迫るエックスデー

 エックスデーまであと2日。


「おかげでだいぶ形になったよ、みんな忙しい中ご苦労さんだったね」


 共同研究ために借りているいる研究室では、ウェンデル老師が研究の参加者たちに労いの言葉をかけていた。


「……………………」

「ヴァーグ導師はみなさんの協力のおかげで形にすることができた、感謝すると仰っています」


 御札おばけも通訳越しに労いの言葉をかけていて、参加した錬金術師たちはみんな誇らしそうだ。


「義手っていうか搭乗型ゴーレムだよね」


 今まで完成形を見たことがなかったぼくは、教室のど真ん中に置かれている人間より少し大きいサイズのゴーレムを見て、あえて率直な感想を述べた。

 例えるなら大型のパワードスーツだ。


「これでもかなりサイズダウンしたんだよ、想定してる機能を全部再現すると倍以上の大きさになっちまうからね」


 見た目こそこんな状態だけど、機能としては完成している。

 魔力を通すことにより、本物の手を動かす感覚でゴーレムの手を操作できる。

 指1本までなめらかに動かせるのは画期的な発明だ。


「今日はこれで解散だよ、明日から前夜祭だが本番に向けての最終調整もあるんだ。あまり羽目を外しすぎないようにね」

「はい!」


 ずっと研究室に詰めていた錬金術師たちが嬉しそうに返事をした。


「これで星竜祭でも堂々と発表できますね」

「一安心だよ、評価も上がりそうだ」

「飲みに行こうぜ」


 昼間から飲みに行く相談をする若手の錬金術師を見送りつつ、ヴァーグ導師に近づく。


「ヴァーグ導師、これあげる」


 精霊へのプレゼント祭りの余波で作ったオブジェ、そのひとつをヴァーグ導師に押し付け……あげようと思ったのだ。

 

「はぁん、そいつにだけかい?」

「ほしいの?」


 魔力を流すと光るきのこだ。

 通常この手の魔道具は、発光の術式が起動して1色で光るものが主だ。

 しかし、これは七色に光るように調整した、

 いわばゲーミングきのこである。


 魔力というものは一定の速度で移動する。

 そのため流入地点から刻印を満たすまでにタイムラグが発生する、今回はその微妙な誤差を利用してあえて部位ごとに遅延させ、流れる先を分岐循環させた。

 刻印というのは世界というシステムに対する、リクエストコードのようなもの。

 魔力量と必要な形状を一瞬でも満たせば規定の魔術が発動する。


 刻印が次々と変化することで順々に術式が入れ替わる。

 発光色が変化する術式を混ぜ込むことで、七色に光るこいつが完成したのだ。


 自信満々で出したら精霊からは不評だった。

 身につけられるアクセサリーの方がよかったらしい。


「知らない技術だねぇ」

「おかげで苦労した」


 特に魔力の流れる速度を調整するのが苦労した、誤差があると言っても移動速度は電気信号並だ。

 途中で一時停止させるような仕組みを組み込む必要があった。

 電子回路の知識が役に立つとは思わなかったよね。

 この世界の魔術は電気の代わりに魔力を用いたプログラムみたいだ。


 ……あれ、術式刻印を信号と捉えて簡略化できれば、もっとサイズを圧縮できるのでは?

 術式や刻印についての文献を漁ってみるか。


「それで、ウェンデル老師もいる? まだあるよ」

「……遠慮しとくよ」

「そっか」


 ウェンデル老師はゲーミングきのこがお気に召さなかったようだ。

 なお裁縫道具やお世話になってるお礼には永久氷穴深層の氷を渡してある。

 ぼくとしては硬くて溶けないちょっと変わった氷という認識だった。

 しかし『溶けない氷』は他の人間からすると貴重な錬金術の素材になるらしい。


 冷静に考えれば当たり前の話だった。

 上位互換が周囲に一杯いるので言われるまで気付いてなかったんだよね。


 そんなやり取りをしている一方でヴァーグ導師は……。


「……すばらしい」


 どうやら気に入ってくれたようだ。

 御札おばけが手に持ったきのこを七色に光らせる様子を見て、お弟子さんたちが「なんてことをしてくれるんだ」と言いながら項垂れた。


 はぁと露骨にため息をつきながら、ウェンデル老師が半眼で見てくる。


「……あんたはヴェルサみたいにはならんでおくれよ」

「ヴェルサって誰?」

「ここの魔道具学科の助教授だよ」

「ああ、ナレハテくんの」


 え、あれみたいになることを危惧されてるの?


