├破滅の足音

レヴァンは焦っていた。

 破滅へのカウントダウンがはじまっているからだ。


 商家に生まれたレヴァンは次期当主としての立場が約束されていたが、母の死後に父が愛人を連れてきたことで崩壊した。

 愛人の女は我が子に全ての財産を引き継がせるため、本妻の子であったレヴァンを追い出した。

 抵抗はしたが父は愛人の味方となり、使用人たちも女に従うようになる。


 レヴァンの味方になる者は家中には居なかった。

 既に15歳を迎えていたレヴァンは、結果として口実に独り立ちを余儀なくされた。


 途方に暮れていたレヴァンに手を差し伸べたのは、母と懇意にしていたリーブラ子爵の奥方だった。

 境遇を憐れんだ奥方により金銭的な援助を受け、レヴァンはリーブラ家に縁のある錬金術師への弟子入りが認められることになる。

 それから数年、錬金術師となって研究に勤しむ彼を呼び出した奥方は、悲痛な悩みを打ち明けた。


『下賤な女が産んだ子供が、リーブラ家の当主の座を狙っている。このままでは奴らに家督を奪われ、私とローディアスは追放の憂き目にあってしまうでしょう』


 涙ながらに語る奥方の話は、レヴァンのトラウマを酷く刺激した。

 彼は奥方への恩と、身の程知らずへの怒りに任せて奥方に告げる。


『どうか私にお任せください、その下賤の者を必ず追い払ってみせましょう』


 奥方はレヴァンの忠誠を喜びながら、件の子の対処を彼に任せた。


 曰く、下賤の女の息子は身の程知らずにも風の大精霊の目に止まり、愛子となった。

 風の精霊の領域をリーブラ子爵家にとって、愛子の存在は非常に大きい。


 女子であったならば適当な親類に嫁がせれば済む話だが、男子ならばそうはいかない。

 臣下の中にすら下賤の子の方が相応しいと言い出す者まで出てくる始末。

 奥方の心労はとても大きくなっていた。


 立場を弁えさせようとゴロツキで脅してみても、精霊の愛子相手に無茶は出来ない。

 手をこまねいているうちに、下賤の子を担ぐものたちが勢力を伸ばしていく。


 更には身の危険を察したのか下賤の子本人は領地を離れ、王立学院に行ってしまった。

 学校としては一種独特な制度と方針を取っているが、紛れもない名門校だ。

 同学院に次期当主であるローディアスの入学が決定していることもあり、奥方とレヴァンにはもはや当てつけにしか見えなかった。


 しかし、学院のセキュリティは決して甘くはない。

 いくらリーブラ家といえどそう簡単に手駒を潜り込ませる事はできなかった。


 転機となったのは子どもたちの入学直後に起こった精霊絡みの失踪事件。

 旧源獣教の大幹部と玩具の精霊神の領域争いという、下手すると神星竜が出ることになりかねない事件である。

 死者が出ずに事が終わったのは奇跡以外の何ものでもない。


 事件はレクリエーションの最中に起こったため、責任問題で学院内は大きく荒れた。

 その隙をつき、学院内に潜り込めたのはレヴァンたちにとって幸いだった。


 レヴァンにとっては事が終わればすぐに去る予定の場所だ。

 劣等クラスの面倒を見るつもりなど最初からなかった。

 予定通りに準備された暗殺者を手引し、簡単な計画を実行するだけ。


 そのはずだった。


 竜車の牽引に適さない地竜を手配し、遅れて孤立したところを襲撃する計画は失敗した。

 用意した問題児の地竜どころか、他の地竜までご機嫌になり何の問題も起こらず目的地に到着してしまったのだ。

 熟練の竜騎士ですら「全員揃ってこんなに機嫌が良いなんて初めてだ」と言う珍事だった。


 メインの計画である帰りしなに誘拐する計画も失敗した。

 腕利きの暗殺者であった鉤爪のゲドラが、劣等生の獣人にしてやられたのだ。

 魚人と結託し、避難誘導の最中に孤立させて攫う計画だったが最初に見破られてしまった。


 その劣等生が"雷槌"のハリードが妙に気にかけている生徒だったことも災いした。

 陽動に気付いて即座に引き返したのだ。

 かの"雷槌"を相手にしては、さしものゲドラも逃げるだけで精一杯だっただろう。


 それでも下賤の子を攫うことに成功したのは見事だったが、古い精霊の力を暴走させる策すら失敗した。

 台風岩は愛子を奪われた太古の風精霊の怒りを閉じ込めた忌み地だ。

 暴走する力は街ひとつ飲み込む渦巻く風を生みだす。

 アヴァロンには神星竜がいるため大した被害など出ないだろうが、現地の人間ならばひとたまりもない。


 しかし、現れた精霊の力により太古の力は霧散し、ゲドラは捕らえられてしまった。

 下賤の子が気難しい風の大精霊を使いこなせるようになったのかと思いきや、完全に別の精霊だったそうだ。

 学院が雇った冒険者の中にいる精霊術師によれば、感じる力は微弱な小精霊程度なのに、扱う力は大精霊クラスの奇妙な精霊だったという。


 Aクラスにいる劣等生の双子の姉が愛子のようで、味方につけた精霊を妹につけているようだった。

 忌々しくはあるが、余計な手出しはできない。

 リーブラ家と親しくしているフィルマ家からも牽制が入り、大人しくせざるをえなくなったからだ。



 夏の長期休校が明けたころ、再び好機が訪れた

 後期入学をしたフィルマ家の次女が、劣等生の悪い噂を流し始めた。

 次女は重い病に伏せっていたが、姉とその騎士が決死隊を率いて永久氷穴に挑み、その治療薬の原料となる植物を持ち帰ることに成功。

 無事に回復した次女は懐いていた騎士から話を聞き、怒りのあまり糾弾をはじめたのだ。


