追い詰められた敵対者

 何事もなく文化祭が終わった。

 まさかほんとにあれから何事もなく終わるとは思わなかった。


 その翌日、ぼくたちは学院内の中庭にある訓練場にいた。


「特訓ですわ!」

「な、なんでこんなことに」

「ミリーがわるいんだよ」


 いきなり「強く……なりたい!!」みたいなこと言い出すから……。

 結局放課後、運動場を借りて特訓することになってしまったのだ。


 参加メンバーはマリークレア、ミリー、クリフォト。

 それからしっぽ同盟の全員。


「あの、なんで私まで?」

「……関わってしまったから」


 相変わらずよく通る声の赤と青にツートンカラー、クリフォト。

 全員で体操着に着替えて気合いっぱいだ。

 それはいいんだけど。


「全員魔術師枠じゃねーの?」

「そういえばそうですわね」

「わあ、ほんとだ!」


 マリークレアは珍しい光属性の魔術師。

 クリフォトは人形魔術を開発した新進気鋭の魔術師。

 ミリーは精霊術の使い手、ぼくは錬金術の使い手。


 見事に後衛ばかりだ。


「あ、あの、私、魔術はそんなに……。どっちかというと剣士かも」


 そう思っていたらミリーは剣を使うらしい。


「風の精霊術使えばいいじゃん」

「リンクルは気難しくて……」

「気難しさならうちのシラタマも負けてないけど」

「ヂュリッ?」


 シラタマに髪の毛を引っ張られる。


「前もいったけど、どんどん呼び出してコミュニケーションを取るのが一番いいよ」


 シャオもそうだけど、最高戦力がいざという時に使えないんじゃ意味がない。


「というかミリーさん、精霊術使えるんですの?」

「わぁ、すごい!」

「い、いや……その、ちょっとだけ」

「この際だから、精霊術の特訓ってことでいいでしょ。ここでなら抑えられるし」


 ぼくの声に応えてワラビがチリリンと風鈴を鳴らす。


「そ、そういうことなら……――――リンクル!」


 いつもの長い詠唱を経て、ミリーが風の兎を呼び出した。


「まぁ、可愛らしい」

「わ、わぁ、兎みたいな姿の精霊さんなんだね!」


 その姿を初めて見たマリークレアたちはキラキラとした目でリンクルを見つめる。

 が。


「わらび」

「ッ! リンクルダメ!」


 リンクルが何かしようとした瞬間、ワラビが風を操ってリンクルをグラウンドに叩きつけた。

 踏み固められたグラウンドには兎の形にくぼみが出来て、ところどころひび割れている。


「な、なんですの?」

「なになに!? いきなり兎さんが!」

「あ、アリスちゃんありがとう、ひやっとした……だからイヤだったんだよ」


 どうやら無遠慮に近寄られたのに怒って、風の刃で切り裂こうとしたようだ。

 襲撃の件もあって機嫌が悪かったのもあるだろうけど……やっぱり手強いな。


「まずは協力してほしいって説得するところからだね」

「う、うん」


 暴れるリンクルを抱きしめて説得するところからスタートするミリー。


「むやみに近づいてはならぬ、攻撃されそうだったのじゃぞ」

「き、気をつける……」 


 一方でマリークレアとクリフォトにはシャオがうまく教えてくれているようだった。


「スフィたちどうする?」

「模擬戦でもするにゃ」

「いいよ!」

「怪我しないようにねー」


 そして暇を持て余したスフィとノーチェは、フィリアに見守られながら模擬戦をはじめた。

 ノーチェは訓練用のバスタードソード、スフィはショートソードを両手に1本ずつ持っている。

 って二刀流じゃん、かっこいい。


「ノーチェ、武器それでいいの?」

「あのまがったやつ、カタナみたいなのってないにゃ」

「ほい」


 試作する時の模型として作った長めの木刀をポケットから取り出して、投げ渡……。


「…………」

「ブラウおねがい」


 重くて投げられなかったので、そばにきて両手を広げるブラウニーに預けた。


