潜入大作戦
穴を身を投げると、重力制御を使った時のような奇妙な浮遊感のあとに景色が切り替わる。
可愛らしい柄の壁に囲まれた廊下、床は子供が好きそうなはっきりした色合いのカラフルな素材で、踏むと沈む程度に柔らかい。
「ひゃ!?」
「にゃっ」
数秒して近くにスフィとノーチェが落ちてきた。
スフィは悲鳴を上げながら床に落下し、ノーチェは咄嗟に身体をひねって綺麗に着地した。
さすが猫。
「スフィ、大丈夫?」
「うん、びっくりした。ここ柔らかいね」
「足ひねりそうだったにゃ」
スフィは素直に落ちたから平気だったけど、ちゃんとバランスを取ろうとしたノーチェは逆に危なかったようだ。
全部の子供が出来るわけじゃない。
「きゃあっ!?」
「のじゃあ!」
続いてフィリアとシャオも落ちてくる。
クッションになっている床のダメージはなさそうだ、やっぱりそのまま落下が前提の設計なのか。
これで全員揃った。
見渡す限りずらっと扉が並んでいて、廊下はかなり長そうだ。
「……前とぜんぜん雰囲気ちがうね?」
「こんなカワイイ感じじゃなかったにゃ」
「うん」
以前きた時ははパンドラ機関の偽装市街地にそっくりだったんだけど、今回は見た目からしてぜんぜん違う。
前来た時はいわゆる違法ルートからの侵入だったからかな。
「扉がいっぱいあるのじゃ」
「これって、もしかして街のいろんなところに繋がってるの?」
「おそらく……」
ブラウニーを見ると手を動かして説明してくれた。
ええと……さっきみたいな穴は玩具の精霊が作れる一時的な通路。
作るには条件を満たしている必要があって、どこにでも作れるわけじゃないらしい。
……特定の条件に合致する子供が滞在している部屋で、時間帯は夜限定。
場所はベッドの下か、押し入れか、クローゼットの中。
更に入口は一晩で消えてしまうため、元の場所へ帰るには朝が来るまでに同じ場所に戻る必要がある。
消えてしまった場合は別の出入り口を使うことになるようだ。
もし間に合わなければ盛大に怒られるどころか、護衛たちの胃が死ぬ事案が発生してしまう。
「……ってかんじみたい」
何とか翻訳して伝えて、疲労感に深く息を吐いた。
言語として伝わってるわけじゃないから解釈が大変なのだ。
裁縫箱のくだりも『裁縫道具を抱きしめているブラウニーの絵』みたいなイメージを伝えられ、そこから意図を解釈する必要があった。
ぼくから精霊への呼びかけも似た感じで伝わっているようなので、たまに妙な齟齬が起こってしまう。
「つまり、朝までにここに戻ればいいんだよね?」
「何もなければ確認するだけですぐ戻る、というわけで装備渡すね」
「はーい」
誰もいないし、全員分の装備を出してこの場で着替える。
ぼくも錬金術師のコートを羽織り、シラタマに氷の杖を作ってもらって最後にカンテラを出す。
「行くにゃー!」
「おー!」
ノーチェの号令に合わせて歩き出そうとしたところで、ブラウニーがマントの裾を掴んだ。
「ちょっとまって、どうしたのブラウ?」
「…………」
ちょっと待ってと言いたいらしい。
ぼくたちが止まったところで、ブラウニーは近くの大きな扉の中に入っていった。
「どうしたんだろ?」
「さぁ……?」
数分ほどして、キコキコという音が聞こえてくる。
ブラウニーの入っていった扉からだ。
「……にゃんだ?」
警戒するぼくたちの前で大きな扉が再び開き、中から大きな玩具の車が出てくる。
いかにもプラスチックな質感のボディの、4人乗りのオープンカーだ。
運転席にはブラウニーが乗っている。
「わぁー、ブラウちゃんなにそれ!」
「これってあれだよにゃ、あの部屋の外を走ってる」
「うむ、奇妙な部屋のベランダからたまに見るやつとそっくりじゃ」
なんでそんなものがあるの……。
キコキコ音をさせながら車が扉から出てきて、2車線くらいの広さがあるにも関わらず、何度か壁にぶつかりながら向きを調整した。
急に乗るのが不安になってきた。
