学校を襲うテロリスト

 結局護衛たちによりラウンジに押し込められてしまった。

 敵の動きが予想できない以上、個室だと孤立する危険があるという判断らしい。

 それ自体は納得しているんだけど……。


「状況がわからないと手持ち無沙汰だなぁ」

「お外がぜんぜんわからないね」


 一部の生徒は護衛込みで自室に閉じこもっている。

 ラウンジには個人での護衛を持っていない生徒が集まってきたようだった。

 戦える生徒は自分の武器を手に、戦えない生徒は身を寄せ合って震えている。


「賊が学院内に侵入、学院敷地内のあちこちに……」

「今朝からあちこちの区で騒ぎが起きている、連絡が錯綜して援軍が……」

「今は怯えている子のケアを優先して……」

「トラブルばかりだ、今年はいったいどうなっているんだ……」


 耳を動かして兵士の会話を拾うことはできても、ざっくりとした状況しかわからない。

 占拠ではなくあちこち転戦を繰り返しているようだ。

 制圧ではなく何かを探している動きに思える。


「アリス、やっぱり剣もう1本ほしい」

「……まだ慣れてないんでしょ、二刀流。武器も調整してないし今日はそれで我慢して」

「んー、わかった」


 念の為、許可を得てこっちの陣営には武器を配った。

 しっぽ同盟もフル装備。戦闘準備は万端だ。

 もちろんクラスメイトや友人たちも自分たちの装備を持ってきている。


「おれだって戦えるのに!」

「戦えることと前線にでることは別」 


 心配なのはやる気を漲らせるブラッドと同じ犬人のウィグ、無茶をしそうで心配だ。


「…………」

「…………」

「なに?」


 なんともいえない表情でノーチェとフィリアがぼくを見てくる。


「いや、おまえ、さっきにゃ」

「うん……」

「ぼくは前線に出たいなんて言ってない、敵が狙ってそうな場所の様子を見にいきたいって言っただけ」


 戦いに行くんじゃなくて様子を見にいくのだ。

 よくて斥候、悪くてステルスキル、無駄な戦いはしない。


「まぁこっち側もフル戦力だし、迎え撃つ準備はできている」

「戦う機会なんてこなければいいんだけど……」

「庶民は私が守りますのでご安心なさいまし」


 マリークレアも宝石のはまった杖と本を持ち、見たことのないアクセサリや外套を身に着けている。本気モードだ。


 ぼくの本気モードは気軽に使えないし、ドクターのマスクはロドに見られちゃってるからな……。


「でもなんか、災害の訓練みたい」

「ね」


 襲撃を受けているとはいえ、ここは敵の狙いじゃない上に守りも堅い。

 何もしない時間が過ぎると生徒たちもだんだんと気が抜けてきているようだった。


「奥から誰か来るけど」

「え?」


 そんな中、奥側に続く扉の向こうからきしむ音が聞こえる。


「なんだお前たちは――うわああああ!?」


 扉の向こうから鋭い誰何の声が聞こえるなり、扉が吹き飛ばされた。


「きゃああああ!」

「フリーズランサーセット」


 兵士の格好の男が、扉ごとラウンジの中央まで飛んできた。

 突然の出来事にパニックに陥って逃げ回る生徒たちが邪魔だ。

 即座に扉の向こうに氷の槍を打ち込んでやろうと思ったけど、無理だった。


「先手必勝しそこねた」


 頭の上に浮かんでいる槍を両手で1本ずつ掴み、錬成で加工する。


「前には出ないでくださいよ!」

「ぼくは後衛だってば」


 少し離れた位置に居た護衛たちは、ぼくが奥の音に気づいたときには既に目の前に居た。

 どうみたって後衛の動きなのに、カインは何故かぼくが前に出ることを心配している。


「毛むくじゃらのガキってのはどいつだぁ」

「どきな、金貨100枚はアタイのもんだよ」

「ヒヒ、半獣だらけだ、もう何匹か持っていこう」


 黒いフードを被った連中を引き連れたやばそうなのが3人。

 眼帯をつけた赤髪の女、真冬に鍛えた上半身を見せびらかす筋肉男、いかにも陰気そうな男。


 強いんだろうけど、護衛だけで十分そうだな。


「くそ、よくもロシェを!」

「雑魚はすっこんでろぉ!」

「ぐわあああああ!」


 最初にやられた兵士の知り合いっぽかった兵士が剣を抜いて挑みかかるが、筋肉男に殴り飛ばされて柱に叩きつけられる。

