どこかで見た手口

 エックスデーまであと1日。


「そういえばふと思ったんだけどさ」

「うん?」

「ぼくたちって獣人ライカンなの? 竜人ドラゴニュートなの?」

「うーん……」


 前夜祭がはじまり、大通りは飾り付けられ、街中に陽気な空気が流れている。

 既にお祭りムードではあるけど、前夜祭の期間は長いので、出店なんかは後半に出てくるらしい。

 そんな訳で今日も自主訓練を終えたあと、みんなで外周5区の商店街を歩いていた。


「ど……どらいごん?」


 何気なく発した疑問に悩んでいたスフィが答えた。

 なんか怪獣みたいだ。

 そんなくだらないやり取りを挟みながら、道中の店でおやつを買い、みんなで分け合う。


 適当にぶらついたあと、テラス席のある店でお茶を飲んで一休み。

 なんか学生の放課後ってかんじがする。


「ノーチェ、書けた?」

「うーん……あたしの得意武器ってなんだにゃ?」

「カタナじゃないの?」


 ノーチェは武術大会幼年部に出るための申請書類を書いている。

 どうも10歳以下、11歳から14歳まで、15歳以上の3部に分かれているようだ。


 ノーチェは今年で9歳なので幼年部に出ることになる。

 正直無双するだろうなと思ってる。


「いいなぁ、スフィも出たかった」

「さすがにね」


 スフィは護衛から物凄く丁寧に思いとどまるよう説得されて、参加を断念した。

 来年からの星鱗祭に期待である。


「ブラッドとゴンザも出るんだよね」

「んぐっ、おう!」

「勉強がてらね、本番は次の星竜祭のつもりだけど」


 ゴンザは11歳、ブラッドは10歳。

 年齢を考えると、たしかに本番は次あたりになるだろう。

 今回の幼年部の決勝はノーチェ対ブラッドになりそうだなぁ。


「ノーチェがんばれ、応援する」

「ぶっちぎりで優勝してやるにゃ」

「ええー! おれも応援してくれよ!」

「ブラッドもがんばって、負けて」

「おう! まかせろ!! ……ん?」

「お待たせしました、森のごちそうパンケーキです」

「おおー!」


 ドンっと胸を叩いたあと、何かに気づきそうになったブラッドのところに積み重ねられたパンケーキが運ばれてきた。

 気付きを放りだしたブラッドは、目をキラキラさせながらパンケーキにフォークを突き立てる。

 いいタイミングだ。


「うめー! アヴァロンってうまいもんいっぱいだよな、里じゃこんなの食べたことねぇ」

「獣人の里の暮らしってどんな感じなの?」

「うーん、森、森……草?」


 ブラッドの語彙力だと具体的なものが伝わってこないな。

 取り敢えず森の中の暮らしってことは理解できたけど。


「かよわい都会っ子のぼくには耐えられなさそう」

「だろうにゃ」

「うんうんうんうん」

「そうだね……」

「そうね、難しそうね」


 ぼくの言葉に全員が強い同意を示す、とくにスフィが激しく頷いている。

 おかしいな、「どこがかよわいんだ」って大きなツッコミポイントに誰も気付いてない。


 わいわいと喫茶店での時間を過ごしたあと、みんなで大通りに出る。

 竜を模した飾り付けを眺めつつ歩き出したところで、走る音が近付いてきた。


 明らかにこっちに向かってきている。

 音の方を見ると、日焼けした獅子人の少女が全力で向かってきた。


「うおー! みんなげんきだったかー!?」

「リオーネ?」

「ていっ!」


 見知った相手が目の前に凄い速さで迫ってきたと思ったら、間に入ったスフィがリオーネを投げ飛ばす。

 一方で放り投げられたリオーネは空中でくるんと身体をひねり、危なげなく着地した。


「とうっ!」

「こら、待ちなさいリオーネ!」


 慌てた様子でリオーネを追いかけてきたエルナが、ぺしんとリオーネの頭を叩いた。


「いたっ」

「いきなり飛びついたら危ないでしょ!」

「アリスが怪我したらどーするの!?」

「ご、ごめん……」


 ふたりがかりで叱られて、リオーネがしょげたところでエルナがこっちに向き直る。


「ごめんなさい、びっくりさせてしまって。久しぶりね」

「言うほどでもない気はするけど」


 前回から数ヶ月……って、子供からすると結構長い時間か。


「お祭りの間はお休みでいいって言われたのよ。リオーネが折角だからみんなと一緒にお祭りを見たいって言ってね」

「そうだゾ」

「でもどうして5区に?」


 このあたりは言ってしまえばオシャレ地域。

 獣人の姿なんて殆ど見かけない。


「乗合馬車に乗ってたらみんなの匂いがしたんだゾ!」

「それで、途中で降りて探していたのよ」


 なるほど、そういうことか。

 それにしても匂いで探知するとはさすがは獣人。


「走るほうが速くないにゃ?」

「今は人が多すぎるのよ、危ないわ」


 ノーチェの疑問にゴンザが答える。


 アヴァロンでは馬車や竜車専用の高速道路以外にも、騎獣と馬車用の道路なんかも整備されている。

