敵の狙いは
「家のほうが精霊も多いしいいんじゃにゃいか?」
「雪の精霊の強みは環境戦、直接攻撃力は低いんだよ」
「ヂュルルル」
シラタマに背負われながら学生寮へ向かう。
幸いまだ騒ぎになっていないようで、すれ違うように兵士たちが馬車のりばへ走っていく。
「でも精霊のだした氷って中々割れないにゃ」
「あの狭い家を囲んだらぼく以外全員凍死する」
敷地全部を分厚い氷で覆えばそりゃ守りは完璧だけど、同時に極寒の冷凍庫と化す。
硬い氷はすなわち温度が低いのだ。
学生寮くらいの大きさならまだしも、普通の民家の防衛には正直向いていない。
「ぶっちゃけ、フォーリンゲンで会ったみたいなやつを警戒してる。街なかで騒ぎを起こしてその隙に……っていう手口が似てる」
「……にゃるほど、どおりでなんか、こう、あの」
「既視感?」
「そう、デジャヴュを感じると思ったにゃ」
ノーチェもフォーリンゲンのことは覚えているようだ。
「あの時遭遇した蛇女とか、厄介な騎士とか。警戒すべきは単体で強いやつ。狙いがわからない以上は戦力層の厚い場所に居たい」
警戒しているのは雑兵じゃなくて強力な単騎。
ザコならともかく、強者を相手にするのにあの家は狭すぎる。
学院ならスペースも十分あるし、フォレス先生とハリード錬師もいる。
他にも戦える教師はたくさんいるだろう。
生徒だって弱者ばかりじゃない、戦力という意味なら十分すぎる。
「杞憂で済むならそれでいい、お泊りするだけだし。それよりも狙いがぼくだった場合がきつい」
「……そういえば、アクアルーンで会ったくまさんもわるものがアリスを狙ってるって言ってた」
「そいつが関わっている可能性があるなら、神兵みたいなのが出てくる可能性が高い」
今のところ主犯の心当たりがある組織は2種類。
ひとつは光神教会に属する『影潜みの蛇』、人間を神の手駒である神兵に改造したり、おかしな力を与えたりする奴ら。
ぼくを狙っている奴が裏にいる組織、神に近しい存在で地上ではそうそう動けないらしいけど、諦めてはいないだろう。
もう一方が源獣教の残党。
玩具の街で会った変な鳥もその一味のようだけど、ぼくのことを狙っている感じではなかった。
ただ動きから察するに繋がりがあると考えたほうがいい。
「とりあえず」
――カラーン、カラーン
学生寮に入って立てこもろうと言いかけたところで、不思議な鐘の音が響いた。
学院の鐘じゃない、街の時鐘とも違う。
「……この音は、おい、まさか!」
「カイン?」
音を聞いて考え込んだカインが焦ったように叫んだ。
「お嬢様! 絶対に俺から離れんでくださいよ!」
言うが早いか、カインは指笛を吹き鳴らす。
ピューという甲高い音が鐘の音に混じって響き渡った。
「カイン、どうしたの?」
「手短でいいから説明して」
「源獣教の神官の中に戦乱の鐘っていうアーティファクトの保有者がいたらしいんですよ。指定した場所から目印に向かって生物を送り込めるっていう、厄介なアーティファクトです」
転移系アーティファクトじゃん、ずるい。
「なんで絶対に離れないでください、敵がどこから来るかわかりません」
「…………あれか」
してやられたってことかな。
おそらく最初のポイントは馬車乗り場、大量の荷物の中に目印でも紛れ込ませたのか。
最初に数人送り込んで目印を別の場所に移し、本隊を送り込む。
アーティファクトが想定通りの性能なら、だけど。
「神官の中でもとびきり厄介と言われていた要注意人物ですよ。もう10年以上は表舞台に出てこなかったやつなんですが……」
「ていうか強すぎにゃいか、そのアーティファクト」
「厄介ですが条件が厳しかったはずです。一定範囲で一方通行、送る側にも"鐘楼"が必要でそんな簡単には使えないとか」
聞く限りだと、強力で便利だけどぶっ飛んだ性能というわけでもなさそうだ。
寮の入り口でカインと立ち止まって1分も経たないうちに、ジルオとヴィータが走ってくる。
「カイン! 何があったの、この鐘の音は!?」