 太い骨が折れる音がした、割れた骨が重要な血管を傷つけてないといいんだけど。


「我々は探さなければいけないものがある」

「ああ、好きにしろ……俺たちも仕事をさせてもらう」

「砂色の毛むくじゃらのガキ、あいつだね」


 こっちに気付いた襲撃者のお姉さんを無視しながら、最初に倒された兵士の方へ向かう。

 うーん、心音と脈がおかしいな。

 ええと物理的ショックによる不整脈の処置はっと……。


「アリス、なにやってるの!?」

「放っといたら死んじゃいそうだし」


 胴体あたりを殴られたショックで心臓の動きがおかしくなってるのだろう。

 確かこういった時用のポーションがあったけど、飲ませるのは難しいか。

 緊急用の注射器セットは確か鞄の中に……。


「アタイが頂くよ!」

「待て! 抜け駆けは許さんぞ」

「やらせる訳がないでしょう!」

「ヒヒ、さすが聖王国、ツワモノ揃い!」

「通すと思うか」


 成人男性は血管がわかりやすくて打ちやすい。

 ポーションを注射をして暫くすると、脈が落ち着いてきた。

 胸元を触った感じ、折れた肋骨が内臓に刺さったりはしていなさそうだけど。


「ねぇ動ける人、この人連れていって手当してあげてー」

「お兄さんたすかる?」

「わからないけど、致命傷は回避した」


 彼は運が良かったようだ。


「ほんとマイペースだにゃ」

「護衛がやってくれてるし、大丈夫だと思って」


 ちらりと見ると、怪しい3人組と護衛たちの戦いがはじまっていた。

 マッチアップはヴィータと筋肉男、カインと眼帯の女、ジルオと陰気な男。


 戦況としてはヴィータが終始優勢で押していて、カインは若干押され気味、ジルオは互角で攻めあぐねているように見える。

 ヴィータがどれだけ早く筋肉男を倒して他の加勢に入るかだな。


「あたしらの出番はなさそうにゃ?」

「そうかもしれない……けどっ!」

「くっ」


 持っていた氷の槍をラウンジの2階にあがろうとしていたフードのひとりに投げつける。

 登ろうとした足場に鋭い槍が刺さり、フード野郎は回避しようとしてよろけた。

 いや、他の子達が2階に避難しているのを追いかけているように見えたから。


「てや―!」

「ぐおお!」


 意図を汲んだスフィの風の刃による追撃を受けて、とうとう男は階段を転がり落ちてきた。

 床に追突する勢いで男が倒れると、切り裂かれたローブの内側からコロンと小瓶のようなものが出てくる。


「……なんだこれ?」


 真っ黒い何かが入った小瓶。

 足元に転がってきたそれを拾い上げる。


 中身は揺らめく漆黒の何か、見ていると時折向こう側に銀河のようなものが見えることがある。


「あ、アリス? どうしたの? 大丈夫?」

「……あれ? 平気。どうしたんだろ」


 スフィに頬を拭われて、自分が泣いていることに気付いた。

 こんな得体のしれないものに思い入れはないはずなのに。

 見ていると……どうしてか懐かしくて暖かい気持ちになる。


「返せ! 不敬な! それは貴様らごときが触れていいものではない!」


 致命傷は避けていたローブの男が立ち上がり、こちらに向かってくる。


「チ゛ュリ゛リ゛リ゛!」

「がああ!?」


 シラタマが怒りの声をあげながら元サイズに戻り、フード男の顔面を蹴り抜いた。

 走り出す勢いでシラタマの蹴りを食らい、男は床に凄い音を立てて激突する。

 動かなくなった男を更に遠くへ蹴り飛ばすと、シラタマは羽を震わせながら戻って来る。


「ヂュルルル」

「……なんか凄い怒ってるにゃ?」

「何かが逆鱗に触れたらしい」

「こわー」


 何が触れたのかはわからないけど、あの男も運が悪かった。

 他のフードの連中は奥側に戻っていったようだ。

 この場に残っているのはあの3人だけか。


「だからなんでっ! 自分から戦いに行ってんですかあ!!」

「かはっ!?」


 戦況を確認するとそこには怒れるものがもうひとり。

 キレたカインが凄いキレのある動きで眼帯女にカウンターを食らわせ、よろけた顎を蹴り上げた。

 さっきまで若干不利な感じだったのに、怒りは人を1段階強くするというのは本当らしい。

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