「そういえばナレハテくん、なんでまだあのままなの?」

「あの子がかなり抵抗してるみたいでねぇ」


 来る途中で気付いてびびったんだけど、ナレハテくん廊下がそのままだったのだ。。

 ぼくたちは近寄らなかったけど、生徒たちの間で肝試しスポットとして話題になっていたみたいだ。

 理由はどうあれ生徒に受け入れられてしまった。

 そのことが助教授を図に乗らせ、絶賛抵抗中のため片付けが進んでいないそうだ。


「頼むからアレみたいにはならんでおくれよ」

「心外すぎる」


 流石にあれはない。


「じゃあぼくはそろそろ行く」

「ああ、次に会うのは祭りの本番かね。どうやら嗅ぎ回っているのがいるそうだが……大丈夫かい?」

「大丈夫そう、また後日」

「気をつけなよ」


 こっちからわざと隙を見せるようなことはしていない。

 エックスデーまであと2日、何もなければあっちの破滅が確定だ。


 挨拶を終えたら研究室を出て、シラタマ(大)に背負ってもらって講義棟を歩く。


「思えばぼくが錬金術師って全然バレないよね」

「キュピピ」

「いい加減何人か察してもいいと思うんだけど」


 錬金術師ギルドでは、ぼくの情報について開示が制限されている。

 わかるのは「ハウマス老師の養子で、グランドマスターの後見を得て王立学院に通っている」ということだけ。

 とはいえ本気で隠しているつもりはないのに、レヴァンが全然気付かないのが不思議で仕方ない。


 あの男は他の錬金術師と話とかしないのかな。

 ぼくですら挨拶がてら雑談しているし、それで情報や噂を教えて貰うことも多い。

 人間は挨拶や雑談を通じて集団の結束を強める。

 こういうのが意外と重要なのに。


「まぁ変に持ち上げられたり、絡まれるよりはマシだけどね」

「キュルル」


 シラタマのふわふわな羽毛に体重を預ける。

 講義棟を出て本館の中庭に行くと、既にいつものメンツが集まって自主訓練が行われている。


「増えてるし」

「お邪魔してるわ」

「お前らだけでずるいぞ!」

「はは……」


 その中には見慣れた人間、前夜祭直前にしてゴンザやブラッド、ルークまで参戦していた。


「なんでまた」

「おれも強くなるんだ!」

「男子が多いほうが、変なのも手を出しづらいでしょう?」

「…………」


 学院内でぼくたちのことを嗅ぎ回っている男がいる。

 その情報は生徒にも知られていた。

 

「ありがとうゴンザ」

「いいのよ、それに衛士志望として訓練はしておきたいもの」

「うん」


 前世と違って人の運がいいのか、ろくでなしとの遭遇以上に良い縁が多い。



「前夜祭ってどんな感じにゃんだ?」

「そうねぇ、まずは大通りの飾りつけからはじまって、本祭へ向けていろんな大会の予選会みたいなのが行われるのよ」

「ほーん」

「美食、芸術、工芸、鍛冶、武術、戦術……いろんな技術を競って、人間の研鑽を星竜様に見ていただく大会の予選よ。本大会で認められたらご褒美を頂けるし、何よりも凄い栄誉を得られるのよ」

「予選ってこれからやるにゃ?」

「結構タイトなスケジュールっぽい」


 前夜祭は12月11日から始まり24日まで続く。

 そして24日から31日まで、約7日間に渡って本祭が行われる。

 なおこっちも太陽暦と同じ計算法を使っているので年月日は地球と一緒である。


 毎年やってる縮小版の星鱗祭でもスケジュール自体は同じだそうだ。

 流石に規模はかなり小さくなるようだけど。


「前夜祭では屋台とかの祭り市も盛んになるし、本番の7日間は御馳走が食べ放題なのが特徴ね。星竜様の意向で大量の食事が振る舞われるの、味も一流よ」

「すげえにゃ」


 それから、ここの振る舞いメシはかなり豪華なようだ。

 星竜の権能は星の光、重力、大地の活性化だっけ。

 それを応用した農作への強烈なバフが星竜教会の持ち味らしい。


 手の入っていないアヴァロンの路地裏には、誰かが種をこぼしたのか普通に食べれる野菜が実っている。

 そこから考えても星竜のご加護は推して知るべし。


「あたしは武術大会にでるにゃ」

「おれもだ!」

「スフィも!」

「スフィちゃんは……」


 ノーチェ、ブラッドに続いて挙手したスフィ。

 一番事情を知ってる常識人枠であるフィリアが反応に困っている。

 スフィは……少なくとも今年は無理そうだなぁ。


 シートを敷いたうえでわいわいとおやつを食べながら、広場で戦闘訓練をしているみんなを見守る。


「リンクル、待って! 風が強すぎ!」


 ミリーはここ数日で、リンクルを呼び出した状態にも慣れてきたようだ。

 愛子推しと遊んで機嫌がよくなったのか、リンクルからは全方位攻撃する危うさがなくなっている。

 この分なら精霊術師としてもやっていけるかもしれない。


 楽しい時間を過ごしていると、下校時刻はあっという間にやってくる。


 そして、ついに前夜祭がはじまった。

 エックスデーまであと1日。

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