 命からがら帰還する途中、劣等生たち獣人の一味が強盗を働き、失敗するや逃げていったのだという。

 詳しく聞いたレヴァンから見ても無理がある話ではあったが、正義に燃える子供たちには十分だったらしい。

 守護対象であるローディアスさえも夢中になり、突然落とし穴だらけになった学院内で劣等生を追いかけ始めた。


 王立学院の建物は並の錬金術師ではまともに形を変えることすら不可能だ。

 それにも関わらず、直しても直しても落とし穴が出現するらしい。

 レヴァンは意味がわからなかった。


 あまりに不気味な事態に、修理にきた錬金術師も精神に異常をきたしたのか『誰かあのクソガキのしっぽの毛をむしってきてくれ!』と訳のわからない叫びを上げていた。


 おかしくなっているのはフィルマ家に仕える騎士の家系、エーレス家の女もだった。

 ウィルバートに連れられて島にやってきて、引き合わされた時以来だったが、見る影もないくらいに追い詰められていた。


 レヴァンはエーレス家の女と最初に会った時から、従者の分際で偉そうに命令する女騎士が気に食わなかった。

 追い詰められている原因が劣等生と知れば、いくらでも利用はできた。


 人を使って雇っていたゴロツキたちを使い、下賤の子がローディアスの暗殺を企てたように見せかける。

 上手く巻き込めば劣等生の獣人にも暗殺の罪を被せられる。


 そう吹き込めば、女騎士は驚くほどあっさりとレヴァンの計画に乗ってきた。

 よほど追い詰められていたらしいと、レヴァンは小馬鹿にして嗤っていた。


 そして今、気づけば自分も女騎士と同じ立場になっている。



「我々はなんとしても、あの娘たちの持ち去った遺産を手に入れなければならないのです」


 ラウド王国のハーニッツ伯爵家、その家令のひとりであるマキスという男と知り合ったのは偶然だった。

 必死に劣等生の獣人のことを調べていたマキスが、錬金術師ギルド本部の受付で門前払いに近い扱いを受けている時のことだ。

 ちょうどその場に居合わせたレヴァンは話を聞いてみることにした。


 マキスの話によると、ハーニッツ領に住む高位錬金術師が亡くなった時、その老人の養子だった劣等生の双子が遺産を持ち去った疑惑があるという。


「村人たちが愚かにも街で錬金術師の遺産を売り捌こうとして捕らえられたのですが、送られてきた押収物リストの中に一番重要なものがなかったのですよ。減刑を餌に錬金術師の甥だという男に聞いてみたのですが、どうにも購入予定だった半獣の子狼が持ち去った可能性があるようで……」

「その錬金術師の名前を伺っても?」


 錬金術師といえどピンからキリまでいる。

 伯爵家ともあろうものが、家令を使い走りにしてまで求める価値を持つ遺産なんてそうそうないだろう。


「…………ワーゼル・ハウマスという錬金術師をご存知でしょうか?」


 酷く警戒しながらマキスが口にした名前を聞き、さすがのレヴァンも驚きを隠せなかった。


「ワーゼル・ハウマス、魔道具学の権威で術式刻印の縮小を研究していたお方か」


 出てきたのは、病により道半ばで隠居したと聞いていた大錬金術師の名前だった。

 グランドマスターがいたく気にかけていた研究者のひとりでもある。


「……なるほど、道理で錬金術師ギルドがやたらと庇う訳だ」


 レヴァンとて実力で錬金術師になった男だ。

 警戒するマキスの言う遺産が何かも、どうしてグランドマスターが養子を護るのかもそれだけで合点がいった。


 第9階梯、すなわち第10階梯の候補にまでなった錬金術師の研究ならば、世界に変革をもたらす力のある研究とも言って差し支えない。


「私めがお力になれるやもしれません」

「……ふむ」


 うまくすれば常々邪魔をしてくる劣等生の排除を自分が直接計画を練らずともできるかもしれない。

 話の流れで双子がハートランド伯爵家の私生児だったことが判明した時は驚いたが、同時に覚悟が決まった。

 あれらもまた下賤の身でありながら、正当な血筋に害をなす不埒者だったのだ。

 西の地で誘拐された獣人の女がどんな扱いを受けるかなど、火を見るより明らかだが、知ったことではなかった。


「もうひとり、ラウド王国にて保護してもらいたい子供がいるのですが」

「ほう、どのような子供でしょうか」

「それがどうにも、私が大変お世話になっているお方の旦那様が外で作ってしまった子なのですが……どうやら愛子のようでして」

「なんと、その御方もさぞご苦労なされていることでしょうな」


 目の前に垂らした餌に、マキスはすぐさま食らいつく。

 うまくいけば愛子2名に加えて大錬金術師の遺産も手に入る。

 負うリスクも桁違いなら、成功した時のリターンも桁違いだ。

 上手くいけばハーニッツ伯爵家はラウド王家をも超える力を得られるかもしれない。


 皮算用にマキスの目も曇りはじめる。

 そうして計画を練り、レヴァンはまずはミリーを攫うために手を打った。


 手配した暗殺者を警備に紛れ込ませる。

 警備が厳重になりつつある中、この手を使えるのも逃走ルートを使えるのもあと1度。

 失敗すれば、すぐさま追求が自分へ迫る。

 前回のように伯爵家の後ろ盾を使い、偶然潜り込まれたと主張する手はもう通じない。


 最後の切り札に近い1手は、しかし、またしても劣等生によりあっさりと阻まれた。

 阻まれてしまった。


レヴァンは焦っていた。

 破滅は既に、扉の前まできている。

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