「コレに乗るの?」
「こんないいものあるならどうして早く出さないにゃ!」
「まさかアリスだけで楽しむつもりじゃったのか!?」
「初見だが?」
こんなものがあるなんてぼくも初めて知ったわ。
「…………」
「玩具の街の備品らしい」
外には持ち出せないみたいだ、仮に出せても目立ちすぎて使えないけど。
「えー、じゃあここだけなんだ」
「作れにゃいの?」
「作れるけど……」
理論的にはいける、というかウェンデル老師あたりがもう作ってそうだ。
「今はとにかく移動しよう」
ドアを掴んで飛び越えるように助手席に座る。
他のみんなも真似して後部座席に乗り込んだ。
何故かぼくはスフィに一度抱え上げられ、空中に浮かんでいる間にスフィが助手席に座る。
そのあと引っ張ってスフィの膝の上に戻された。
「よし!」
「あ、それずるいにゃ!」
「双子だからいいの!」
よくはないが、確かに座席は足りないので仕方ない。
「揉めてても仕方ないから行こう」
「帰りは交代するにゃ!」
「ずるいぞワシも!」
「今度にしようよ……」
完全なピクニックの空気になってしまったが、ブラウニーはハンドルを掴んでキコキコ音をさせて車を発進させた。
長い廊下をぐんぐん加速して進む車、扉が後方に流れていく。
……ちょっと待て、思ったより速いぞ!?
■
長い扉の回廊を抜けると、見慣れない街に出た。
黒い夜空に浮かぶのはデフォルメされた兎の絵が描かれた月。
月が発光しているからか、夜なのに妙に明るい。
「かわいい」
「前に来たときと全然違うにゃ」
町並みを見ながらスフィが小さくつぶやく。
家々は以前の現代建築から様変わりし、いかにもぬいぐるみが住んでいそうな可愛らしいデザインに変更されている。
道も街路樹も色とりどりのブロックで構成されていて、玩具の街に様変わりしていた。
……ただ。
「……景色は違うけど、間違いなく前と同じ場所だね」
家のデザインは変わっているけど、建物の並びそのものは偽装市街地のままだ。
ところどころにある大きなシートの下には、瓦礫のようなものが積み上げられている。
リニューアルオープンの準備中って感じだ。
「戦闘音だ」
「――――!」
「ひゃああ!」
何かが戦っているような音が聞こえてくると、ブラウニーがシフトレバーを弄り、綺麗にドリフトさせながら建物の影に車を隠す。
こういうところは器用なのに、戦闘だとノーコンになるのは何故なんだ。
「体力節約できたし、ここからは降りていこう」
「楽しかったのじゃ」
「色々解決したらまた乗るにゃ」
ぼくたちが玩具の車から降りると、ブラウニーは斜めに止まっていた車を動かして位置を調整しはじめた。
前進とバックする度にゴツ、ガツと壁や建物にぶつけながら。
なんでだ。
「アリス、あれって」
「うん」
壁に隠れながら道の先を覗き込むスフィ。
そこではフードのやつらとぬいぐるみ達が戦っていた。
以前ここで見た玩具とは少し雰囲気が違う。
フードのやつらが使う武器は普通の金属製だけど、ぬいぐるみ達が手にするのは見るからにお菓子だったり、プラスチックな質感の玩具の武器だ。
しかしフードのひとりが振り下ろした金属のメイスを、猿のぬいぐるみが手に持つチョコ菓子の筒で普通に受け止める。
横合いから犬のぬいぐるみが丸いガムの入ったプラスチックの刀で斬りつけると、フード男が悲鳴をあげて倒れた。
ブロックの上に赤黒い液体が流れだすのがここからでも見える。
奥の方から別のフード男が武器を手に迫ってくると、犬のぬいぐるみは刀の鍔の当たりを外し、中からカラフルな丸いガムを出す。
一度だけ外に連れて行ってもらった時に、透明な刀状のプラスチックケースに入ったガム菓子を売っているのを見たことがある。
それとそっくりだからガムだと判断したけど……。
フード男の足元に投げつけられた丸いガムが破裂し、中から白いネバネバが飛び出した。
それを踏んだ男たちはすぐに動けなくなる。