 ぼくたちも普段はその道を走ったりして通学してる。


 ただ、今の時期は普段より人の往来がずっと多い。

 獅子人の速度で走ったら間違いなく事故るだろう。


「急ぎでもないし、お給料も貰ったから乗り合い馬車で行こうって話になってね」

「馬車は遅いけど楽チンでいいナ」

「……馬車が……遅い」


 なぜかルークが驚いている。


「普段のスフィたち見てたらわかるでしょ」

「……待て、まさかあの速度で長時間走れるのか!?」

「スフィと一緒にされるのは心外にゃ! こいつはスタミナおばけにゃ!」

「この双子がおかしいだけなのじゃ! もうちょっと普通じゃ!」

「シャオ! ひどい!」


 シャオたちのひどい物言いにスフィが膨れる。


「おねえちゃんたちはまたお泊り?」

「流石に何度もお邪魔するのも悪いから、今回は宿を取ったわ。迎えに来る両親との待ち合わせ場所も欲しかったし」

「ミカロルの玩具箱亭って知ってる?」

「しってるしってる!」


 知ってる名前にスフィたちが盛り上がる。

 外周7区にある羊人の女性が経営している宿屋だ。

 家が見つかるまでの間、短い間だったけど世話になっていた。


 料理が美味しくてたまに行ってはいたんだけど、秋以降は忙しいのもあって顔を出せていなかった。


「班長の姪がやっている宿屋があるからって紹介されたのよ」

「いいところだよ、女将さんやさしかったし」

「へぇー」


 獣人コミュニティつながりか。

 そういえば、そっち方面にコネクションを作っていなかったなぁ。

 結果的に親は見つかったけど、なんでか無意識に獣人族との接触を避けていた気がする。


 それから、エルナたちをクラスメイトに紹介したりしながら時間を潰し、程々の時間で学院に戻ることになった。



「アリスちゃんたちも一度戻るの?」

「馬車が待ってるの」

「馬車……錬金術師ギルドの?」

「ううん、お家の……ええと」

「まさかご両親が見つかったのか!?」

「う、うん……」


 ぼんやりしていると、スフィが話してしまったようだ。

 唐突に齎された情報にしっぽ同盟以外の全員が驚いている。


「よかったじゃないか、どんな人だったんだ?」

「まぁ、よかったですわね!」

「よかったわねぇ、お家に戻れるの?」

「よかったな!」

「う、うん?」


 スフィは嘘があまり得意じゃないので、どうしてもぎこちなくなってしまう。


「父親はハートランド伯爵だった。旅の砂狼人との間にできたんだって」


 仕方ないので、代わりにぼくが打ち合わせ済みのカバーストーリーを話す。

 いずれはバレる話だし、親しい子ばかりの場でよかったかもしれない。


「伯爵様ぁ!?」

「嘘ぉ!」

「まぁ!」

「それはまた、中々の大物だったな」


 みんなでわちゃわちゃしてるせいで、誰が喋ったのかぼくにもわからない。

 ただマリークレアとルークだけはハートランド伯爵の噂を知っている様子だった。

 子供にも知れ渡ってるんだな、子沢山……。


「でもそっかぁ、伯爵様のお嬢様だったんだ……」

「じゃあ伯爵様のお家で暮らすの?」

「色々あったから、後ろ盾として認知だけもらって平常通りになる予定」

「でも色々あったばかりであぶないから、家までは馬車を使うようにって」

「へぇ、放任なんだ」


 こっちは本当だ。

 いらないと言ったのだけど、何か情報でも掴んでいるのか今回ばかりは強引に馬車が用意されてしまった。

 つまり警戒しろということでもある、だからさっきの外出も人目のある場所にしか行かなかった。


「そう考えると君たちの家が中々凄いことになるな」

「たしかに」


 ほぼ全員が権力者の血統で更に精霊屋敷、我が家がありえない場所になりつつある。

 もはやエリア型アンノウンだ。


 アンノウンからは逃れられないのかと思いながら校門をくぐり、馬車のりばに向かう。

 護衛たちの待つ馬車から少し離れたところに、同じ様式の馬車が複数止まっていた。


 1台、2台……8台もある。

 並べられた馬車を武装した兵士たちが検査している。


 横目で見ながら反対側にある自分たちの馬車に向かうと、カインがなんともいえない表情で向かいの馬車を見ていた。


「……なにあれ?」

「どうやらレヴァンっていう教員への届け物だそうですよ」

「あぁ……」


 それで兵士たちが厳重にチェックしているのか。

 配達してきた特徴のない男たちまで捕縛しそうな勢いだ。


「学院内に入れていいのかな」

「流石にあの数だと門の前でやるわけにもいかないんで」

「……それ、大丈夫なの?」

「簡単な検査だと錬金術の素材だったみたいで、いまは錬金術師の教員を呼んでチェック中です」


 やばいものが見つかればそのまま証拠として逮捕って感じかな。


「さぁさぁお嬢様がた、暗くなる前に帰りましょうか」

