認しておきたい」

「ジルオ、あなた動けるの?」

「毒には慣れている、ここは頼む」


 ジルオは懐から小さな瓶を取り出して中身を飲み干し、壊れた扉を睨みつけながら指示を出す。

 本人は本当に平気な様子で、身体の調子を確かめたあと扉の奥を調べに向かった。


「ねぇアリス、ラウドマダラガエルの解毒剤ってないんじゃないの?」

「普通の治癒ポーションじゃない?」


 傷を回復させる作用で相殺するみたいな運用は出来なくもない。

 一般的に売られている汎用解毒剤とかも、似た理論で作り出されたものだ。


 兵士たちが片付けと避難誘導に駆け回るのを眺める。

 狙いは生徒たちじゃなかったようで、護衛以外に怪我人こそ出ていないものの……。


「う、う」

「ひっく、もうやだ……」


 遠くからすすり泣く声が聞こえてくる。

 当たり前だけど、生徒はみんな子供だ。

 目の前で戦闘が起きて、喧嘩上等で殴り返しにいける子ばかりじゃない。


 流石にまた暫く休校かな、これは……。


「外はまだ鎮圧出来ないのか?」

「どうやらバラバラに逃げ回っているようで」


 扉付近の兵士の会話を聞く限りでは、敵はてんでバラバラに逃げ回る形で戦闘を避けており、捕まえるのに手間取っているみたいだった。

 敵の目的が玩具の街と仮定するなら、囮役が派手に動き回っている間に入口を探すつもりか。

 普通なら囮役の自己犠牲前提の無茶な策。

 だけど……こういうカルト集団って大概覚悟決まってるんだよなぁ。


 不意に扉の向こうから何かが飛んできて、カーペットの上に落ちて割れた。

 瓶の中には液体が入っていたようで、空気に反応して煙を出す。


「口をふさいで離れろ! シラタマ!」 

「お嬢様!」


 咄嗟に瓶の煙ごと凍らせてもらったと同時にカインがすっ飛んできた。

 ぼくとスフィを両脇に抱え、瓶から距離を取るように走り出す。


「ヴィータ、後ろを!」

「クレアお嬢様、離れてください!」

「まだですわ! 咲き乱れる光華よ、回り巡る星の光よ!」

「ぐえっ……シラタマっ、マリークレアが魔術を打ったら、すぐ、扉ごと凍らせ、てっ!」

「チュリッ」


 立ち上がったマリークレアが魔力光を纏わせた杖を扉に向ける。


「暗闇を穿つ閃光を放て! 乱れ散る星光スターダストレイ!」


 色とりどりの光が飛んでいき、扉の向こうで炸裂する。

 一瞬マントで身を守るようにしながら姿を隠す人影が見えた。

 すぐさま扉の付近が白氷で閉ざされる。


 それと同時にカインが離れた位置のソファの影に飛び込んだ。


「アリス、急にうごいてだいじょうぶ!?」

「まぁ平気。それよりジルオは大丈夫かな」

「あいつは器用な奴なんで大丈夫です。それよりさっきの瓶、あれって錬金術師が使うポーション瓶だったと思うんすが」

「恐らく毒ガスで制圧しようとしたんだと思う」


 どんな毒を使ったかはわからないけど、空気に反応して煙が出るタイプの液体か。

 まぁ誰がやったかはだいたい予想はついてる。


「シラタマ様がいなかったらまずかったですね」

「頼れる相棒だからね」

「キュルルル」


 機嫌良さそうに囀りながら、追いかけてきたシラタマがぼくの上に覆いかぶさる。

 前が白くて見えない、ていうか寒い、まるで吹雪の雪原だ。


「……とりあえず、こっちを狙ってるやつらはだいたいわかった。錬金術師がカルト集団の陽動の駒なんて、恥ずかしくないの? ねぇ!」


 隙間はあるのでぼくじゃなくても聞こえるだろう。

 状況を見れば、レヴァンがカルトと手を組んで、騒動に乗じて誘拐を企んだ……ってところかな。


 ぼくの煽りは聞こえているのか居ないのか、反応がない。

 おかしい、ぼくなら錬成で氷を崩すか壁をぶっ壊して派手に登場するのに……。


 まさか予想を外した? 失敗を察してもう逃げた?