靴にへばりつくガムに苦戦している男たちに向かい、猿が手にする筒状のチョコ菓子を向けた。
バンと破裂音がするたび、ガムに捕らえられた男たちが動かなくなっていく。
「……ねぇ、アリスが花火つくる時に使う薬の匂いがするよ?」
「あれ銃なんだ……」
つまり火薬ってことだ。
装備の見た目は子供のごっこ遊び用品なのに、性能はガチのようだ。
「アリスの懸念が当たったみたいだにゃ」
「入り込む方法を見つけたらしいね」
敵の目的はやっぱりマイクの精霊領域のようだ。
ここを敵に奪われるのはまずい、東京で言ったら地下鉄網を押さえられるようなものだ。
「あのぬいぐるみさんたち、強いね」
「前のと随分雰囲気が違うけど」
前にいた玩具やぬいぐるみは非戦闘員って雰囲気だったけど、あれは完全な戦士だ。
「むしろアクアルーンで見た奴らと似てるにゃ」
「ああいう感じだったんだ」
「そうにゃ、あの時のぬいぐるみも強かったにゃ」
「あ……」
ノーチェから話を聞いている最中、スフィの悲しそうな声が聞こえた。
「どうしたの?」
「あのぬいぐるみさん……」
小声で言って指で示す先では、あちこち破れて動かなくなったぬいぐるみを、鳥のぬいぐるみが揺すっているところだった。
犬がそのぬいぐるみの肩を叩くと、鳥のぬいぐるみは悲しそうに首を振って立ち上がる。
ぬいぐるみたちはフードの男たちを放置したまま、別の場所に移動していった。
「行っちゃったね」
「うん……ブラウ」
ぬいぐるみの立ち去った現場に向かうと、血の匂いをハッキリと感じた。
フード男の死体だけじゃなく、ぬいぐるみの残骸も転がっている。
「アリス、その子たち直せる?」
「……形だけは直せるけど、もう中身がない」
壊されているのは以前ここで見た非戦闘員の玩具のようだ。
弱いとはいえ精霊の眷属、本来なら"死ぬ"なんてことはないはずなんだけど……。
「……そっか」
「かわいそう……」
スフィとフィリアのふたりが壊れたぬいぐるみを哀れむ。
壊れているぬいぐるみたちは、どれもこれも"中身"がなくなっていた。
なんとなく、感覚でわかる。
「アリス、どうするの?」
「この子たちはここの精霊に任せよう。フードの連中が入り込んでいるならぼくたちだけで無茶するのはダメだと思う。幸い抵抗できる戦力はいるみたいだし」
「あたしも同じ意見にゃ……こいつらを助けたてやりたいけど、ちょっと手に余るにゃ」
マイクの領域が荒らされていることは腹立たしい。
この子たちが無惨に壊されてしまっていることも、はらわたが煮えくり返りそうだ。
でも実際に戦うぬいぐるみたちを見て頭が冷えた。
「奴等が入り込んでいる確証は得た、朝になったら誤魔化しつつ内情を伝えて、学院側の玩具の街の扉を開く」
「結局それやるの?」
「色々大変じゃなかったのじゃ?」
「一発に一般兵士の給料一年分くらいの魔石が必要になるんだよ……」
前回と違って道は完全に閉じられているらしい。
多少カンテラの出力を上げる程度ならともかく、『アメノムラクモ』を作り出して、扉をこじ開けるような出力を出すには大量の魔石が必要だ。
金銭的な負担も大きければ、ただでさえ忙しいこの時期に魔石をかき集める負担も莫大。 ぼくとしても確証無しで取れる手段ではなかった。
「でも、奴等が入り込んでいることが確実ならそんなこと言ってられない。明日の朝、なんとか説明して道をこじ開けよう」
「うん……うん」
「片付いたら、みんなで犠牲になった玩具たちを弔ってあげよう?」
「……うん」
「そうだにゃ」
人間は人間側でもやるだろうけど、ここの玩具たちを弔ってあげられるのは子供だけだ。
気にしているスフィたちにそうやって声をかけて、納得してもらって車の位置に戻る。
今回の一件では人間だけじゃなく、マイクの眷属である玩具たちまで犠牲になった。
絶対に落とし前つけさせてやる。
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