「まず学生寮に入れ! 守りを固めるぞ!」
動揺しているヴィータを、ジルオが窘めながら学生寮の玄関扉を開ける。
ぼくたちは指示に従い、並んで寮内に入っていった。
■
「まさかこんな事態になるなんてな……」
「部屋に装備を取りに戻りますわ、従者も集めなくては! ごめんあそばせ!」
「あ、まってクレアちゃん!」
マリークレアが意気揚々と自分の部屋に向かい、クリフォトがそれを追いかけていく。
「しかしこれだと家に戻ったほうが安全だったかもね、ミスったなぁ」
「いや、判断をしたのは俺で」
「切り替えて次考えよう」
奴らの狙いが学院だということがハッキリした。
コスト度外視で学院をひっかき回すなら、むしろ学院の中に目的があるのだろう。
ってカインが何故か変な顔してる。
「やつらの目的が何か」
中央ホールにある椅子に座り、一息つく。
「おそらく学院にある何か、前回ぶっ飛ばした変な鳥の動向を考えると、マイク関連だと思われる」
「変な鳥? マイク?」
「マイクは玩具の精霊神さまのことだよ、アリスはそう呼んでるの」
「そう、ミカロルじゃなくてマイク」
首を傾げる護衛たちにスフィが解説を入れてくれる。
どんな伝わり方したのかは知らないけど、マイク・ロールが正しい名前だ。
「そういえば、お嬢様たちも夏前の失踪事件で玩具の精霊神の領域に入られたんでしたか」
「うん、そこでおっきい鳥に襲われて、マイクさんが助けてくれたの」
「……消滅覚悟でね」
切り替えが上手いほうだと思ってたんだけど、やっぱりまだちょっと引きずってるな。
「チュリリ、チュルル」
「…………」
「大丈夫、ありがとう」
シラタマが前髪にぶら下がりながら顔を覗き込んできて、ブラウニーが横からぎゅっと抱きしめてくる。
心配させてしまったというか、ブラウちょっと大きくなってない?
立ってみるとぼくより拳1つ分くらい背が高いんだけど。
「ぬいぐるみって成長するんだ……」
「精霊だからじゃにゃいの?」
いやフカヒレだって大きくなってるから、成長するのは不思議ではないんだけど。
まさか物理的に背が伸びるとは。
「しかしそうなると、源獣教徒の狙いはミカロルの秘宝でしょうか」
「なにそれ」
ジルオの口からぼくの知らない情報が出てきた。
「ただの噂じゃないんですか?」
「私もおとぎ話で聞いたことはありますけど、作り話だとばかり思っていたわ」
ルークとゴンザは知っているようで、会話に混ざってくる。
「いつからでしょうか、ミカロルが古い神様から宝物を貰い、自らの館に隠しているという話が出回ったんですよ」
「ミカロルのプレゼントの話よね。持ち主の子供に嫌われてしまったミカロルが、仲直りするためにたくさんの宝物を集めて回る話。結局会えたかわからない終わり方なのが印象的で悲しくて、あれを読んで自分の玩具のことを大事にしなきゃって思ったのよ」
…………………………。
「アリス、だいじょーぶ?」
「あの赤い変な鳥さえいなければもうちょっと時間がさ……」
過去がリングコーナーまで追いかけてボディを狙ってくる。
反則だから止めてほしいけどレフェリーが居ない。
「それ自体はその隠した財宝のエピソードから作られた絵本です。ですが、ミカロルが実在している以上は何かしらの宝を隠していても不思議ではないかと。学院に源獣教の狙いがあるとするなら可能性はありますね」
凹んでいる間にジルオが話をまとめていた。
「……取り敢えず玩具の街の様子をみにいこう。ブラウニー案内して」
敵の狙いがマイクの精霊領域なら、荒らされるのを黙って見過ごすのも腹立たしい。
仮にマイクがぼくに遺した物が実在しているなら尚更、奴らに渡すわけにいかない。
ブラウニーなら出入り口を知っているだろうと声をかけて立ち上がる。
「ダメです」
「無理です」
「諦めてください」
が、集まっていた護衛3人に阻まれた。
いいじゃんちょっとくらい……。
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