前夜祭まで

 状況を整理しよう。

 まずレヴァン、護衛たちにちらっと聞いてみたところ既に証拠固めは終わりつつあるそうだ。

 裏に領地持ちの子爵家がいるから、半端な拙速はできないらしい。

 ぼくたちの立場をつまびらかに公開すれば、何なら『即・族・滅』も出来るそうだけど、さすがにそんなことは望んでない。

 むしろ改めて表向きの立場を死守したくなった。

 こっちは放置してても勝手に終わる。


 そして愉快なハーニッツ伯爵一家。

 欲を出してるのは現当主とあのマキスって家令みたいだ。

 例の当主の甥とやらは愛人を巡り、外国の貴族と殴り合いの喧嘩をして治療院送りになったらしい。

 ボロ負けしたそうだ。

 なおその愛人というのは旅の踊り子(10代)で、見た目は美少女だけど実は男らしい。

 因みに殴り勝ったのは火遊び中の男装のご令嬢(10代)である。

 もはやなにも言うまい。


 護衛たちが言葉を濁しまくるので、独自ルートを使って調べてみたらこうなっていた。

 これでも一端の錬金術師ではあるので情報網はあるのだ。


 そんなわけで、こっちも放っておけば勝手に終わりそうだった。



「今日から5日後、前夜祭の2日目に慣例である聖王陛下の視察があります」


 しっぽ同盟ハウスのリビングで夕食後にのんびりとくつろいでいると、夕闇に紛れてカインが家を訪ねてきた。

 リビングに入って挨拶を終えるなり、出てきた言葉がこれだった。


「お嬢様方にはその際に聖王陛下と顔合わせして頂き、その後に神星竜様と面会して頂く運びになります」

「……そっか」


 スフィが無言で手をぎゅっと握ってくる。

 どれだけ周囲から説明されたところで、本人の考えは違っていたなんて普通にありうる。

 こればっかりは、直接会うまでどうしようもない話だ。


「意外とあっという間だったにゃあ」

「そうだね……なんか遠くに行っちゃう感じがする」

「そんな事言わないでよ!」


 どこか終わりを思わせるノーチェたちの言葉に、スフィが声をあげる。


「行かないよ、遠くになんて」

「うん!」


 どんな裏事情があろうと、一番苦しくて不安な時に一緒に旅をしてきたのはノーチェとフィリアだ。

 正直、譲れない一線があるとすればそこだと思っている。


「お嬢様がたは本来王族とも貴族とも違うんで、無理矢理引き離そうなんて考えてませんよ。少なくとも俺たちはね」


 場を和ませるようにカインが軽い口調で言う。

 彼等はなんだかんだで理解を示し、ノーチェたちを粗雑に扱うことはしなかった。


「うん……」

「個人としては信用してるよ」

「はは、ありがとうございます……申し訳ありません」


 ぼくとしては最大限信じてるよって意味でいったんだけど、ちゃんと意味が伝わってしまったカインが露骨に落ち込んだ。

 ごめんね、特殊な前世の記憶なんてもってるから、忠実な組織人ってやつにも慣れてるんだ……。

 どんなに信用しても、護衛たちは命令次第で国のためにぼくたちに剣を向けなきゃいけない立場でもあるのだ。

 組織人のジレンマ、悲しいね。


「のーう、おやつないのじゃー? っと、おお、いつもの護衛の人がきておったのか。よくきたのじゃ」


 なんとも言えず空気が沈みかけたところに、救世主が現れた。


「シャオさま……ありがとう」

「なんぞアリスが妙なこと言いだしたんじゃが、わしもしかして死ぬのか?」

「あー、たぶん、にゃ?」


 唐突に「死にたくないのじゃ」と、フィリアに泣きつくシャオ。

 相変わらず言動が謎なお狐様だけど、おかげでだいぶ空気が和んだ。


「あとは下手人の暴走が早いか、面会が早いかってかんじ?」

「今は人手が足りないんで、できれば暴発は後のほうがいいんですがね」

「まだそんなに足りてないの?」

「倒れても無理矢理起きなくていい程度には戻ってきてますが……」


 突っ込みすぎると、とんでもない労働環境の闇を直視するはめになりそうだ。

 やめておこう。


「学院で特訓はしていてもいい?」

「ああ、あの場所ならかなり守りやすいんで、問題ないですよ」


 使わせて貰っている中庭の訓練場は、護衛からしても守りやすい地形らしい。


 ミリーとリンクルのコミュニケーションも改善してきている。

 スフィとノーチェも、普段とは違うメンバーが交じっているのがいい刺激になっているみたいだ。

 折角いい流れになっているのを断ち切りたくない。 


「だいたいわかった……もうしばらくよろしくね」

「はい…………ところで、お嬢様はなんで床に転がってんですか?」

「そこに床があるから」


 ブラウニーがぴかぴかに掃除してくれているので、別に汚くはないのだ。



 エックスデーまであと4日。


「ブラウ、ちょっときて」

「…………?」


 リビングから呼ぶと、倉庫にいたブラウニーが首を傾げながらリビングにやってくる。

 到着を待ちながら、布で包んだ贈り物をテーブルの上に乗せる。


 今日はぼくだけ学校を休み、家でやるべきことをやっていた。

 二手に分かれると護衛もきつそうなんだけど、これで色々とやることが多いのだ。


「これ、裁縫道具。欲しがってたやつ」

「!」


 近くにきたブラウニーが顔をあげてぼくを見つめてくる。

 文化祭の時に頼まれていた裁縫道具だけど、ウェンデル老師に相談してみたらあっさり良い職人が見つかった。

 さすがは機工系、金属には強かった。


 一部は素材、残りは現金で購入した裁縫道具はプロ仕様のもの。

 2段箱になっていて、上はぬいぐるみ用、下は洋裁用だ。

 作りが簡単な道具に関しては、いくつか自分で作ってみたのでブラウニーも満足してくれるだろう。


 精霊は気に入った人間からの贈り物、特に手作りを好む傾向があるらしい。

 物としての品質がどうこうじゃなくて、ある種の儀式的な意味合いがあるようだ。


「――! ――!」

「よろこんで貰えると、ぼくもうれしい」


 道具箱を抱えて小躍りしていたブラウニーが、道具箱をそっと机の上に戻してぼくを抱きしめてくる。

 抱き返すように背中をぽんぽんと叩くと、ブラウニーは身体を揺らしながら道具箱を自分のスペースに持っていった。


 向かう先は普段404アパートの扉を設置してある階段裏の1角。

 いつのまにかブラウニーの居場所になっていたから、門番役も兼ねて正式にブラウニーの待機所に設定した。


 随分嬉しそうでよかっ……た。


「…………」

「…………」

「………………」


 ワラビ、フカヒレ、雪精霊のみなさんの視線が集まる。

 我関せずなのはシラタマと、前に手紙の配達を頼んだ雪精霊の個体のみ。

 手紙をいれるための小さいカバン、はずそうしたら全力で逃げられたんだよね。


「……小物でよければ、みんなにも何かあげようか」

「!」

「シャー!」


 目に見えて盛り上がる精霊たちを前に、やらかしたと思った。

 けれど時既に遅しというやつだ。


 おねだりに負けて全ての精霊分の小物を作ることになり、スケジュールが押しに押されてしまう。


 向き合うって決めたし、いつも助けてくれる精霊たちの分だ。

 ちょっとした贈り物で喜んでくれるなら、むしろやるべきだと思うんだけど……ちょっとタイミングが悪い。


 ……別に急ぎじゃなくてもいいことに気付いたのは、作り終えたあとだった。

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