 これじゃあ奴が壁や氷に手も足も出ないみたいだ。


「うぅん?」

「反応がないっすね」


 カインも懐に手を忍ばせながら氷の向こうを睨んでいる。

 沈黙が満ちていき、どうしたものかと思い始めたころ、今度は玄関側の扉が開いた。


「失礼する!」

「みな無事か!?」


 騎士の鎧を身に着けた40代くらいの男性が、同じ紋章が描かれた鎧を身につけた兵士を連れて入ってくる。

 その男性と並ぶように、知っている顔も入ってきた。

 護衛のギルダスとフォレス先生だ。


「お、きた」

「――!」

「概ねの鎮圧は終わった、何があった?」


 ギルダスがこちらに走ってきて、シラタマに半分身体が埋まっているぼくを見てぎょっとする。

 平常運転なので気にしないで欲しい。 


「恐らく手引したと思わしき奴が氷の向こうにいるんですが、逃げましたかね?」

「なんだと、レヴァンか!?」

「落ち着いてください、リーブラ卿」


 食って掛かってきた騎士のおじさんを、ギルダスが慌てて宥める。

 ぼくを押しのける勢いだったからだろう。

 うーん……リーブラ……リーブラ……。


「あ、ミ……ロって美味しいよね」

「何言ってるの?」


 危うくミリーのお父さんって言いかけてしまった。

 話し合っている護衛と騎士おじさんをよそに、身を隠しているミリーに近づく。


「お父さんと会ったことないの?」

「っ……あ、あるけど、こんな格好見られたくない。そういうの、ちょっとうるさい人なんだ」


 そういう反応するってことは、あの人が父親で合ってるのか。


「ミリーの現状知らないの?」

「敵を騙すには、まず味方からって……一部の人以外は知らないんだよ」


 敵にバレているのに頑なに女装は続ける、止めそうな人にだけはごまかして?

 ミリーの女装ってもしかして庇護者の趣味なのでは。


「リーブラ家のためにも、ローディアスのためにも、我々が捕らえなければならんのだ!」

「事情はわかりましたが」


 話し合っている護衛組を振り返る。

 あの人が当主だとすると、リーブラ家っていうのも一枚岩じゃないらしい。


「奥さんの蛮行を止めようってか、今更だけど」


 自分の手で捕らえるならまだ致命傷は避けられるか。


「どうしてたった数日でここまで大事に……! もっと早く無理してでも止めるべきだったか……」


 思わず口からぼやきが出たのだろう。

 騎士おじさんはぶつぶつ言いながら、部下を率いて氷の方へ向かう。


「お嬢様、あの氷は壊しても?」

「別にいいよね、シラタマ?」

「チュピ」


 カインに問われて本人にいいかどうか聞いてみる。

 そうしたら「やれるもんならやってみろ」って返ってきた。

 なんでそんなに喧嘩腰なんだ。


「なんだこの氷、傷ひとつ付かないぞ!」

「うわぁ! 斧が刃こぼれした! 買ったばかりなのに……」


 群がって氷へ攻撃する騎士おじさんたちだったが、武器を持ってしても氷の壁に手も足も出ないようだった。

 どれだけ硬く作ったの、シラタマ……。



 結局シラタマに氷を解除してもらってから、大人たちは寮内を捜索することになり、ぼくたちは兵士に誘導されて安全な近隣の宿へ移動させられた。

 フードはジルオがひとりで始末して回っていたらしく、ほぼ全滅。

 ついでにラウンジ奥にある時計の脇に隠し通路の入口が発見され、奴らはそこから入ってきたのだろうと推測された。


 そんな中、どれだけ探してもレヴァンは見つからなかった。

 判明している出入り口は監視されていたものの、未発見の隠し通路から逃げたのではないかと思われる。

 リーブラ子爵は悔しがっていたらしい。


 最終的に警備に犠牲を出しながらも、生徒たちは全員無事なうちに事態は終息した。

 首謀者であるハルファスという神官も捕らえられ、これから尋問が行われるだろう。


 鎮圧が完了した後、学院は一時的に閉鎖されることになった。

 早めの冬休みに入り、その間に隠し通路を含めた安全チェックをするようだ。

 建築系の錬金術師たちの年末デスマーチが確定したのである。


 かくして、源獣教による襲撃事件は幕を閉じた。

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