「はーい! あ、おともだちもふたり、一緒に帰りたいの、いい?」

「ええ、そのくらいなら構いませんよ」


 当然外にいる時も護衛はついていたので、ある程度の事情は把握しているだろう。


「じゃあみんな、また明日」

「またですわ!」

「ああ、また」


 みんなと別れを惜しみながら、スフィから馬車に乗り込んでいく。

 カインに手を伸ばされ、引き上げられる瞬間、兵士が疑惑の馬車から荷物を下ろすのが見えた。


 開けられた箱の中身は、一見石炭にも見えるこぶし大の黒い石。

 兵士がそれを手にした瞬間、石が怪しい光を放った。


「うわぁ!」

「くそ、何だ!」

「ギャアアアア!」


 兵士たちの驚く声に混じって聞こえたのは、耳障りな鳴き声。


「ゴブリンだ! 突然現れたぞ!」

「早く馬車に!」

「ちょ……」

「わわっ!」


 いきなり馬車の中に押し込まれたぼくをスフィが受け止める。

 

「呼び寄せの石」

「へ?」

「召喚術を発動させる魔道具、内部術式はおそらく幻獣召喚」


 召喚術にも種類はあるが、原理そのものはおおむね同じだ。

 契約した対象の情報を、魔力を編んで作り出した幻体アバターに宿すことで、その存在の力を借りる。


 基本的には力のある魔獣や精霊と事前に契約し、目印となるものを貰わないといけない。

 非常に手間のかかる魔術だ。

 しかしそれをせずに相手を呼び出すこともできる。


 特定の魔獣に対するイメージそのものを幻体に宿すことで、魔獣そっくりな存在を呼び出せる。

 例えば、ゴブリンのイメージを幻体に宿せばゴブリンそっくりな幻獣が呼べる。


 事前の手間なく呼びだせるけど、召喚者と幻獣の間に信頼や協力関係はない。

 なので幻獣は言うことを聞かないため、敵地で呼び出して暴れさせるのが主な使い道だ。


 当然ながら街中に持ち込もうとしただけでぶち転がされる品物である。


「国際魔道具輸出入管理法にいわくなんびとたりとも政府の許可なく国民の身体ならび財産に瑕疵をもたらしうる物品を」

「それより外のみんなは!?」

「あれは高い割に弱い魔獣しか呼び出せない欠陥魔道具」


 マイナーな理由は単純で、コスパが悪すぎるからだ。

 魔術師が自力で呼び出すならまだしも、魔力に反応して自動的に幻獣を呼び出す魔道具を作るには、当然ながら高度な知識と技術が必要になる。

 そして御存知の通り、術式は複雑かつ高度になるほど長大になっていく。


 あのサイズで編めるような幻体と、そこに宿せる魔獣の情報の組み合わせなんて、冒険者ランクでいえばFランク相当がやっとだろう。


「迂闊にさわるなと言ったおいただろう!」

「すいません!」


 外から聞こえるのは怒りの声くらいで、悲鳴は既に止んでいる。

 扉をあけてちらっと覗き見ると、既に現れたゴブリンは倒されて消滅していくところだった。

 死体が残らないってことは召喚術で呼び出されたもので間違いない。


「もうそれに触るんじゃない! 呼び寄せの石だ!」

「はい!」


 正体に気付いた兵士が叫び、全員が慌てて荷物から距離を取る。

 魔力の供給がなければ起動はしない、今の全魔道具の欠点だ。


 ……ただ。


「ねぇカイン」

「乱暴ですいません。ですがこのまま家までお送りします。家の周りが騒がしくなるかもしれませんが、あっちのほうが守りやすいんで」

「そうじゃなくて、街なかにばらまかれたらやばくない?」


 戦える人間からすれば、幻獣召喚で呼び出されたゴブリンなんて殆ど脅威にならない。

 奴らの脅威は集団でいることに集約されている、単体でぽっと出てきてもザコ同然だ。

 ただしそれは、戦える人間から見た話だ。


「お嬢様、あの魔道具はとても高価で……」

「コスト度外視でやってる可能性がある」


 街なかに危険な魔道具をばらまいて祭りをメチャクチャにする。

 まるでフォーリンゲンでやっていたような手口だ。


「今から下手に街中に出るより、学院にいたほうがいいんじゃない?」

「……検討の余地ありですね。学生寮へ行きましょうか」


 相手の目的と範囲次第ではあるものの、家に戻るより戦力の集まっている学院のほうが安全かもしれない。

 あっちの家はガードは硬いけど"守り"には適してないんだよね、何しろ一般民家だから。


 エルナたちを匿うなら404アパートも使えなくなるだろうし、それならいっそ避難所としても機能する学院に立てこもったほうが良い。


 街に混乱をもたらして本命を狙う戦法は、やっぱりフォーリンゲンで見たやり方に似てる。

 相手の狙いがわからないうちは分散しないほうが良い。


 家は雪の精霊たちに任せておけばいいし、学院にはマイクの遺した精霊領域がある。

 きっとぼくたちを守ってくれるだろう。

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