「なんでも持ってきてるにゃ、助かるけどにゃ」


 受け取ったノーチェに片手をあげて、ふたたびミリーに向き直る。


「うん、それでいっしょに遊んだりするのが一番……」

「それよりどこから出したのあれ! 服の中から出てきたよね!」

「えっち」

「どういうこと!?」


 そんなことより特訓しろよ。



 リンクルとキャッチボールをして遊んでいるミリーを眺めているうち、足音がこっちに近づいてくるのを捉えた。


「ここで何をしている!」


 神経質そうな声を出しながら訓練場にやってきたのは、たしか……。


「れ、レヴァン先生……」

「劣等生であるお前たちが堂々と校内を闊歩するなど、立場をわきまえたらどうなんだ」

「あら、許可は得ていますわ! 派手にね!」

「くっ……ブルーロゼの……」


 苛立ちながら声をあげた男、レヴァンはマリークレアを前にすると一瞬で意気が萎んだ。


「劣等生の分際で」


 それでも超小声で嫌味を言っているけど。


「能力も、血筋も、全て生まれた時点で決まっている。お前たちは身の丈にあった場所にいるべきだ」


 深呼吸して出てきたのは、そんなコンプレックスに塗れた嫌味だった。

 だいそれた策略の容疑者にしては随分と小物だ。


「随分と大きな声が聞こえましたが、何かありましたか?」


 レヴァンが出てきて大上段で物を言い始めて数秒後、気配を消して近くにいたジルオが姿を見せる。

 しかし用務員姿なので、レヴァンは初手から全力で侮ったようだ。


「用務員ごときが口を挟むな!」

「学院内で何かあれば上に報告しなければなりませんので」

「客人を案内しているだけだ! 下がれ!」


 何故かレヴァンはだいぶ焦っているようだった。

 声もわずかに震えているし、心拍もおかしければ汗の匂いも変だ。


 ジルオの眼光は鋭く、明らかに警戒している。

 集中して音を拾ってみれば離れた位置に誰か隠れているし、完全マーク中で逮捕まで秒読みみたいな状態か。


「……あっ!」


 レヴァンの背後から姿を現した人物を見て、スフィが声をあげる。

 見覚えがあるな、たしか言いがかりをつけてきた人物だっけ。


「ラウド王国のハーニッツ伯爵家のご令息が留学を考えておられて、関係者に学院内部をご案内しているのだ」

「……なるほど、そうでございましたか。失礼致しました」


 たたっと駆けて近づいてきたスフィが、ぼくの腕を抱きしめながら表情を硬くした。


「マキスって人」

「ふむ」

「ここは随分と獣人が多いようだな、もっと清潔な場所はないのかね」

「ええ、すぐに別の場所をご案内しましょう、マキス殿」


 憎々しげにミリーを見るレヴァンと、表情こそ完全に取り繕っているけどギラついた目でぼくたちを見るマキス。


「産まれに相応しい場所というものがある」


 最後に小声に呟いたあと、レヴァンの視線がミリーからぼくへと移る。


 なに。

 いろんな企みを全部つぶしたの怒ってるの?


 彼等が去った後、しっぽの毛を少し逆立てながらスフィとノーチェが両脇に立った。


「相変わらず嫌な奴にゃ」

「うんうん」

「…………」


 あそこに繋がりが出来たのなら、『狼人の双子はハートランド伯爵の私生児(認知済み)』という情報が共有されているはず。

 風の大精霊の領域を抱える子爵家の私生児(愛子)と、近衛騎士の伯爵の娘(愛子と落ちこぼれ)。

 かたや失敗続きで後のない子飼いの錬金術師、ラウド王国の伯爵家。

 相手の立場から考えて得られるメリットは、推している次期当主の確定と第10階梯アルス・マグナ候補の研究内容。


 ……手を引くか無茶するか思った以上に絶妙なラインといえる。

 神星竜との面会とやつらの暴走、どっちが早いか競争だな。

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